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第一章 勇気ある者へ

第二十三話 日は昇り、影を落とす

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「ユウキ!早く!」 

「早くってお前…こちとら起きたばっかなんすけど!」 

「私もですから!それにユウキは私と違って、2日間眠ってただけでしょ!ほら早く!」 

「クッソ!」 

 痛む身体に鞭を打ち、領主邸の廊下を2人して走る。火傷や刺し傷を負っていたものの、治癒魔法によって痛みの和らいだシスターに比べて、ユウキの身体は相も変わらず痛んでいた。
 
 ステラ曰く身体の限界を越えたことによって生じた、筋肉痛のようなものではあるらしいのだが、何故か治癒魔法が効かない。その為ユウキが完治するには、嫌でも時間を置かなければいけないのだ。がしかし。 

「もう遅すぎです!ほら私が応援してあげますから頑張って!こんなのお金取れちゃうんですからね全く」 

「なんでこんな元気なんだよコイツ…」 

 ステラからの報告を聞いてすぐに、ユウキとシスターは勢いよく部屋を飛び出した。痛みを感じるよりも、真実をその目で確かめたかったのだ。
 そこまでは良かったのだ。良かったのだけれど、まさかこんなにすぐ痛みを感じるとは思わなかった。こんなことならシスター1人に向かわせた方が、何かと良かったのではないだろうか。

 段々と息が上がっていくのを感じ、反比例するように走りは徐々に歩みへと変わっていく。 

「あとちょっとです!頑張ってくださいユウキ!確かこの部屋の筈ですから!」 

 あと少しか…。とユウキが安堵しながら歩いていると、突然シスターが立つ部屋の扉が開いた。と思うと、シスターが中から出てきた金髪の女性に首根っこを掴まれ、まるで子猫のように為す術もなく宙に浮く。 

「しーちゃ~ん?ユウキく~ん?2人はここで大声だして、一体何をしているのかな~?んー?」 

「げっ!メリア!?どうしてここに…」 

「私は治癒魔術も使えるからね。タダで泊まらせてもらうのもなんだからお手伝いしてるんだよ~。それで、2人はどうしてここにいるの?目を覚ましたのはいいことだけど、はしゃぎすぎじゃないかなぁ?」 

 まっっっずいこれ。完全にキレてるじゃん。ここまで身体を引きずって来たのに、まさかメリアがいるとは…。

 顔は笑顔だが声には怒気がこもっていた。とても静かに圧を感じるのだ。あんなに元気だったシスターも今や目には生気を感じず、一言も言葉を発さなくなった。諦めるのが早すぎる。

 為す術もないがどうしたものかと考えていると、人形のようにされるがままのシスターが不意に地面に足をつけた。予想外の出来事にユウキは顔を上げ、シスターはその場で振り返る。 

「なんてね。まぁ、君達がここまで来た理由なんて1つしかないよね。ステラさんから話を聞いたんでしょう?ここにいるよ」 

 メリアはそう言ってユウキに近づき肩を貸すと、ゆっくりと部屋に向かって歩いていく。扉の前まで進むとメリアはドアノブを捻り、シスターと共に部屋の中へと足を踏み入れた。 

「ッ…!」 

 シスターの視界が段々とぼやけていく。生きていてくれたことの嬉しさと、己の力不足に対する申し訳なさが目尻に流れ出ていく。 
 黒ローブの男が現れた時、為す術もなく目の前で倒れていき、誰も救えないと思っていたのに。不甲斐なくて、何も出来なくて、だからこそ彼らが生きていてくれて、本当に、

「本当に…良かった…」

「この大部屋は本来なら怪我が酷い人達がいる部屋なんだけど、検診ってこともあって今は元気な人達もいるんだ。だからあの時ついてきてくれた人達は皆揃ってるよ」 

 メリアがそう言いながらシスターの頭を撫でる。今にも溢れ落ちそうなそれを咄嗟に拭っていると、ベッドに座る男が1人、「あっ!」とこちらに気がついた。 

「シスター様!シスター様だ!」 

「「「え!?」」」 

 部屋中に響き渡ったその声にある者は振り返り、ある者はベッドから飛び起きる。瞬く間に彼等からの視線をその身に浴びたシスターは、眉をハの字にぎこちない笑顔を取り繕う。 

「えっとぉ……」 

 沈黙が流れ続ける室内に、シスターの脈が程よく早まる。沈黙が苦手な訳じゃない。沢山の視線に圧倒されたのだ。ずっと黙り続けるわけにもいけないし、何かしら言わなければ。 

「ご無事で良かった!」 

 シスターが何かを発する前に、どこからか先手を打たれた。思わぬ言葉にシスターが呆気に取られていると、それを起点として野太い声があちこちから飛び交う。 

「本当に!何事もなくて良かったです!」 

「シスター様ぁ!俺に!俺に治癒魔法を!」 

「おい抜け駆けは許さねぇぞ!シスター様!俺にもどうか治癒魔法かけてくださいませんか!」 

「白髪シスター最高ぉぉぉぉ!!」 

「なんか変な奴いねぇ…?」 

 別に何を言うつもりもなかったが、最後のだけは気になって無視できなかった。
 隣を見るといつの間にか、シスターが顔を伏せ目元に手を当てていた。メリアに肩を借りたまま、ユウキはシスターの背中をほんの少し叩く。 

「ほら、呼ばれてるぞシスター様」 

「3秒だけ…待って…」 

 嗚咽を漏らし、鼻を啜りながらか細く応える。普段とは違ったシスターに何だか身体がむず痒い。見ていられないというか、変な照れくささすら覚える。
 シスターから目を逸らしてすぐに、視界の端で白髪が揺れ、顔を上げるのが見えた。 

「…よし!」 

 部屋中から絶え間なく続く声に、負けじと胸いっぱいに息を吸い込む。 

「言われなくても、ここにいる皆さんに治癒魔法をかけます!どんな大怪我も、私がいれば平気なんですから!」 

 シスターの言葉に更に歓声が沸き上がる。安否を確認しに来ただけなのに、気づけば良く分からない盛り上がりをしている。だがそれでいいのだろう。仲間が頼りにされているのが、こんなにも嬉しいのだ。 

「全く、病み上がりなのにいきなり魔術を使うなんて。自分もさっき起きたばっかなの忘れてるな?あんなに無茶したのに」 

 隣でユウキを支えるメリアが呟く。ただそこに怒気はなく、やんちゃな我が子を見守るような穏やかな声色だった。 

「まぁ今日くらいは許してやってくれよ。皆がやられるところをシスターは目の前で見てたんだから。そら生きててくれてたらあんな顔もするだろ」 

「許すけどさ~。君もだからね?」 

 不意にユウキの頭をメリアがポンポンと撫でる。反射的にユウキが顔を上げると、確かに優しさを感じながらも、そこにはどこか違和感を感じた。 

「君は特に、私の前ではこれ以上無理はさせないからね。白い魔獣と戦わせるべきじゃなかったって凄く後悔してるんだから」 

「それについては本当にごめん。気をつけるよ」 

「分かっているんならいいんだ。私も悪かったし。今はただ、2人が無事で良かった」 

 そうしてメリアは、輪の中で治癒魔法を掛けるシスターに視線を移すと、見間違いかのように笑いだした。 

「あんまり無茶するとまた倒れるよー!ほら、ユウキくんも行こ?」 

「お、おう。そうだな」 

 笑いかけるメリアはいつものメリアだ。さっきのはなんだったんだろうか。ユウキにはそれがいつまでも気がかりで仕方なかった。



 書斎に備え付けられた窓から、およそ1週間ぶりにベルダンシアを見渡す。
 領主邸の最上階にあり南側を一望出来るこの部屋は、ステラのお気に入りの場所だ。人々が行き交うのを眺め、窓を開ければ遠くで金属を叩く音や、活気の良い声が風と共に書斎に流れ着く。気を抜けば惰眠を貪りそうなひだまりに、身を委ねそうになるのはいつものことだ。 

「毎度ながら、王様はどんな気持ちでここからの景色を見ていたのかねぇ」 

 窓の縁に寄り掛かり、紫有石を眺める。
 今回、あまりにもイレギュラーが多すぎた。この場所からベルダンシアを眺められていることすら奇跡に近い。その奇跡すらも、偶然の積み重ねによって出来たものだ。
本当に偶然なら、だが。どうにもピースが上手く、ハマりすぎているように感じる。特にあの青年。

「彼はどっちなんだろうなぁ」

 悩みの種はそれだけに尽きない。
 あの手品師だ。一体何を考えているのだろうか。メリアから聞いた話では、シスターと行動を共にしていた兵士は全員殺していた筈だが、怪我の大小はあれど、全員息があった。それにこんなお手頃サイズの兵器を簡単に回収させ、その上去っていくだなんて。指揮する者としてはあまりに無能だ。

 いや、そもそも本当にベルダンシアの侵攻が目的だったのか?この石を俺に回収させるのが本来の目的か?

「そういえば彼、俺のことを知っていたな」 

 思い付いた使い道すらもあの男の手の平の上なら、大したものだし、少ししゃくな気もする。
 己の勘を信じるなら、間違いなくこの石は世界の命運を分けることとなるし、扱うならそれ相応の人間でなくてはならない。

 それは例えば自分のような。

 ステラは左手に魔法陣を展開し、片耳を覆う。 

「テレパシー」 

 魔力を放ち、同僚とも呼べる4人との接続を開始する。1人、2人とステラの魔力が繋がる。やがて全員と魔力が繋がったのを感じ取ると、それを合図にステラは口を開いた。 

「皆久しぶり。突然で悪いけど俺の勘はほぼ当たった。それぞれ準備してほしいんだけど、それが何時になるかは分からない。でも必ず起きるから、その時は俺か、ユウキ・アルバーンという名の青年を信じてくれ」 

 ステラがそう言い終えると同時に、耳元の魔法陣が粉々に砕け散った。持続時間がとてつもなく短いが、4人と接続して8秒持ったなら良い方か。
 ステラはその場で大きく伸びをすると、軽やかな足取りで扉へと向かう。 

「さーて、これから忙しくなるなぁ!」 

 現状にそぐわない笑顔を浮かべ、ステラは書斎を後にした。
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