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92.資格
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「真犯人が学院の生徒でもない、寮住まいのメイドでもないとなっては誰も見たことが無くて当たり前でしたわね。見つからなくて当然だったわ」
救護室から出た五人は別室で、改めてリリアナに話を聞いていた。
椅子に座らされ、小さくなって俯いているリリアナを見ながら、ダリアは溜息をついた。
結局犯人はオリビアの家の下女だった。
この学院では、基本的に上級貴族のみメイドの付帯を許され、オリビアのような男爵令嬢にはメイドはいない。そのような令嬢は身の回りの世話はすべて自分で行うか、王都など近郊の邸宅から一週間に一度、もしくは二週間に一度の頻度で使用人が着替えなどを持ってくるなどの世話をしていた。
つまり、オリビアも例外ではなく、使用人が一週間に一度、王都の邸宅から馬車で二時間かけてやって来ていた。それがリリアナだった。
リリアナの家は父が居らず、母の収入だけでは子供たちを養うことは困難で、長女であるリリアナは家庭を助けるためにはオリビアの家、ロアン男爵家の下女として働いていた。それでも、母の収入と彼女の給金でもギリギリの生活。そのため、オリビアの悪事を加担することで得られる小遣いは魅力的だった。もちろん、罪悪感が無かったわけではない。しかし、何よりも、断ったことで解雇になる事の方が恐ろしく、指示に従うしかなかったのだ。
「本当に申し訳ございませんでした・・・」
小さく震えながら蚊の鳴くような声でリリアナが謝った。
「はあ・・・、上手く使われてしまったわけですわね。だからって・・・」
ダリアは少し悔し気に再び溜息をついた。ダリアの言葉にリリアナはさらに体を小さくした。
「主人の命令じゃ断れないだろう。一介の下女に」
ジャックはリリアナをフォローした。それにラリーも頷く。
「それだけじゃない。旨い汁があったら誰だって心は揺れるさ。俺は分かるよ、リリアナ。俺も貧乏人だから金の大切さは。この三人とは違ってさ」
ラリーはニッとリリアナに笑って見せた。
ダリアはそれを聞いて納得したのか黙ってしまった。
「リリアナ」
セオドアが一歩前に出た。
「君の事情は分かった。君は共犯になるわけだが、ここは不問にしたい。君はもう帰っていい」
「で・・・、でも・・・」
リリアナは主人を裏切ってしまった手前、どうしていいか分からず、困ったように四人の顔を見渡した。
「もし、この件でロアン男爵家に居づらくなったら、我がグレイ家を訪ねてくれ」
セオドアはリリアナを安心させるように微笑んだ。
「オリビアが愚行に走った理由の中には俺の存在もあるんだ。君がその一端を担う羽目になってしまったのは俺のせいでもある。責任を取らせてほしい。我が家でないとしても何処か仕事先を紹介しよう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
リリアナは勢いよく立ち上がると何度もセオドアに向かってお辞儀をした。
「へえ、カッコいい、やるなあ、セオドア!」
ラリーがヒューッと口笛を吹いた。セオドアはそれに苦笑するだけだった。
☆彡
結局、リリアナは不問とした。彼女が弱い立場でオリビアに逆らえなかったということもある。だが、何よりも実際に水を被ったり、物置に閉じ込められたり―――閉じこもるが正解―――、階段を落ちたのはオリビア自身で、実質的にオフィーリアに危害を加えたわけではない。彼女の名誉を傷つけてはいるが、その責任は主人であり依頼主のオリビアが取るべきであろう。
ジャックはリリアナを送って行った。とは言っても、今日は外出禁止なので、学院を出た少し先も大通りに出るまでだが。
「セオドア様。卒業パーティーはどうなさるのですか? オリビア様をエスコートしないのであれば、是非オフィーリア様をエスコートなさっては?」
セオドアとラリーの二人に挟まれながら歩いているダリアが、セオドアに尋ねた。
「・・・いいや。今の俺にはそんな資格なんてない」
セオドアは寂しそうに笑った。
「でも・・・」
卒業パーティーはお相手がいればエスコートは当然だ。学院内に婚約者や恋人がいれば当然だが、それ以外でもこの日のためにわざわざ駆けつけてくる婚約者もいる。クラリスの婚約者もアニーの婚約者も年上でこの学院をとうに卒業しているため、明日は遠路はるばるこの学院にやってくる。
「堅い事言ってるなよ、オフィーリア嬢だって君がエスコートすれば喜ぶんじゃないか?」
「そうですわよ、セオドア様」
ラリーとダリアの気遣う言葉に、セオドアは無言で首を振った。
「ふーん、残念だな。ダリア嬢も婚約者がいるの?」
「いいえ。わたくしは」
「だったら、俺がエスコートす・・・」
「結構です」
「早っ、釣れないっ」
「先約がおりますの、兄と弟が」
「二人がかり?」
「ええ、正直、むさ苦しいですが・・・。二人とも楽しみにしているようで断り切れず・・・」
「・・・愛されてるねぇ」
二人の会話を横で聞きながら、セオドアはふと廊下の窓から外を見た。
外から何やら賑やかな声が聞こえてくる。
ダリアにもその声が聞こえたようだ。ダリアも窓の外を眺めた。
「あら、こんな所までいらしてるのね。校舎裏の花壇だけでは飽き足らずというところでしょうか?」
そこには多くの生徒達が、花壇や生け垣などに水やりや草むしりをしていた。
「ふふふ、『美化委員活動』ですって。いつも学院の庭園を綺麗に世話している庭師の方への感謝の意を込めて今日一日だけはお手伝いしましょうってオフィーリア様が呼びかけましたの。想像以上の方たちが集まっていますのね」
ダリアが楽しそうにその集団を見つめる。
「何? この変な虫! うにょうにょ動いているわ!」
「わたくし、知ってます。これ、尺取虫っていうのよ」
「この草って抜いてしまっていいのかしら?」
「それは植えたばかりの苗じゃないかしら・・・って、抜いちゃったわね」
「見て! 見て! じょうろのから虹が見えますわ! 虹!」
「ねえ、このお花って何ていう名前かご存じ? 我が家にも欲しいわ」
生徒達が思い思いにおしゃべりしながら和気あいあいと作業をしている。
その中に一際美しく艶めく赤髪の生徒がいた。
「ホホホ! 貴女たち、本当にド素人ですわね! じょうろの持ち方がなってらっしゃらないわ!」
オフィーリアはじょうろを片手に持ち、声高らかに笑っていた。
その姿をセオドアは眩しそうに見つめていた。
救護室から出た五人は別室で、改めてリリアナに話を聞いていた。
椅子に座らされ、小さくなって俯いているリリアナを見ながら、ダリアは溜息をついた。
結局犯人はオリビアの家の下女だった。
この学院では、基本的に上級貴族のみメイドの付帯を許され、オリビアのような男爵令嬢にはメイドはいない。そのような令嬢は身の回りの世話はすべて自分で行うか、王都など近郊の邸宅から一週間に一度、もしくは二週間に一度の頻度で使用人が着替えなどを持ってくるなどの世話をしていた。
つまり、オリビアも例外ではなく、使用人が一週間に一度、王都の邸宅から馬車で二時間かけてやって来ていた。それがリリアナだった。
リリアナの家は父が居らず、母の収入だけでは子供たちを養うことは困難で、長女であるリリアナは家庭を助けるためにはオリビアの家、ロアン男爵家の下女として働いていた。それでも、母の収入と彼女の給金でもギリギリの生活。そのため、オリビアの悪事を加担することで得られる小遣いは魅力的だった。もちろん、罪悪感が無かったわけではない。しかし、何よりも、断ったことで解雇になる事の方が恐ろしく、指示に従うしかなかったのだ。
「本当に申し訳ございませんでした・・・」
小さく震えながら蚊の鳴くような声でリリアナが謝った。
「はあ・・・、上手く使われてしまったわけですわね。だからって・・・」
ダリアは少し悔し気に再び溜息をついた。ダリアの言葉にリリアナはさらに体を小さくした。
「主人の命令じゃ断れないだろう。一介の下女に」
ジャックはリリアナをフォローした。それにラリーも頷く。
「それだけじゃない。旨い汁があったら誰だって心は揺れるさ。俺は分かるよ、リリアナ。俺も貧乏人だから金の大切さは。この三人とは違ってさ」
ラリーはニッとリリアナに笑って見せた。
ダリアはそれを聞いて納得したのか黙ってしまった。
「リリアナ」
セオドアが一歩前に出た。
「君の事情は分かった。君は共犯になるわけだが、ここは不問にしたい。君はもう帰っていい」
「で・・・、でも・・・」
リリアナは主人を裏切ってしまった手前、どうしていいか分からず、困ったように四人の顔を見渡した。
「もし、この件でロアン男爵家に居づらくなったら、我がグレイ家を訪ねてくれ」
セオドアはリリアナを安心させるように微笑んだ。
「オリビアが愚行に走った理由の中には俺の存在もあるんだ。君がその一端を担う羽目になってしまったのは俺のせいでもある。責任を取らせてほしい。我が家でないとしても何処か仕事先を紹介しよう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
リリアナは勢いよく立ち上がると何度もセオドアに向かってお辞儀をした。
「へえ、カッコいい、やるなあ、セオドア!」
ラリーがヒューッと口笛を吹いた。セオドアはそれに苦笑するだけだった。
☆彡
結局、リリアナは不問とした。彼女が弱い立場でオリビアに逆らえなかったということもある。だが、何よりも実際に水を被ったり、物置に閉じ込められたり―――閉じこもるが正解―――、階段を落ちたのはオリビア自身で、実質的にオフィーリアに危害を加えたわけではない。彼女の名誉を傷つけてはいるが、その責任は主人であり依頼主のオリビアが取るべきであろう。
ジャックはリリアナを送って行った。とは言っても、今日は外出禁止なので、学院を出た少し先も大通りに出るまでだが。
「セオドア様。卒業パーティーはどうなさるのですか? オリビア様をエスコートしないのであれば、是非オフィーリア様をエスコートなさっては?」
セオドアとラリーの二人に挟まれながら歩いているダリアが、セオドアに尋ねた。
「・・・いいや。今の俺にはそんな資格なんてない」
セオドアは寂しそうに笑った。
「でも・・・」
卒業パーティーはお相手がいればエスコートは当然だ。学院内に婚約者や恋人がいれば当然だが、それ以外でもこの日のためにわざわざ駆けつけてくる婚約者もいる。クラリスの婚約者もアニーの婚約者も年上でこの学院をとうに卒業しているため、明日は遠路はるばるこの学院にやってくる。
「堅い事言ってるなよ、オフィーリア嬢だって君がエスコートすれば喜ぶんじゃないか?」
「そうですわよ、セオドア様」
ラリーとダリアの気遣う言葉に、セオドアは無言で首を振った。
「ふーん、残念だな。ダリア嬢も婚約者がいるの?」
「いいえ。わたくしは」
「だったら、俺がエスコートす・・・」
「結構です」
「早っ、釣れないっ」
「先約がおりますの、兄と弟が」
「二人がかり?」
「ええ、正直、むさ苦しいですが・・・。二人とも楽しみにしているようで断り切れず・・・」
「・・・愛されてるねぇ」
二人の会話を横で聞きながら、セオドアはふと廊下の窓から外を見た。
外から何やら賑やかな声が聞こえてくる。
ダリアにもその声が聞こえたようだ。ダリアも窓の外を眺めた。
「あら、こんな所までいらしてるのね。校舎裏の花壇だけでは飽き足らずというところでしょうか?」
そこには多くの生徒達が、花壇や生け垣などに水やりや草むしりをしていた。
「ふふふ、『美化委員活動』ですって。いつも学院の庭園を綺麗に世話している庭師の方への感謝の意を込めて今日一日だけはお手伝いしましょうってオフィーリア様が呼びかけましたの。想像以上の方たちが集まっていますのね」
ダリアが楽しそうにその集団を見つめる。
「何? この変な虫! うにょうにょ動いているわ!」
「わたくし、知ってます。これ、尺取虫っていうのよ」
「この草って抜いてしまっていいのかしら?」
「それは植えたばかりの苗じゃないかしら・・・って、抜いちゃったわね」
「見て! 見て! じょうろのから虹が見えますわ! 虹!」
「ねえ、このお花って何ていう名前かご存じ? 我が家にも欲しいわ」
生徒達が思い思いにおしゃべりしながら和気あいあいと作業をしている。
その中に一際美しく艶めく赤髪の生徒がいた。
「ホホホ! 貴女たち、本当にド素人ですわね! じょうろの持ち方がなってらっしゃらないわ!」
オフィーリアはじょうろを片手に持ち、声高らかに笑っていた。
その姿をセオドアは眩しそうに見つめていた。
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