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48.薔薇
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セオドアが薔薇を差し出す相手はいつもオリビアだ。
オフィーリアに差し出されたことは一度もない。
オフィーリアは目を伏せた。
以前にグレイ侯爵邸で催されたお茶会で、薔薇の花束を持ったセオドアの姿がぼんやりと脳裏に浮かんできた。
あれは自分と婚約が決まったばかりの時だ。同世代の高位貴族令息令嬢を集めて催された気軽な催しだった。
早めに着いたオフィーリアは、パーティー用に華やかに飾られた庭園で、挨拶をしようとセオドアを探していた。
いくら探してもいないので、少し奥の方まで足を向けた。進んで行くと美しく薔薇が咲き誇っている花園に辿り着いた。そこで自ら薔薇を摘んでいる婚約者を見つけた。
色などを吟味しながら何本も摘んでいる。自分の手が汚れようとも多少傷付こうとも気にせずに素手で摘んでいる。
オフィーリアは彼の真剣な姿に声を掛けるのを止め、物陰に隠れた。
セオドアは両手いっぱいになるまで摘み終えると、傍に控えていたメイドに託し、花束にするように言いつけてその場を去って行った。
セオドアはオフィーリアに気が付かなかったようだ。
オフィーリアはホッと胸を撫で下ろした。と同時に今度はドキドキと高鳴りだした。
きっとあれは自分のために摘んだ花束だ。
婚約者の私のために摘んでくれたのだ。
驚かすために内緒で用意しているのであれば、知らないふりをした方がいい。
婚約が決まってもラガン侯爵家と繋がりを持ちたい貴族は多く、未だにオフィーリアには引き合い多い。
家同士が決めたこととは言え、オフィーリアは自分の婚約者であることを周知させると同時に、若い男どもを牽制するために、皆が見ている前で花束を渡すつもりなのだろう。どうせちょっとしたパフォーマンスだ。
しかし、例えそうだとしても、オフィーリアは構わなかった。
既に彼に淡く恋心を抱いていたのだ。パフォーマンスだって構わない。
皆の前で花束を受け取る自分の姿をうっとりと想像した。
しかし、その想像は想像で終わった。
お茶会が始まってからいつまで経ってもセオドアは自分に花束を渡す気配はない。気が付いたらお開きの時間だ。
怪訝に思っていると、お茶会の終わりに本来なら招かれざる客の姿が目に入った。
オリビアだった。庭の隅の方で一人の子爵令息と談笑している。
その腕には立派な薔薇の花束を抱えられていた。
☆彡
学院に入学してからも、彼がオリビアに薔薇を贈るところを見かけることがあった。
偶然、街で二人が一緒にいるところを見かけてしまった時。その時も、オリビアは小さな薔薇の花束を手にしていた。恐らくセオドアに買ってもらったのだろう。
オリビアが風邪を引いて学院を休んでしまった時は、女子寮まで見舞いの花束を届けに来た。男子禁制のため寮母に託しているところに運悪く行き会ってしまった。その時、矢を射るように自分を睨みつけたセオドアの視線は明らかに憎悪を表していた。
先日などは、事もあろうに学院の庭園に咲いた薔薇を摘み、素手で棘を払った後、オリビアの髪に飾っていた。
それ以来、薔薇は嫌いだ。
元々、派手で豪華な薔薇の花よりも、チューリップやエーデルワイスのような可愛い花々の方が好みだったが、益々薔薇が苦手になった。
「オフィーリア、道具を片付けよう」
セオドアに声を掛けられ、ハッと我に返った。
「そうですわね」
気が付くとうっすらと涙が溜まっていたオフィーリアは慌てて目じりを拭いた。
幸いセオドアはこっちを向いていない。
「どんな花が咲くんだろうな」
そんなことを言いながら空になった箱にシャベルを入れた。
(薔薇以外なら何でもいいわ)
折角のセオドアとの共同作業。しかも初めての共同作業だったのだ。オリビアを思い起こさせるもので汚されたくない。
(でも、オリビア様とだったら、きっともっと楽しい作業になったのでしょうね)
黙々と作業をこなしていた自分達とは違い、彼女とだったらおしゃべりしながら楽しく苗植えをしたのだろう。
勝手に二人が楽しそうに苗を植えている姿を想像し、また視界が霞んできた。
「どうした? オフィーリア?」
黙り込んでしまったオフィーリアを不思議に思ったのか、セオドアが箱を持って近づいてきた。
「何でもありませんわ! さっさと片付けてしまいましょう!」
ツンっとそっぽを向いて誤魔化した。
そこに、タイミングよく用務員の斉藤がやって来た。様子を見に来たようだ。
「終わったかな? いや~、綺麗に植わっているね、さすが山田さん! 君には安心して任せられるなぁ!」
笑いながらオフィーリアに話しかける。
「君も手伝いありがとう!」
そう言ってセオドアの肩をポンポンと叩いた。
「他のところも見てくるかな。倉庫に片付けたら上がっていいからね。ご苦労様!」
斉藤はご機嫌に立ち去って行った。
「「・・・」」
二人は呆けた状態で斉藤の後ろ姿を見送った。
「申し訳ありませんわ、セオドア様! ほとんどセオドア様の功績だというのに、わたくしが褒められるなんて!」
我に返ったオフィーリアは慌ててセオドアに謝った。
「いや・・・、別にいい・・・」
複雑そうなセオドアの顔。
申し訳なさ過ぎて、さっきの切ない気持ちも涙も吹き飛んでしまった。
オフィーリアに差し出されたことは一度もない。
オフィーリアは目を伏せた。
以前にグレイ侯爵邸で催されたお茶会で、薔薇の花束を持ったセオドアの姿がぼんやりと脳裏に浮かんできた。
あれは自分と婚約が決まったばかりの時だ。同世代の高位貴族令息令嬢を集めて催された気軽な催しだった。
早めに着いたオフィーリアは、パーティー用に華やかに飾られた庭園で、挨拶をしようとセオドアを探していた。
いくら探してもいないので、少し奥の方まで足を向けた。進んで行くと美しく薔薇が咲き誇っている花園に辿り着いた。そこで自ら薔薇を摘んでいる婚約者を見つけた。
色などを吟味しながら何本も摘んでいる。自分の手が汚れようとも多少傷付こうとも気にせずに素手で摘んでいる。
オフィーリアは彼の真剣な姿に声を掛けるのを止め、物陰に隠れた。
セオドアは両手いっぱいになるまで摘み終えると、傍に控えていたメイドに託し、花束にするように言いつけてその場を去って行った。
セオドアはオフィーリアに気が付かなかったようだ。
オフィーリアはホッと胸を撫で下ろした。と同時に今度はドキドキと高鳴りだした。
きっとあれは自分のために摘んだ花束だ。
婚約者の私のために摘んでくれたのだ。
驚かすために内緒で用意しているのであれば、知らないふりをした方がいい。
婚約が決まってもラガン侯爵家と繋がりを持ちたい貴族は多く、未だにオフィーリアには引き合い多い。
家同士が決めたこととは言え、オフィーリアは自分の婚約者であることを周知させると同時に、若い男どもを牽制するために、皆が見ている前で花束を渡すつもりなのだろう。どうせちょっとしたパフォーマンスだ。
しかし、例えそうだとしても、オフィーリアは構わなかった。
既に彼に淡く恋心を抱いていたのだ。パフォーマンスだって構わない。
皆の前で花束を受け取る自分の姿をうっとりと想像した。
しかし、その想像は想像で終わった。
お茶会が始まってからいつまで経ってもセオドアは自分に花束を渡す気配はない。気が付いたらお開きの時間だ。
怪訝に思っていると、お茶会の終わりに本来なら招かれざる客の姿が目に入った。
オリビアだった。庭の隅の方で一人の子爵令息と談笑している。
その腕には立派な薔薇の花束を抱えられていた。
☆彡
学院に入学してからも、彼がオリビアに薔薇を贈るところを見かけることがあった。
偶然、街で二人が一緒にいるところを見かけてしまった時。その時も、オリビアは小さな薔薇の花束を手にしていた。恐らくセオドアに買ってもらったのだろう。
オリビアが風邪を引いて学院を休んでしまった時は、女子寮まで見舞いの花束を届けに来た。男子禁制のため寮母に託しているところに運悪く行き会ってしまった。その時、矢を射るように自分を睨みつけたセオドアの視線は明らかに憎悪を表していた。
先日などは、事もあろうに学院の庭園に咲いた薔薇を摘み、素手で棘を払った後、オリビアの髪に飾っていた。
それ以来、薔薇は嫌いだ。
元々、派手で豪華な薔薇の花よりも、チューリップやエーデルワイスのような可愛い花々の方が好みだったが、益々薔薇が苦手になった。
「オフィーリア、道具を片付けよう」
セオドアに声を掛けられ、ハッと我に返った。
「そうですわね」
気が付くとうっすらと涙が溜まっていたオフィーリアは慌てて目じりを拭いた。
幸いセオドアはこっちを向いていない。
「どんな花が咲くんだろうな」
そんなことを言いながら空になった箱にシャベルを入れた。
(薔薇以外なら何でもいいわ)
折角のセオドアとの共同作業。しかも初めての共同作業だったのだ。オリビアを思い起こさせるもので汚されたくない。
(でも、オリビア様とだったら、きっともっと楽しい作業になったのでしょうね)
黙々と作業をこなしていた自分達とは違い、彼女とだったらおしゃべりしながら楽しく苗植えをしたのだろう。
勝手に二人が楽しそうに苗を植えている姿を想像し、また視界が霞んできた。
「どうした? オフィーリア?」
黙り込んでしまったオフィーリアを不思議に思ったのか、セオドアが箱を持って近づいてきた。
「何でもありませんわ! さっさと片付けてしまいましょう!」
ツンっとそっぽを向いて誤魔化した。
そこに、タイミングよく用務員の斉藤がやって来た。様子を見に来たようだ。
「終わったかな? いや~、綺麗に植わっているね、さすが山田さん! 君には安心して任せられるなぁ!」
笑いながらオフィーリアに話しかける。
「君も手伝いありがとう!」
そう言ってセオドアの肩をポンポンと叩いた。
「他のところも見てくるかな。倉庫に片付けたら上がっていいからね。ご苦労様!」
斉藤はご機嫌に立ち去って行った。
「「・・・」」
二人は呆けた状態で斉藤の後ろ姿を見送った。
「申し訳ありませんわ、セオドア様! ほとんどセオドア様の功績だというのに、わたくしが褒められるなんて!」
我に返ったオフィーリアは慌ててセオドアに謝った。
「いや・・・、別にいい・・・」
複雑そうなセオドアの顔。
申し訳なさ過ぎて、さっきの切ない気持ちも涙も吹き飛んでしまった。
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