【R18】狂愛の王子

深石千尋

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侍女のときめき

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 わたしはエバートン城で王子付きの侍女をしております。
 子爵家の四女で、十四の頃から行儀見習いにかこつけて城の奉公に出されておりました。
 淑女として振る舞ううえで良い勉強の機会になったと問われれば、まさしくその通りでございましょう。
 しかしながら二年の間、何度となく見聞きしてきたドロドロの醜聞に、自分で申すのも何ですが、純情なわたしはすっかり魅了されてしまいました。
 たとえばガードナー公爵は前妻が病死し後妻を迎え入れられたのは良いものの、当時第一王女の婚約者でもあった実の息子に再婚相手を寝取られたそうです。
 またヘイワード伯爵夫人は黒魔術にのめり込んだあげく、国王の暗殺を試みて失敗されたそうです。
 このようにとかく城は話題に困らない場所なのです。
 わたしにとって侍女の仕事とは退屈な一方で、刺激的な一面もございました。


 と申しましても、わたしも今年で十六になります。
 両親からの「そろそろ見合いを」という話を蹴るつもりはさらさらにございませんが、城勤めが終わってしまえば今よりももっと退屈な日常に戻るかと少々落ち込んでしまいます。
 なぜならわたし自身、ここ最近毎晩飽きることなく繰り返される男女の営みを覗くのがたいへん楽しみだったからです。
 それは自分もその中に混じりたいという意味ではなく、自分もそのような激しい恋に溺れたいという意味でございます。
 わたしもそうですが、ふつう貴族の娘とは年頃になると親の決めた結婚相手の元に嫁いでいくものです。
 そこに愛はなく、あるのは種の存続と政治的義務だけでしょう。
 もしかすると、結婚後に生まれる愛もあるにはあるのかもしれませんが、定かではございません。
 まだ子どものようなわたしが恋や愛の話に興味を持つのは、しごく自然の流れでした。


 仄暗い部屋には、むっと精の匂いが立ち込めていました。
 天蓋付き寝台ベッドには白い紗が垂れて、その向こうから男女の荒い息遣いも聞こえてきます。


 ――愛している……ああ、愛している……。


 吐息の中に、男の唸るような愛の囁きが混じっていました。獣のような低い声です。
 寝台の床が激しく軋み、脚がガタガタと揺れました。
 そして、女の艶めいた悲鳴が上がります。
 はしたないことは重々承知のうえで、わたしはそっと扉の隙間からその様子を食い入るように見つめました。


 寝台の男は、わたしのあるじでございます。
 エバートン王国の第三王子、スペンサー様。
 殿下は絶世の美女とまで呼ばれたロックハート伯爵夫人と現国王陛下との間にお生まれになりました。
 ええ、伯爵夫人と言うからには、正妃ではなく愛妾とのお子様になります。
 母親譲りのお日様のように煌めく金の髪と、女でさえ羨むほどの白い肌。
 透き通る海のようなエメラルドの双眸に射抜かれると、身分違いとは言えどもわたしもうっとりと溜息を零してしまいます。
 見ただけで卒倒する乙女が、今までに何人いたことでしょうか!
 性格は優しくいたって温厚。人付き合いも細やか。
 わたしたち召使いにも、殿下は態度を変えることなく接してくださいました。
 殿下のお心遣いの一つ――お出かけになられる際いつも買ってきてくださるお土産に、わたしたち侍女は歓喜しております!
 また殿下は第三王子ではありますが、五人兄弟の中では一番学問と魔法の才に恵まれた方でした。
 噂によると、次期王太子は第三王子で決まりなどという声も挙がっています。
 こればかりは侍女のわたしには確かめようはありませんが……侍女の欲目を除いたとしても、殿下は素晴らしいお方だと言えるでしょう!
 

 ――認めない! ……私は……絶対にっ!


 バルコニーの窓から冷たい夜風が吹き込み、寝台の紗が揺れました。
 殿下のお姿が見えます。
 青白い月明かりに照らされて、殿下は息が詰まるような美貌に苦悶の表情を浮かべながら吠えるようにおっしゃいました。
 いつも優しく冷静な殿下らしくありません。
 殿下の腕の中の女性は――どこのどなたか存じ上げませんが、とても美しい方でした。
 逃げるように身を反らしているため、お顔がわかりません。
 さらさらと腰まで零れ落ちる濡れ羽色の髪。
 細いのに、出るところはしっかりと突き出た豊満な体つき。
 殿下よりもずっと白く、血管の浮き出た肌。
 殿下も美しく白いほうではございますが、あの女性と比べますとほんのり日に焼けており、男だけにずいぶんとがっしりした身体のようにも見えます。
 

 ――君は、私のものだ!


 殿下の怒声とともに風が舞い、ふたたび紗によって姿が閉ざされました。
 男女の二つの影が重なり、寝台に落ちていきます。
 ああ、わたしもあの方のように、またあのように、激しく求められたいものです。
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