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「ふーん、つまり、お会いできていないのね」
ニッと笑った私をレベッカはギッと睨みつけた。
「べ、別に、ミランダ様のことで誰にもお会いしないわけではないですわ! たまたまご公務がお忙しいからお会いできないだけよ! 今は繁忙期だってお父様がおっしゃっていたわ。とてもお忙しいお方なのよ、殿下は! そんなに簡単にお会いできるお方ではないの! 元婚約者だったくせにご存じないのね?!」
「今、繁忙期だったかしら・・・? そう簡単にお会いできないって、ミランダ様とはよくお茶をしていらしたみたいですわよ?」
「く・・・っ」
悔しそうに扇を握りしめるレベッカ。
レオナルドに会えていないことは認めた。
ミランダは彼女自身の捜査の過程でレオナルドの失踪を知らされていたようだが、レベッカは知らないらしい。
「ま、ミランダ様の二番手だった貴女様に、殿下の御心をしっかりと掴めればよろしいですわね。でも、殿下にはお気に入りの令嬢がたーっくさんいらっしゃるそうよ。彼女がいなくなっても、他の令嬢に取られてしまうかもしれませんわね。そんなことにならないよう、しっかり精進なさいませ」
「なっ・・・!」
「なんせ、貴女様ときたら、学院の成績は芳しくなかったものもねえ。下から数えた方が早いくらいだったでしょう?」
私はヤレヤレとばかり肩を竦めて見せた。レベッカは顔を真っ赤にして小刻みに震えている。
「王子の婚約者になりたいのであれば、このような場所で時間を割いている暇がありましら勉学に励むことをお勧めします。ああ、もちろん芸術も大切ですけれどね。では、失礼しますわ。行きましょう、マイケル」
私はオロオロとしているマイケルの腕にそっと手を添えた。マイケルは困惑した表情をしていたが、頷くと一緒に踵を返し、歩き出した。
「お待ちなさい!」
背後からまた声が掛かる。しつこい女だ。
仕方がなく振り返ると、レベッカがツカツカと近づき、畳んだ扇をビシッと私の顔の傍に近づけた。
「失礼過ぎますわ! エリーゼ様! 婚約破棄された女のくせに! 新婚約者候補のわたくしに対して、なんて無礼な態度なの?!」
「無礼は貴女だ!」
「黙って、マイケル」
私はマイケルを制すると、ジッとレベッカを見つめた。レベッカは怒りでフルフル震えている。私はフッと小さく息を吐くと、自分の扇でレベッカの扇をバシッと叩き落とした。
「なっ!!」
「え?」
レベッカの驚き声と一緒に、マイケルの息を呑む声が聞こえた。
「レベッカ様。わたくしにこのような態度をお取りになるのは、ご自分の立場がしっかりと固まってからなさった方がよろしくてよ?」
レベッカは扇を持っていた右手を押さえて、目を丸めて私を見ている。
「立場を弁えなさいませ。貴女はまだ『新しい婚約者候補の一人になる可能性があるただの伯爵令嬢』でしかないのです。ミレー侯爵家の娘であるわたくしにこのような態度を取ることは許しません」
「な・・・、な・・・」
私の気迫に圧されたのか、怒り過ぎているのか、はたまたその両方か。レベッカは口をパクパクしたまま、碌に言葉を発しない。
「そろそろ公演が始まるわ、お席に行かないと。わたくし達はロイヤルボックスのお隣だけれど、クロウ家は? あ、ボックス席はお持ちだったかしら?」
私は首を傾げて見せた。
「っ! 失礼しますわ!!」
レベッカは顔を真っ赤にして私をキッと睨みつけると、落とした扇も拾わずに、走り去っていった。
「あらあら、扇をお忘れね。我が家からクロウ家にお届けするのも角が立ちそうだから、支配人に任せましょう」
そう言ってマイケルを見ると、彼は気が付いたように、扇を拾った。
そして、はあ~~と長く溜息を付いた。
「お姉様・・・。怖すぎです・・・」
☆彡
「お姉様・・・。ごめんなさい、僕、上手く守れなくて・・・」
ボックス席に座るとマイケルがシュンと肩落とした。
「オペラ座は上級貴族が多く集まる場所でしたね・・・。あの夜会に参加している貴族が来ていても当然なのに・・・。僕、考えもなしに・・・」
「嫌ねえ、マイケルったら。あんなちょっと風が吹いたら飛んで行ってしまうような嫌味で、このわたくしが参るとでも思って?」
「いいえ・・・。全然参っていないのは分かってますけど、怖かったし・・・。でも、嫌な思いはしたでしょう?」
私はマイケルの頭をそっと撫でた。
「ふふ。本当にあんな程度どうってことないのよ。これから始まる歌劇の感動の前に、塵となって消えてしまうわ。きっと、帰りにはすーーーかり忘れているわよ。それどころか、もう既に、ワクワクが止まらないの。今日は連れてきてくれてどうもありがとう、マイケル」
本当に怒りはない。歌劇への期待の方がずっと大きくて、さっきの出来事は既にどこかに行っている。
しかし、レベッカはどうだろうか? 歌劇の感動よりも私から受けた屈辱の怒りの方が大きいだろう。心穏やかに観劇できないかもしれない。いや、それどころか、屈辱のあまり観ずに帰ったか?
喧嘩を売る相手を間違ったのだから仕方がない。様をご覧。
ニッと笑った私をレベッカはギッと睨みつけた。
「べ、別に、ミランダ様のことで誰にもお会いしないわけではないですわ! たまたまご公務がお忙しいからお会いできないだけよ! 今は繁忙期だってお父様がおっしゃっていたわ。とてもお忙しいお方なのよ、殿下は! そんなに簡単にお会いできるお方ではないの! 元婚約者だったくせにご存じないのね?!」
「今、繁忙期だったかしら・・・? そう簡単にお会いできないって、ミランダ様とはよくお茶をしていらしたみたいですわよ?」
「く・・・っ」
悔しそうに扇を握りしめるレベッカ。
レオナルドに会えていないことは認めた。
ミランダは彼女自身の捜査の過程でレオナルドの失踪を知らされていたようだが、レベッカは知らないらしい。
「ま、ミランダ様の二番手だった貴女様に、殿下の御心をしっかりと掴めればよろしいですわね。でも、殿下にはお気に入りの令嬢がたーっくさんいらっしゃるそうよ。彼女がいなくなっても、他の令嬢に取られてしまうかもしれませんわね。そんなことにならないよう、しっかり精進なさいませ」
「なっ・・・!」
「なんせ、貴女様ときたら、学院の成績は芳しくなかったものもねえ。下から数えた方が早いくらいだったでしょう?」
私はヤレヤレとばかり肩を竦めて見せた。レベッカは顔を真っ赤にして小刻みに震えている。
「王子の婚約者になりたいのであれば、このような場所で時間を割いている暇がありましら勉学に励むことをお勧めします。ああ、もちろん芸術も大切ですけれどね。では、失礼しますわ。行きましょう、マイケル」
私はオロオロとしているマイケルの腕にそっと手を添えた。マイケルは困惑した表情をしていたが、頷くと一緒に踵を返し、歩き出した。
「お待ちなさい!」
背後からまた声が掛かる。しつこい女だ。
仕方がなく振り返ると、レベッカがツカツカと近づき、畳んだ扇をビシッと私の顔の傍に近づけた。
「失礼過ぎますわ! エリーゼ様! 婚約破棄された女のくせに! 新婚約者候補のわたくしに対して、なんて無礼な態度なの?!」
「無礼は貴女だ!」
「黙って、マイケル」
私はマイケルを制すると、ジッとレベッカを見つめた。レベッカは怒りでフルフル震えている。私はフッと小さく息を吐くと、自分の扇でレベッカの扇をバシッと叩き落とした。
「なっ!!」
「え?」
レベッカの驚き声と一緒に、マイケルの息を呑む声が聞こえた。
「レベッカ様。わたくしにこのような態度をお取りになるのは、ご自分の立場がしっかりと固まってからなさった方がよろしくてよ?」
レベッカは扇を持っていた右手を押さえて、目を丸めて私を見ている。
「立場を弁えなさいませ。貴女はまだ『新しい婚約者候補の一人になる可能性があるただの伯爵令嬢』でしかないのです。ミレー侯爵家の娘であるわたくしにこのような態度を取ることは許しません」
「な・・・、な・・・」
私の気迫に圧されたのか、怒り過ぎているのか、はたまたその両方か。レベッカは口をパクパクしたまま、碌に言葉を発しない。
「そろそろ公演が始まるわ、お席に行かないと。わたくし達はロイヤルボックスのお隣だけれど、クロウ家は? あ、ボックス席はお持ちだったかしら?」
私は首を傾げて見せた。
「っ! 失礼しますわ!!」
レベッカは顔を真っ赤にして私をキッと睨みつけると、落とした扇も拾わずに、走り去っていった。
「あらあら、扇をお忘れね。我が家からクロウ家にお届けするのも角が立ちそうだから、支配人に任せましょう」
そう言ってマイケルを見ると、彼は気が付いたように、扇を拾った。
そして、はあ~~と長く溜息を付いた。
「お姉様・・・。怖すぎです・・・」
☆彡
「お姉様・・・。ごめんなさい、僕、上手く守れなくて・・・」
ボックス席に座るとマイケルがシュンと肩落とした。
「オペラ座は上級貴族が多く集まる場所でしたね・・・。あの夜会に参加している貴族が来ていても当然なのに・・・。僕、考えもなしに・・・」
「嫌ねえ、マイケルったら。あんなちょっと風が吹いたら飛んで行ってしまうような嫌味で、このわたくしが参るとでも思って?」
「いいえ・・・。全然参っていないのは分かってますけど、怖かったし・・・。でも、嫌な思いはしたでしょう?」
私はマイケルの頭をそっと撫でた。
「ふふ。本当にあんな程度どうってことないのよ。これから始まる歌劇の感動の前に、塵となって消えてしまうわ。きっと、帰りにはすーーーかり忘れているわよ。それどころか、もう既に、ワクワクが止まらないの。今日は連れてきてくれてどうもありがとう、マイケル」
本当に怒りはない。歌劇への期待の方がずっと大きくて、さっきの出来事は既にどこかに行っている。
しかし、レベッカはどうだろうか? 歌劇の感動よりも私から受けた屈辱の怒りの方が大きいだろう。心穏やかに観劇できないかもしれない。いや、それどころか、屈辱のあまり観ずに帰ったか?
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