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64.やった!

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オフィーリアは右足をペダルにかけると、力いっぱい踏み込んだ。進んだと同時に左足をペダルの上に乗せる。

「離さないでくださいね、セオドア様・・・!」

「ああ、大丈夫」

「押さえてますよね? セオドア様」

「ああ、押さえてるから、大丈夫。その調子、その調子」

セオドアは自転車の後ろの荷台を押しながら声を掛ける。オフィーリアはふら付く前輪のバランスを保とうと懸命にハンドルを操作しながらも、足を動かすのを忘れない。しっかりペダルを踏み込む。
徐々にスピードが上がるにつれてバランスが取れてきた。ペダルも軽くなる。

「そう! その調子だ! オフィーリア!」

後ろでセオドアの声が聞こえる。その心強い声に支えられながらペダルを漕ぐ。更にスピードが上がり、益々体勢が安定する。心なしか自転車が軽くなった気がする。

「いいぞ! オフィーリア!」

自転車だけじゃない。セオドアの声も心なしか軽い―――いや、遠い気がする。

「離さないでくださいね! セオドア様!」

後ろにいるはずのセオドアに声を掛けた。

「いいぞぉ~! オフィーリアぁ~! その調子ぃ~!」

自分の質問に答えないことに疑問と不安が沸く。途端に声がさっきより遠くに聞こえることに気が付いた。

「え? え? セオドア様・・・?」

不安に耐えきれず、思わず後ろを振り向いた。後ろには誰もいない。

「え? 嘘? え?」

セオドアの姿はずっと後ろの方に見えた。手を振りながら駆けてくる。その姿を見た途端、バランスを崩した。

「きゃあ!」

ガシャン!という音と共に、自転車が横倒しになった。

「大丈夫か!! オフィーリア!」

セオドアはすぐに駆け寄り、オフィーリアを助け起こした。

「怪我はないか?!」

「セオドア様・・・」

「ごめん! オフィーリア! 一人で乗れていると気が付いた時に驚いて転ぶだろうとは思っていたんだ。俺もそうだったから。痛いだろう? 大丈夫か?」

「セオドア様・・・わたくし・・・」

「でも、手を離すのに調度いいタイミングだったんだ。一人で乗れていただろう?」

「ええ! セオドア様! 今、わたくし、一人で乗れていましたわね!!」

オフィーリアは心配そうに自分を支えているセオドアの両腕をガシッと掴んだ。
その目はキラキラと輝いている。

「ああ、乗れていたよ。ちゃんと一人で乗れていた」

セオドアは優しく頷いた。

「やったわ! やったわ!」

「うん、やったな! オフィーリア! 頑張った!」

セオドアは大興奮のオフィーリアの頭を優しく撫でた。
興奮し過ぎているせいか、それともあまりにも自然な仕草だったからか、オフィーリアは何の違和感もなくそれを受け入れていた。

その時、オフィーリアの手首に巻かれているミサンガの糸が少しだけ切れたことに気付きもしなかった。


☆彡


初めて一人で乗れた後も、何度も繰り返し練習してみた。最初だけはセオドアに支えられているが、漕ぎ始めてすぐに手を離されても、もう大丈夫だ。終いには最初から一人で乗れるまでになった。

「本当だわ! コツさえ掴んでしまえば簡単ですわ!」

まだ多少ハンドルをふら付かせながらもオフィーリアは上機嫌に笑った。
その横をセオドアは走って付いて来る。

「だろう?」

さっきから息を切らせながら付いてきてくれるセオドアをチラリと見た。その彼の優しさを受けている自分と、彼よりも早く走っている自分にどこか優越感と悪戯心が生まれた。オフィーリアは少しスピードを上げた。

「!」

セオドアはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに平静を装い、自分もスピードを上げる。
オフィーリアは更にスピードを上げた。

「!!」

セオドアは真剣な顔になり、歯を喰いしばり始めた。

「アハハハ! 遅いですわ! セオドア様!」

オフィーリアは笑いながら自転車を飛ばす。

「く・・・っ」

必死に食らい付くセオドア。だが、とうとう限界が来たのか、

「ちょ、ちょっと・・・、オフィーリア! もう無理だ・・・」

そう言って、立ち止まってしまった。オフィーリアもキキキーッとブレーキをかけて華麗に止まって見せた。
振り向くと、セオドアは膝に手をついてゼーゼーと息を切らしている。

オフィーリアは、よいしょと自転車の向きを変えると、セオドアのもとに戻ってきた。
セオドアは膝に手をついたまま、恨めしそうにオフィーリアを見上げた。

「飛ばし過ぎだ、オフィーリア・・・」

「ふふふ。自転車って早いのですね!」

「乗れるようになったばっかりなんだ。あんまりスピードは出すな。危ないぞ」

「はい。わかりましたわ。ごめんなさい」

素直に謝るものの、にっこりと笑って反省の色が見えないオフィーリアに、セオドアは軽く溜息をつくと、ゆっくり体を起こした。

「喉が渇いたな・・・。飲み物を買ってくるからオフィーリアはベンチで待っていてくれ」

そう言って、公園のベンチを指差した。

「分かりましたわ」

オフィーリアは頷いた。自動販売機は土手を越えた道の先にある。セオドアが土手を上り切り、向こう側へ下って姿が見えなるまでその場で見送ると、ベンチに向かってキコキコと自転車を走らせた。

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