72 / 97
71
しおりを挟む
ザガリーからの手紙には、薬が出来上がったことと、それを手渡す日時と場所が書かれていた。
日時は今日の正午。場所は六区にある高級ホテル、グランホテルのロビー。
変装をしているので、目印として真っ赤な手袋を身に付けているが、そんな人物を見かけても、決して自ら近寄ることはせず、向こうから声を掛けるまで待つこと。
薬を服用した際に禁断症状が出てしまった場合に備え、持ち帰ることはせずにホテルの一室を借りる。そこで服用し、しばらく様子を見るとのこと。
二人で息を殺して、ジッと手紙を見入る。
書かれてはいないが、この手紙もきっと五分後には文字が消えてしまうだろう。忘れないように、何度も何度も読み返す。
案の定、暫くしたら、サーッと音を立てるように文字が消えていった。
「やっと、元に戻れる・・・」
レオナルドが白紙の手紙を見つめたまま小さく呟いた声に、私は、やっと、はぁ~と息を吐いた。
「本当に・・・本当によろしゅうございました・・・。一時はどうなるかと・・・」
安堵から、私は両手で自分の顔を覆った。
「エリーゼ・・・」
隣でレオナルドが囁くように呼んだので、顔から手を離して彼に振り向いた。
目が合うと、レオナルドはすぐに目を伏せた。
「そ、その・・・、世話になったな。えっと、まあ、お陰で助かった・・・」
モジモジと恥ずかしそうに礼を言う仕草は、二歳児の姿であるから可愛らしいわけで、これが本当の姿で言われたことを想像すると、どうにも消化不良だ。まあ、これが、素直になりきれないこの男の限界か。
「どうして、スパッと潔く『どうもありがとうっ!!』っておっしゃれないのかしら?」
私は目を細めて見返した。
「う・・・っ」
下唇をグッと噛み、顔を真っ赤にして私を見るレオナルド。じっと見つめ返していると、噛み締めていた口元が動き出したが、なかなか言葉を発しない。
私はそんなレオナルドの頭をそっと撫でた。
「はいはい、もういいですわ。お礼はお言葉より物質的なものを期待することにします。間違っても、この恩を仇でお返しにならないでくださいませね」
そう言って立ち上がった。
「さあ、準備をしなければ! アラン様にもグランホテルに来ていただくようにお手紙を出しましょう。警護して頂かないと不安だわ」
クルリと向きを変え、机に向かった時、
「ありがとうっ!! エリーゼっ!!」
背後から大きな声がした。驚いて振り向くと、レオナルドが仁王立ちしてふんぞり返っている。その顔は真っ赤だ。思わず、顔が緩む。
「ふふ、どういたしまして」
ニッと笑った私を見て、レオナルドはまた目を逸らし、モジモジし始めた。
「えっと・・・、それから・・・その・・・」
「?」
「えっと、なんだ、その・・・。な?」
「は?」
私が首を傾げていると、レオナルドは益々モジモジする。
「えっと・・・あの時の事だが・・・」
「あの時? あの時ってどの時?」
「だから、あの時! あのやか・・・」
丁度、その時、扉をノックする音が聞こえ、レオナルドの言葉は遮られた。
「お嬢様! マイケル様の出発のご準備が整いました。お見送りを!」
廊下からパトリシアの声がする。
「すぐ行くわ! さあ、殿下も一緒にマイケルをお見送りしてくださいな」
私はレオナルドに手を差し出した。
「・・・分かった・・・」
レオナルドは小声で頷くと、私の手を取った。
そして、廊下に出ると、パトリシアに促され、マイケルの待つエントランスに向かった。
☆彡
マイケルを見送ってからは慌ただしかった。
まずは、急いでアラン宛に手紙を書き、トミーに託した。トミーが戻って来るまでに、身支度を整える。
「いつもより酷くないか・・・?」
鏡に映るゴテゴテに飾られた自分の姿を見て、レオナルドは呆れたようにボソッと呟いた。
最後の女装ということで、ついつい力み(遊び)過ぎてしまった。
「いいじゃないですか! ある意味、今日は人生の門出ですわよ。着飾って気分を上げていきましょう!」
ファンシーな出来栄えに大いに満足している私は、レオナルドに向かって親指を立てた。
「さてと・・・」
私は衣装棚から隠していたレオナルドの衣類をまとめた包みを取り出した。
そこにパトリシアが、トミーが邸に戻り、馬車の準備が整ったと伝えに来た。
「やっと、お母様に会えるんですね! 良かったでちゅね~、ミランダちゃん」
母親が実家から戻って来たと信じているパトリシアは、中腰になってレオナルドに笑顔を向けた。
「でも、帰っちゃうと寂しくなってしまいますねぇ、お嬢様」
今度は私に向かってそんなことを言う。不意を突かれて、私は言葉に詰まってしまった。
何も言わない私に、パトリシアは図星と思ったようだ。慌てて立ち上がると、
「そんな! お嬢様、元気を出してください! お友達のお子様ですもの! いつでも会えますよ!」
そう慰めた。
「そう・・・かしら・・・?」
「そうですよ! ねー? ミランダちゃん? また、遊びに来て下さいねー!」
パトリシアにそう言われ、レオナルドも困った表情をした。
そりゃ、返答に困るだろう。婚約者でも何でもない女の家なんて、もう来ることはないのだから。
なのに―――。
レオナルドはパトリシアに向かって頷いていた。
日時は今日の正午。場所は六区にある高級ホテル、グランホテルのロビー。
変装をしているので、目印として真っ赤な手袋を身に付けているが、そんな人物を見かけても、決して自ら近寄ることはせず、向こうから声を掛けるまで待つこと。
薬を服用した際に禁断症状が出てしまった場合に備え、持ち帰ることはせずにホテルの一室を借りる。そこで服用し、しばらく様子を見るとのこと。
二人で息を殺して、ジッと手紙を見入る。
書かれてはいないが、この手紙もきっと五分後には文字が消えてしまうだろう。忘れないように、何度も何度も読み返す。
案の定、暫くしたら、サーッと音を立てるように文字が消えていった。
「やっと、元に戻れる・・・」
レオナルドが白紙の手紙を見つめたまま小さく呟いた声に、私は、やっと、はぁ~と息を吐いた。
「本当に・・・本当によろしゅうございました・・・。一時はどうなるかと・・・」
安堵から、私は両手で自分の顔を覆った。
「エリーゼ・・・」
隣でレオナルドが囁くように呼んだので、顔から手を離して彼に振り向いた。
目が合うと、レオナルドはすぐに目を伏せた。
「そ、その・・・、世話になったな。えっと、まあ、お陰で助かった・・・」
モジモジと恥ずかしそうに礼を言う仕草は、二歳児の姿であるから可愛らしいわけで、これが本当の姿で言われたことを想像すると、どうにも消化不良だ。まあ、これが、素直になりきれないこの男の限界か。
「どうして、スパッと潔く『どうもありがとうっ!!』っておっしゃれないのかしら?」
私は目を細めて見返した。
「う・・・っ」
下唇をグッと噛み、顔を真っ赤にして私を見るレオナルド。じっと見つめ返していると、噛み締めていた口元が動き出したが、なかなか言葉を発しない。
私はそんなレオナルドの頭をそっと撫でた。
「はいはい、もういいですわ。お礼はお言葉より物質的なものを期待することにします。間違っても、この恩を仇でお返しにならないでくださいませね」
そう言って立ち上がった。
「さあ、準備をしなければ! アラン様にもグランホテルに来ていただくようにお手紙を出しましょう。警護して頂かないと不安だわ」
クルリと向きを変え、机に向かった時、
「ありがとうっ!! エリーゼっ!!」
背後から大きな声がした。驚いて振り向くと、レオナルドが仁王立ちしてふんぞり返っている。その顔は真っ赤だ。思わず、顔が緩む。
「ふふ、どういたしまして」
ニッと笑った私を見て、レオナルドはまた目を逸らし、モジモジし始めた。
「えっと・・・、それから・・・その・・・」
「?」
「えっと、なんだ、その・・・。な?」
「は?」
私が首を傾げていると、レオナルドは益々モジモジする。
「えっと・・・あの時の事だが・・・」
「あの時? あの時ってどの時?」
「だから、あの時! あのやか・・・」
丁度、その時、扉をノックする音が聞こえ、レオナルドの言葉は遮られた。
「お嬢様! マイケル様の出発のご準備が整いました。お見送りを!」
廊下からパトリシアの声がする。
「すぐ行くわ! さあ、殿下も一緒にマイケルをお見送りしてくださいな」
私はレオナルドに手を差し出した。
「・・・分かった・・・」
レオナルドは小声で頷くと、私の手を取った。
そして、廊下に出ると、パトリシアに促され、マイケルの待つエントランスに向かった。
☆彡
マイケルを見送ってからは慌ただしかった。
まずは、急いでアラン宛に手紙を書き、トミーに託した。トミーが戻って来るまでに、身支度を整える。
「いつもより酷くないか・・・?」
鏡に映るゴテゴテに飾られた自分の姿を見て、レオナルドは呆れたようにボソッと呟いた。
最後の女装ということで、ついつい力み(遊び)過ぎてしまった。
「いいじゃないですか! ある意味、今日は人生の門出ですわよ。着飾って気分を上げていきましょう!」
ファンシーな出来栄えに大いに満足している私は、レオナルドに向かって親指を立てた。
「さてと・・・」
私は衣装棚から隠していたレオナルドの衣類をまとめた包みを取り出した。
そこにパトリシアが、トミーが邸に戻り、馬車の準備が整ったと伝えに来た。
「やっと、お母様に会えるんですね! 良かったでちゅね~、ミランダちゃん」
母親が実家から戻って来たと信じているパトリシアは、中腰になってレオナルドに笑顔を向けた。
「でも、帰っちゃうと寂しくなってしまいますねぇ、お嬢様」
今度は私に向かってそんなことを言う。不意を突かれて、私は言葉に詰まってしまった。
何も言わない私に、パトリシアは図星と思ったようだ。慌てて立ち上がると、
「そんな! お嬢様、元気を出してください! お友達のお子様ですもの! いつでも会えますよ!」
そう慰めた。
「そう・・・かしら・・・?」
「そうですよ! ねー? ミランダちゃん? また、遊びに来て下さいねー!」
パトリシアにそう言われ、レオナルドも困った表情をした。
そりゃ、返答に困るだろう。婚約者でも何でもない女の家なんて、もう来ることはないのだから。
なのに―――。
レオナルドはパトリシアに向かって頷いていた。
88
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。
妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる