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第一章 勇気ある者へ
第一話 聖剣が抜けなかった話
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「ユウキ・アルバーン、貴方には勇者としての素質があります。今こそ丘の上の聖剣を引き抜き、魔王を倒しに行くのです」
教会に呼ばれたユウキは、修道服に身を包み、対照的な白い髪がよく際立つ目前のシスターに確かにそう言われた。
王国から離れた辺鄙な村に住むユウキ・アルバーンは、父と畑を耕していたところ、ぞろぞろと王都から来た騎士団に連行され教会へと連れてこられた。村から連れて行かれる際に見た父の、お前なにやらかした?と言いたげな顔が忘れられない。
「勇者って俺がですか?俺はただの農家の息子ですよ?今日もさっきまで畑を耕していたんです。そんなわけないじゃないですか」
「いいえ、確かに神からのお告げが聴こえました。貴方が100年の間、誰も抜くことの出来なかった聖剣を抜き、魔王を倒し、世界に平和をもたらしてくれると」
「いやいやいや、無理ですよ。急にそんなこと言ったって無理に決まってるじゃないですか。こっちは剣すら握ったことないんですよ?」
「剣術は王直属の騎士団長が一から指導してくれます。さらに凄腕の剣士も旅に同行してくれることになっています。なので安心してください」
ユウキはこの話を上手いこと断り、帰る為の方法を模索していた。実際のところ、ユウキは勇者になんてなりたくない。わざわざ旅に出るなんてめんどくさいし、戦闘なんてしたくない。そもそも自分に何のメリットもないのに何故やらなければいけないのか。考えれば考える程に帰りたくなる。
「勇者になれば…」
栄誉か?名声か?生憎だが、そんなもので旅に出るほど甘くないぞ。鋼のように固い意思で、旅に出ないと決めているんだ。
「勇者になれば毎月30万ルード支給されます。さらにめちゃめちゃかわいい女の子を一人、旅に同行させます」
「勇者も悪くないなって思ってたところです」
食いぎみで答えるユウキに一瞬シスターは驚いていたものの、構うことなく真っ直ぐに見つめる。
「でしたら、勇者として旅に出てくれるのですか?」
「えぇ。困ってる人が沢山いるんだ。ほっとくなんて出来ませんよ」
屈託のない笑顔を浮かべるユウキに、シスターは優しく微笑んだ。
「さすが勇者に選ばれたお方ですね。旅に出るのがめんどくさくて、戦闘もしたくないなんて思うわけありませんよね」
「ハハハ、そんなわけないじゃないですか」
コイツまさか俺の心が読めるのか?
一瞬の焦りを覚えながらも、何事もないかのように笑顔で応じる。
「そしたらすぐに丘へと向かいましょう。聖剣を抜くのです」
シスターはそう口にし出入り口に近づくと、シスターの背丈の倍はある扉をゆっくり開いた。外に消えていくシスターの後を追うように、ユウキは教会を後にした。
聖剣の刺さっている丘は、王都全体を見渡せるとても景色の良い場所であった。おまけに空にはいっぱいの青が広がっている。王都の景色を見渡せるこの場所に、前任の勇者が聖剣を刺していったのも納得が出来た。
聖剣を刺した日も、もしかしたら今日みたいな日だったのかもしれない。そんなことを思いながらユウキは聖剣の前に立つ。
「準備が整いましたら聖剣を抜いてください」
背後のシスターの指示に従い、聖剣の前に立つ。
いざ聖剣の前に立ってみると緊張からか額に汗が滲んだ。袖で汗を拭い、深呼吸をする。鼓動が速く鳴っているのが分かる。
ユウキは覚悟を決め聖剣を握った。そしてここに決意する。自分の手で魔王を倒し、世界を平和にしてみせると。そしてあわよくばチヤホヤされたい。めちゃめちゃかわいい女の子と結婚して一生豪遊して、なんなら城を建てて暮らしたい。
それらを必ず実現してみせる。ユウキは力を込め、聖剣を引き抜いた。
と思いきや、聖剣は微動だにしなかった。今度は両手で握ってみる。そして一気に引き抜く。抜けない。抜ける気配すら見せない。全身全霊の力を込めて剣を引き抜こうとする。しかし聖剣はびくともしなかった。後ろを振り向くと、シスターが眉間に皺を寄せながらこちらを眺めていた。
「あの…なんかこれ抜けないんすけど」
「……」
せめて何か言ってほしい。
ユウキは困ったように再び聖剣を見た。なにが足りないんだろうか。力任せに抜こうとしても不可能ならば他の方法を探すしかないと、普段の何倍も思考を張り巡らせる。
そして、長考の末ユウキは思い出した。それは以前読んだ物語の勇者が、剣の名前を叫びながら剣を抜いていたのを。そうか名前か。
「シスター、この聖剣の名前を教えてください」
「名前ですか?」
先程まで眉間に皺を寄せながら、黙りを決め込んでいたシスターがようやく口を開いた。
「その聖剣の名はキリマスラッシュです」
「…は?」
「キリマスラッシュ」
「キリマスラッシュ?」
「キリマスラッシュ」
「マジで?」
「マジです」
思わずユウキも眉間に皺を寄せる。ネーミングセンスの無さに絶望していた。
なんでそんなちびっこが付けそうな名前なんだ。えっこれ叫ぶの?何の罰ゲーム?
しかし聖剣を抜くには叫ぶしか後がないユウキは気持ちを切り替える。一瞬じゃないか。叫びながら抜くだけだ。そう思いながらも17歳にして何か大切な物を失いそうで気が気ではなかった。覚悟を決める。そして叫んだ。
「キリマッッッスラアアアッシュ!!!!」
やばいめっちゃ死にてぇ。だれか殺してくれ。
「ブフッ!」
後ろでシスターが吹き出した音が聴こえる。あのクソアマ。いっそのこと神のもとに送ってやろうか。
聖剣を見る。当然のことながら、聖剣は何事もなかったように地面に刺さっていた。再びユウキは柄から手を離し振り返ると、シスターが顔を手で覆い笑いを堪えていた。ユウキの視線に気づいたシスターが真顔に戻る。
「残念でしsたね」
「笑い漏れてんぞ」
「やめてください。貴方が頑張っているのに笑うなんてこと、私がするわけないじゃないですか」
「キリマスラッシュ」
「グフッ!!!」
コイツほんとにシスターなのか怪しくなってきたな。
「ていうか抜けなかったんすけど、どうするんですかこれ」
「抜けなかったですね。でも確かに神からのお告げが聴こえたんですけどね」
「幻聴だったんじゃないですか」
「そんなわけありません。確かに聴こえましたから」
「でも抜けてないじゃないですか」
「……」
二人の間に気まずい空気が流れる。少しの沈黙の後シスターが口を開いた。
「そうですよ素質ですよ」
「素質?」
「そう素質です。神は最初から貴方に勇者としての素質があるとしか言ってないじゃないですか。つまり貴方には素質があるだけであって勇者にはなれないってことですよ」
「えぇと…つまりじゃあこの時間は?」
「全て無駄だったわけですね」
シスターが微笑みながら口にするので、思わずユウキもつられて笑ってしまう。
「「クソッタレがあああああ!!!!」」
次の瞬間二人は同時に叫んでいた。
「いやなんでお前も叫んでるんだよ!俺だろ!この状況で叫んでいいのは俺だけだろ!」
「ふざけないでください!貴方が勇者になれば、私は王様から沢山の御礼を頂く筈だったんです!なのに!貴方が勇者になれないなら私…ただの嘘つき女じゃないですか!」
「俺のこと利用してそんなこと考えてたのか、なめやがって…!」
「そもそもこんな村人Aみたいな顔した男が勇者なわけないじゃないですか!」
「それ以上は喧嘩になんぞいいんだな!? 」
二人はしばらくの間、言い合いを続けた。やがて落ち着いてきた時には、既に空は青色から茜色へと色を変えていた。
素に戻った二人はその場に座り込み、並んで夕日を眺めていた。考えるべきは今後のことだ。ユウキの場合、家に帰ろうにも既に騎士団の方々が両親に話してしまったらしく、それならと荷物を纏めて故郷へと帰ってしまったみたいだ。シスターの場合は、このまま教会に戻ったらただの嘘つき女として、後ろ指を指されながら生きていかなければいけない。そんな生活誰も望んでいない。
「なぁ」
「あの」
二人が同時に口を開く。
「あっどうぞ」
「それでは遠慮なく。要は聖剣って魔王を倒すための近道なだけで、結局は魔王を倒した人が勇者だと私は思うんです」
「うん」
「大事なのは魔王を倒したか倒してないかだと思うんですよ」
「うん」
「今から王様に直談判しにいこうと思いませんか」
「まあやっぱそうなるわな。俺もそこに行き着いたわ」
ユウキは立ち上がり、シスターに手を差し伸べる。少し戸惑った表情を見せながらも、シスターはその手を取り、立ち上がった。
「この報告だけで最悪首飛ぶけど大丈夫か?」
「私は大丈夫です」
「そうかいそうかい。んじゃ城まで行きますか」
そう言って二人は丘を下り、王の待つ城へと向かった。
教会に呼ばれたユウキは、修道服に身を包み、対照的な白い髪がよく際立つ目前のシスターに確かにそう言われた。
王国から離れた辺鄙な村に住むユウキ・アルバーンは、父と畑を耕していたところ、ぞろぞろと王都から来た騎士団に連行され教会へと連れてこられた。村から連れて行かれる際に見た父の、お前なにやらかした?と言いたげな顔が忘れられない。
「勇者って俺がですか?俺はただの農家の息子ですよ?今日もさっきまで畑を耕していたんです。そんなわけないじゃないですか」
「いいえ、確かに神からのお告げが聴こえました。貴方が100年の間、誰も抜くことの出来なかった聖剣を抜き、魔王を倒し、世界に平和をもたらしてくれると」
「いやいやいや、無理ですよ。急にそんなこと言ったって無理に決まってるじゃないですか。こっちは剣すら握ったことないんですよ?」
「剣術は王直属の騎士団長が一から指導してくれます。さらに凄腕の剣士も旅に同行してくれることになっています。なので安心してください」
ユウキはこの話を上手いこと断り、帰る為の方法を模索していた。実際のところ、ユウキは勇者になんてなりたくない。わざわざ旅に出るなんてめんどくさいし、戦闘なんてしたくない。そもそも自分に何のメリットもないのに何故やらなければいけないのか。考えれば考える程に帰りたくなる。
「勇者になれば…」
栄誉か?名声か?生憎だが、そんなもので旅に出るほど甘くないぞ。鋼のように固い意思で、旅に出ないと決めているんだ。
「勇者になれば毎月30万ルード支給されます。さらにめちゃめちゃかわいい女の子を一人、旅に同行させます」
「勇者も悪くないなって思ってたところです」
食いぎみで答えるユウキに一瞬シスターは驚いていたものの、構うことなく真っ直ぐに見つめる。
「でしたら、勇者として旅に出てくれるのですか?」
「えぇ。困ってる人が沢山いるんだ。ほっとくなんて出来ませんよ」
屈託のない笑顔を浮かべるユウキに、シスターは優しく微笑んだ。
「さすが勇者に選ばれたお方ですね。旅に出るのがめんどくさくて、戦闘もしたくないなんて思うわけありませんよね」
「ハハハ、そんなわけないじゃないですか」
コイツまさか俺の心が読めるのか?
一瞬の焦りを覚えながらも、何事もないかのように笑顔で応じる。
「そしたらすぐに丘へと向かいましょう。聖剣を抜くのです」
シスターはそう口にし出入り口に近づくと、シスターの背丈の倍はある扉をゆっくり開いた。外に消えていくシスターの後を追うように、ユウキは教会を後にした。
聖剣の刺さっている丘は、王都全体を見渡せるとても景色の良い場所であった。おまけに空にはいっぱいの青が広がっている。王都の景色を見渡せるこの場所に、前任の勇者が聖剣を刺していったのも納得が出来た。
聖剣を刺した日も、もしかしたら今日みたいな日だったのかもしれない。そんなことを思いながらユウキは聖剣の前に立つ。
「準備が整いましたら聖剣を抜いてください」
背後のシスターの指示に従い、聖剣の前に立つ。
いざ聖剣の前に立ってみると緊張からか額に汗が滲んだ。袖で汗を拭い、深呼吸をする。鼓動が速く鳴っているのが分かる。
ユウキは覚悟を決め聖剣を握った。そしてここに決意する。自分の手で魔王を倒し、世界を平和にしてみせると。そしてあわよくばチヤホヤされたい。めちゃめちゃかわいい女の子と結婚して一生豪遊して、なんなら城を建てて暮らしたい。
それらを必ず実現してみせる。ユウキは力を込め、聖剣を引き抜いた。
と思いきや、聖剣は微動だにしなかった。今度は両手で握ってみる。そして一気に引き抜く。抜けない。抜ける気配すら見せない。全身全霊の力を込めて剣を引き抜こうとする。しかし聖剣はびくともしなかった。後ろを振り向くと、シスターが眉間に皺を寄せながらこちらを眺めていた。
「あの…なんかこれ抜けないんすけど」
「……」
せめて何か言ってほしい。
ユウキは困ったように再び聖剣を見た。なにが足りないんだろうか。力任せに抜こうとしても不可能ならば他の方法を探すしかないと、普段の何倍も思考を張り巡らせる。
そして、長考の末ユウキは思い出した。それは以前読んだ物語の勇者が、剣の名前を叫びながら剣を抜いていたのを。そうか名前か。
「シスター、この聖剣の名前を教えてください」
「名前ですか?」
先程まで眉間に皺を寄せながら、黙りを決め込んでいたシスターがようやく口を開いた。
「その聖剣の名はキリマスラッシュです」
「…は?」
「キリマスラッシュ」
「キリマスラッシュ?」
「キリマスラッシュ」
「マジで?」
「マジです」
思わずユウキも眉間に皺を寄せる。ネーミングセンスの無さに絶望していた。
なんでそんなちびっこが付けそうな名前なんだ。えっこれ叫ぶの?何の罰ゲーム?
しかし聖剣を抜くには叫ぶしか後がないユウキは気持ちを切り替える。一瞬じゃないか。叫びながら抜くだけだ。そう思いながらも17歳にして何か大切な物を失いそうで気が気ではなかった。覚悟を決める。そして叫んだ。
「キリマッッッスラアアアッシュ!!!!」
やばいめっちゃ死にてぇ。だれか殺してくれ。
「ブフッ!」
後ろでシスターが吹き出した音が聴こえる。あのクソアマ。いっそのこと神のもとに送ってやろうか。
聖剣を見る。当然のことながら、聖剣は何事もなかったように地面に刺さっていた。再びユウキは柄から手を離し振り返ると、シスターが顔を手で覆い笑いを堪えていた。ユウキの視線に気づいたシスターが真顔に戻る。
「残念でしsたね」
「笑い漏れてんぞ」
「やめてください。貴方が頑張っているのに笑うなんてこと、私がするわけないじゃないですか」
「キリマスラッシュ」
「グフッ!!!」
コイツほんとにシスターなのか怪しくなってきたな。
「ていうか抜けなかったんすけど、どうするんですかこれ」
「抜けなかったですね。でも確かに神からのお告げが聴こえたんですけどね」
「幻聴だったんじゃないですか」
「そんなわけありません。確かに聴こえましたから」
「でも抜けてないじゃないですか」
「……」
二人の間に気まずい空気が流れる。少しの沈黙の後シスターが口を開いた。
「そうですよ素質ですよ」
「素質?」
「そう素質です。神は最初から貴方に勇者としての素質があるとしか言ってないじゃないですか。つまり貴方には素質があるだけであって勇者にはなれないってことですよ」
「えぇと…つまりじゃあこの時間は?」
「全て無駄だったわけですね」
シスターが微笑みながら口にするので、思わずユウキもつられて笑ってしまう。
「「クソッタレがあああああ!!!!」」
次の瞬間二人は同時に叫んでいた。
「いやなんでお前も叫んでるんだよ!俺だろ!この状況で叫んでいいのは俺だけだろ!」
「ふざけないでください!貴方が勇者になれば、私は王様から沢山の御礼を頂く筈だったんです!なのに!貴方が勇者になれないなら私…ただの嘘つき女じゃないですか!」
「俺のこと利用してそんなこと考えてたのか、なめやがって…!」
「そもそもこんな村人Aみたいな顔した男が勇者なわけないじゃないですか!」
「それ以上は喧嘩になんぞいいんだな!? 」
二人はしばらくの間、言い合いを続けた。やがて落ち着いてきた時には、既に空は青色から茜色へと色を変えていた。
素に戻った二人はその場に座り込み、並んで夕日を眺めていた。考えるべきは今後のことだ。ユウキの場合、家に帰ろうにも既に騎士団の方々が両親に話してしまったらしく、それならと荷物を纏めて故郷へと帰ってしまったみたいだ。シスターの場合は、このまま教会に戻ったらただの嘘つき女として、後ろ指を指されながら生きていかなければいけない。そんな生活誰も望んでいない。
「なぁ」
「あの」
二人が同時に口を開く。
「あっどうぞ」
「それでは遠慮なく。要は聖剣って魔王を倒すための近道なだけで、結局は魔王を倒した人が勇者だと私は思うんです」
「うん」
「大事なのは魔王を倒したか倒してないかだと思うんですよ」
「うん」
「今から王様に直談判しにいこうと思いませんか」
「まあやっぱそうなるわな。俺もそこに行き着いたわ」
ユウキは立ち上がり、シスターに手を差し伸べる。少し戸惑った表情を見せながらも、シスターはその手を取り、立ち上がった。
「この報告だけで最悪首飛ぶけど大丈夫か?」
「私は大丈夫です」
「そうかいそうかい。んじゃ城まで行きますか」
そう言って二人は丘を下り、王の待つ城へと向かった。
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