【R18】狂愛の王子

深石千尋

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王子の独白

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 私はエバートン王国の第三王子だ。
 しかし一国の王子でありながら、私は兄弟たちから妾腹しょうふくと蔑まれていた。
 母上にいたっては、やれ売女だの淫売だの、散々な言われようだ。
 生まれのせいも多分に含まれるが、私は兄弟仲が悪かった。
 特に第二王子ジョナスとは犬猿の仲だ。
 兄上は正妃の子で、それを鼻にかけて子どもの私をよく虐めたものだ。
 罵るだけならまだしも、私物を盗ませたりする小憎たらしいものから、果ては召使いを殺したりする非道なものまで、兄上は私の神経を逆撫でする行為に幾度も及んだ。
 どうやら世間一般的に、兄上の評判は宜しくなかったようだが、それでも妾の子より立場が上だった。ましてや兄上。
 そのため私は兄上に逆らうことはなかった。
 やられた方が大げさな反応を返せば、やった方が喜ぶことを知っていたのも理由の一つだ。
 私はいつも兄上のすることに心の中で腹を立てては、なじるだけで精一杯だった。
 ただし黙っていたからと言って、兄上のすることを受け入れていたわけではないが、決して!
 そして子どもの頃の私は、人よりも物覚えが良かった方らしい。
 確かに私自身、学や魔法を身に付けるのは容易たやすいと感じていたのは事実だった。
 まわりも口々に私を神童と持てはやしていたように思う。
 だが私がそうやって周囲から注目されればされるほど、兄上の虐めは酷くなっていった。
 私はいつしか家来や召使い、さらには唯一の味方とも思えた母上とも距離を置くようになった。
 肉親とはいえ、母上は私に無関心のため、本当の意味で私の味方とは言えないが。
 私はもう誰も信じられなくなっていた。
 まだこんなにも幼いというのに、誰も私を助けてくれない!
 悲しくて苦しい……父上も母上も、なぜ助けてくれないのです!?


 婚約者であるアリシアと出会ったのも、まさに私が腐っていた時期と重なった。
 当時、私と釣り合う身分と年の者が、アリシアしかいなかったというのが出会いのきっかけだが、今にして思えば、私の遊び相手が彼女であって良かったと思う。
 私はアリシア――エルシに出会えて幸運だった。
 彼女もまた私と同じように、どこか寂しそうな子どもだった。
 きっと女の子であるから、毎日屋敷の中に押し込められて退屈していたのだろう。もっと伸び伸びと遊びたかったのだろう。
 案の定私がエルシを外遊びに誘えば、彼女は黒曜石の瞳を爛々と輝かせ、私の後ろをついて回ってきた。
 エルシはとても可愛らしかった。
 見た目も仕草ももちろんのことだが、転んで怪我をしても私の背を追ってくるエルシの姿はたまらなく庇護欲を駆り立てる。
 何より彼女は私を妾の子、王子などと言ったふうに差別しなかった。
 ごく自然に子どもがそうするように、エルシは私に接してくれたのだ。
 私は嬉しかった。
 エルシのしたことは何でもない――単純なことだったかもしれない。
 けれども、もし彼女に出会えていなかったら、私は今頃王宮の闇にまみれた世界に呑み込まれていたことだろう。


 エルシは何も知らないだろうが、私はエルシを愛していた――子どもの頃からずっと、だ。
 十七になった年、彼女が十六になった年でもあるが、ふだん私用で動くことのなかった私は、彼女を婚約者にするべく裏で画策した。
 その頃にもなると、第二王子派と第三王子派で後継者を推す勢いが王宮を二分するようになり、私としては特段王位に興味はなかったが、利用できるものは何でも利用してやろうと思い、この婚約話を手に入れることに成功した。
 元よりエルシが年頃になった暁には、私のものにすると決めていたのだから――
 そうしてエルシの誕生日会の手引きに成功したに私は、久しぶりに会った幼馴染の姿に歓喜した。
 あの頃幼かった少女は、大輪の花のような美しい女へと成長していたのだ。
 四角い襟ぐりは大きく開き、エルシの豊満な胸を心許ない面積の布が覆っていた。
 それは今にも零れ落ちそうなほどで、見る者が見れば吸い込まれそうな谷間だろう。
 青白いほど白い肩に、黒檀のようなさらさらの髪が零れ落ちている。
 エルシはいつの間にか、扇情的な大人の女になっていた。


 ――スペンス様がわたくしの婚約者に?
 

 私は目の縁をぽっと赤く染めたエルシに興奮し、浅ましくも独占欲に駆られた。
 そうだ、君は私の妻になるんだ。
 早くから目を付けておいて正解だった。
 誰にも渡さない。
 こうして晴れて婚約者同士になった私とエルシは、最初のうちこそ遠乗りに出かけたり、庭を散策したり活動的に逢瀬を重ねた。
 しかし私の公務が増えてくると、思うように時間が取れなくなり、逢瀬は専らふみでのやり取りに代わってしまう。
 忙しさにかまけて私は筆まめなほうではなかったが、それでも私はエルシに愛の言葉を贈った。
「君に会いたい」「君を愛している」と。ただの字面かもしれないが、これは私の本心だった。


 ――わたくしもスペンス様にお会いしたいです。


 エルシの返信もまた、私への愛で溢れていた。
「わたくしの心はあなたのもの」と、そう綴られている。
 このように、私とエルシの愛には何の障害もないかのように見えた。
 お互いに愛し合っていたのだ。
 私が二十歳はたちになるまであと一年、じきに私たちは夫婦になれる――……。
 ところがあるとき、王宮をとんでもない醜聞が駆け巡った。


「……どうして、わたくしを裏切ったのです!?」
「エルシ……信じておくれ。私は君を裏切ったりなどしていない」


 夜中に訪れたバーチフィールド公爵家にて、私はエルシの寝室に忍び込み、必死に説得を試みた。
 私の愛しの黒曜石の瞳は、怒りに揺れている。
 けれども、見逃してしまいそうなほど、ほんの微かに熱も帯びていた。
 どうやら私は第二王子の婚約者に手を出した男として、城中の噂になったせいで、バーチフィールド公爵家に婚約破棄を突きつけられたらしい。
 公爵家は格下だが王族に最も近く、政治的影響力が強かった。
 クソッ……! きっと兄上の仕業だろう。
 兄上は私が成長しても虐めをやめることはなかった。
 むしろどんどん加速していく一方だ。
 私に毒を盛ったり、寝込みを刺客に襲わせたり、とにかく兄上は私を殺したいらしい。
 そういう経緯もあってか、私はまさか自分の婚約を駄目にされるもは思っても寄らず、完全に不意打ちを食らってしまった。
 兄上は私を殺して、ただ自分が王になりたいのだと思っていたが……。
 違う……兄上は私を徹底して苦しめたいのだ。


「聞いてくれ、エルシ」
「――嫌っ! 離して!」


 初めは誤解などすんなり解けると思っていたが、エルシはなかなか私の言葉を信じようとしなかった。
 エルシの拒絶に私の心がぴしりとひび割れる。


「……なぜ……」


 腹の底から、苦しみの感情とは別に何か黒くどろどろとしたものが喉元まで迫り上がってきた。
 それを何と形容すべきか考えていると、徐々に頭が熱く曇ってきた。


「……エルシ、なぜ信じない?」


 この事態は君も望んだことだったのか?
 もう私を愛していないのか?
 何度も違うと言っているのに……なぜ信じてくれない?
 君の心は私から離れていってしまったということだろうか。
 それは許すべきではない。許されない。
 いいや、許さない。
 私は怒りと猜疑心に心を囚われてエルシに摑みかかると、そのまま彼女をさらった。
 城に連れ帰って、寝所に閉じ込める。


「私は君を手放すつもりはない」


 その日を境に、私は夜ごとエルシを征服した。
 そうしなければ私の乾き切った心が満たされなかったからだ。
 何度も、何度も、私の所有物だと示すためにエルシの白い肌に余すところなく強く吸いつけば、彼女は拒絶の中に甘い声を混じらせていた。


「い、やぁっ! スペンス様……っ」


 私は嫌がるエルシを何度も掻き抱いた。
 逃げ出そうとする骨盤を掴んで犬みたいに腰を振れば、エルシは艶めいた悲鳴を上げる。
 あんなにも私を愛していると言いながら、なぜ彼女は嫌がるのか?
 兄上のせいなのか――?
 私はエルシを蹂躙して性欲を満たす一方で、私は……不意に私をこんな目に遭わせた兄上を殺そうと考えた。
 なぜ今までそうしなかったのか疑問だが、思えば、それは私が王座に着きたくなかったためだろう。
 戦争と政争と穢れた愛に血塗られたこの世界が、私は大嫌いだった。王位などこれっぽっちの興味もない。
 そういう意味では、兄上は馬鹿なりに、ゆくゆくはこの国の暗い将来を背負って立つ男だと思っていた。
 馬鹿な世界には、馬鹿な男こそお似合いだ、と。
 ――――しかし、私からエルシを奪うと言うならば、全部壊してやろう。
 兄上よ、死ぬが良い。
 弟たちも死ね。
 政敵も粛清してやろう。
 そうだ――――私の邪魔をしようものなら、いっそ父上も母上も殺してしまおう。
 ああ……愛している……愛している。
 エルシは……私だけのものだ。





――THE END――
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感想 2

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みんなの感想(2件)

ねる
2019.10.21 ねる

読ませて頂きました。
ダークな雰囲気が良かったです。

深石千尋
2019.10.21 深石千尋

>ねる様

感想ありがとうございます◡̈♥︎
昔の作品にもかかわらず、読んでいただけて感激です✧
ダークな雰囲気がお好みなら、『黒い王子様』もダークファンタジーなので、もし良ければ……どうぞ♡

解除
あすかり
2018.10.13 あすかり

ちょっと、怖いかな?ラブは、感じられない❗狂気かな?まるで、シェークスピアがかいたようです。悲劇の始まり🎵なんてどうですか?

深石千尋
2018.10.14 深石千尋

>あすかり様

感想ありがとうございます。

今回は『狂った愛』を書きたかかったため、あすかり様がそれを怖いと感じたのは当然のことかと思います。
一応彼のためにも弁解申し上げますと、彼はめっちゃ愛してます、ネジが外れちゃっただけで(笑)
彼女もまた不本意ながら彼を愛しています。
ただ愛の形としては歪なため、ある意味悲劇かもしれませんね。

それにしても……シェ……シェークスピアですか⁉︎
私のような素人にはシェークスピアとは雲泥の差が……畏れ多いです!
でも、そんな風にコメントくださり嬉しいです!
改めて、拙作をお読みいただきありがとうございました。



解除

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