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15.鏡の中の私
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夕食の時間。
これは椿にとって試練の時間だった。
なぜなら、女子寮に住む生徒は全員同じ時間に大食堂で一緒に食事をするのだ。
普段、家族で食事する以外は常にぼっち飯の椿には人の数だけでも圧倒されてしまい、何も食べていないうちから吐きそうなほど緊張する時間なのだ。
ただし、救いなのは席が決まっているということ。そしてなにより食事中無駄なお喋りは禁じられていることだ。学園内の食堂のように気楽におしゃべりしながら食事を楽しむことはない。ブラボーな規則だ。
学園女子寮長の老いたシスターの(無駄に)長い祈りの後にやっと食べることが許される。
シーンとした食事の中、最小限のカトラリーを動かす音が聞こえるのみ。
椿にはこの無言の食事は大変ありがたい。
気が付かれないように最大限の注意を払って周囲を観察しながら、上っ面だけでも食事のマナーを覚えようと必死に真似た。
最初の頃は緊張と恐怖で両手が震え、まともに味など分からなかったが、最近は少しだけ味が分かる気がする。それでも緊張は拭えない。今日もさりげなく目の前の生徒の食べる仕草を真似ながら必死にフォークとナイフを動かした。
食事に神経をすり減らしつつも腹の中は満たされ、微妙な満足感を覚えながら自分の部屋に帰ってきた。
この後は授業の予習復習を終え入浴。そしてベッドに横になり、今後の身の振り方―――どうすれば無事に断罪されるのか。柳を独り立ちさせ、オリビアと結びつけるにはどうすればよいか―――をひたすら考える。
これが最近の椿のルーティンになっていた。
何故かオリビアに不信感を抱いている柳は椿にべったりで、理想通りに物事が進まない。柳には椿を断罪する気などさらさらないようだ。
(どうしたもんだか・・・)
椿はベッドに入る前、何の気なしに壁にかかっている鏡の前に立った。
風呂を上った後、寝る前に必ずマリーに髪を綺麗に整えてもらっていた。
その整った髪を撫でながら鏡を覗く。
中途半端の長さの黒髪。前髪が結構伸びたかな。そう思い前髪を撫でる。
撫でているはずなのに、鏡に映る自分はどうしてか動かない。
あ・・・れ・・・?
何度も前髪を撫でる。なのに鏡の中の自分は微動だにしない。
(どうして!?)
椿は鏡の前で固まった。
さらに、今更ながら気が付いた大きな違和感。何処かおかしい。オフィーリアの髪は長くて赤毛のはず・・・。
映っている人物は黒髪に眼鏡で若干ぽっちゃり。着ているものは花柄のパジャマ。
そしてその背景に見えるのは、漫画本やライトノベルがびっちり収まった本棚。
「な、な、な・・・」
椿は震えながら鏡に映る自分を指差した。
鏡の中の自分は驚愕したように目を丸めてこちらを見ているだけで、指を差してこない。
(わ、わ、私だ! 私と私の部屋・・・!)
なんと、鏡の中には本当の自分、山田椿がいたのだ。
☆彡
鏡に向かって指を差している椿に対し、鏡の中の椿は驚愕した顔で固まったまま。だがゆっくりと震える両手で口元を覆った。
「わ、わたくし・・・が映っている・・・」
鏡の中から震える声が聞こえた。
「ど、どういうこと・・・? この鏡は真実の姿を映すのかしら・・・? でも、それにしては同じ動作をしていないわ・・・。それだけじゃない・・・わたくしの部屋が映っているわ・・・」
鏡の中の椿は口元を覆ったまま、恐る恐る覗くように鏡に近づいた。
「ひゃぁ・・・っ!」
近づいてくる自分の姿に椿は悲鳴をあげて一歩下がった。
「! 声! 声が聞こえたわ! もしかしてあなたの声? 今、あなたが叫んだの?」
鏡を引っ掴んでいるのか、鏡から覗く椿の顔が近い!
「お答えなさいっ! あなたは誰?! 何故わたくしの姿をしているのです?!」
「ひぃ・・・っ!」
山田椿の顔で凄んでくる。見慣れた一重で地味な自分の顔。自分の顔に怒られるってこんなに怖いの? 思わず小さく悲鳴が漏れた。
「わ、わ、私は・・・」
「わたくしはオフィーリア・ラガンと申しますわ! その体はわたくしの物ですわよ! もしかして、あなたは山田椿様ではなくって?」
「へ・・・?」
「そうなのでしょう?! 今、わたくしの体を成しているこの少女! 山田椿! あなたではなくって?!」
そうです。と答えようとするが鏡の中の椿ことオフィーリアはどんどん攻めてくる。
「そうなのでしょう!? あなたがわたくしの体を奪ったのね! 酷い方だわ! どういうおつもり!?」
「あ、あの・・・違・・・」
「入れ替わるなんて! いったいどのような魔術をお使いになったの?! あなたは魔女なの?!」
「違・・・、あの、落ち着いて・・・」
「なんて卑劣な! 冗談じゃないですわ! なんでわたくし達がこんな目に!」
オロオロする椿の声が小さいせいか、もともとこちらの言う事を聞こうとしないのか、鏡の向こうの椿の姿をしたオフィーリアは捲し立てる。
「早く元の姿にお戻しなさいーっ!!」
「待って! 待ってください! オフィーリア様!」
キーっと喚くオフィーリアに、椿は勇気を出して声を張り上げた。
「お願いです! わ、私の話も聞いてください~。山田もとても困っているんです~」
これは椿にとって試練の時間だった。
なぜなら、女子寮に住む生徒は全員同じ時間に大食堂で一緒に食事をするのだ。
普段、家族で食事する以外は常にぼっち飯の椿には人の数だけでも圧倒されてしまい、何も食べていないうちから吐きそうなほど緊張する時間なのだ。
ただし、救いなのは席が決まっているということ。そしてなにより食事中無駄なお喋りは禁じられていることだ。学園内の食堂のように気楽におしゃべりしながら食事を楽しむことはない。ブラボーな規則だ。
学園女子寮長の老いたシスターの(無駄に)長い祈りの後にやっと食べることが許される。
シーンとした食事の中、最小限のカトラリーを動かす音が聞こえるのみ。
椿にはこの無言の食事は大変ありがたい。
気が付かれないように最大限の注意を払って周囲を観察しながら、上っ面だけでも食事のマナーを覚えようと必死に真似た。
最初の頃は緊張と恐怖で両手が震え、まともに味など分からなかったが、最近は少しだけ味が分かる気がする。それでも緊張は拭えない。今日もさりげなく目の前の生徒の食べる仕草を真似ながら必死にフォークとナイフを動かした。
食事に神経をすり減らしつつも腹の中は満たされ、微妙な満足感を覚えながら自分の部屋に帰ってきた。
この後は授業の予習復習を終え入浴。そしてベッドに横になり、今後の身の振り方―――どうすれば無事に断罪されるのか。柳を独り立ちさせ、オリビアと結びつけるにはどうすればよいか―――をひたすら考える。
これが最近の椿のルーティンになっていた。
何故かオリビアに不信感を抱いている柳は椿にべったりで、理想通りに物事が進まない。柳には椿を断罪する気などさらさらないようだ。
(どうしたもんだか・・・)
椿はベッドに入る前、何の気なしに壁にかかっている鏡の前に立った。
風呂を上った後、寝る前に必ずマリーに髪を綺麗に整えてもらっていた。
その整った髪を撫でながら鏡を覗く。
中途半端の長さの黒髪。前髪が結構伸びたかな。そう思い前髪を撫でる。
撫でているはずなのに、鏡に映る自分はどうしてか動かない。
あ・・・れ・・・?
何度も前髪を撫でる。なのに鏡の中の自分は微動だにしない。
(どうして!?)
椿は鏡の前で固まった。
さらに、今更ながら気が付いた大きな違和感。何処かおかしい。オフィーリアの髪は長くて赤毛のはず・・・。
映っている人物は黒髪に眼鏡で若干ぽっちゃり。着ているものは花柄のパジャマ。
そしてその背景に見えるのは、漫画本やライトノベルがびっちり収まった本棚。
「な、な、な・・・」
椿は震えながら鏡に映る自分を指差した。
鏡の中の自分は驚愕したように目を丸めてこちらを見ているだけで、指を差してこない。
(わ、わ、私だ! 私と私の部屋・・・!)
なんと、鏡の中には本当の自分、山田椿がいたのだ。
☆彡
鏡に向かって指を差している椿に対し、鏡の中の椿は驚愕した顔で固まったまま。だがゆっくりと震える両手で口元を覆った。
「わ、わたくし・・・が映っている・・・」
鏡の中から震える声が聞こえた。
「ど、どういうこと・・・? この鏡は真実の姿を映すのかしら・・・? でも、それにしては同じ動作をしていないわ・・・。それだけじゃない・・・わたくしの部屋が映っているわ・・・」
鏡の中の椿は口元を覆ったまま、恐る恐る覗くように鏡に近づいた。
「ひゃぁ・・・っ!」
近づいてくる自分の姿に椿は悲鳴をあげて一歩下がった。
「! 声! 声が聞こえたわ! もしかしてあなたの声? 今、あなたが叫んだの?」
鏡を引っ掴んでいるのか、鏡から覗く椿の顔が近い!
「お答えなさいっ! あなたは誰?! 何故わたくしの姿をしているのです?!」
「ひぃ・・・っ!」
山田椿の顔で凄んでくる。見慣れた一重で地味な自分の顔。自分の顔に怒られるってこんなに怖いの? 思わず小さく悲鳴が漏れた。
「わ、わ、私は・・・」
「わたくしはオフィーリア・ラガンと申しますわ! その体はわたくしの物ですわよ! もしかして、あなたは山田椿様ではなくって?」
「へ・・・?」
「そうなのでしょう?! 今、わたくしの体を成しているこの少女! 山田椿! あなたではなくって?!」
そうです。と答えようとするが鏡の中の椿ことオフィーリアはどんどん攻めてくる。
「そうなのでしょう!? あなたがわたくしの体を奪ったのね! 酷い方だわ! どういうおつもり!?」
「あ、あの・・・違・・・」
「入れ替わるなんて! いったいどのような魔術をお使いになったの?! あなたは魔女なの?!」
「違・・・、あの、落ち着いて・・・」
「なんて卑劣な! 冗談じゃないですわ! なんでわたくし達がこんな目に!」
オロオロする椿の声が小さいせいか、もともとこちらの言う事を聞こうとしないのか、鏡の向こうの椿の姿をしたオフィーリアは捲し立てる。
「早く元の姿にお戻しなさいーっ!!」
「待って! 待ってください! オフィーリア様!」
キーっと喚くオフィーリアに、椿は勇気を出して声を張り上げた。
「お願いです! わ、私の話も聞いてください~。山田もとても困っているんです~」
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