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夕方になり、私は出かける準備を終えると、ソファの上にムスッとした顔で座っているレオナルドに小声で話しかけた。
〔よろしい? パットの前でボロを出さないようにお気を付けくださいませ〕
〔・・・すぐに帰って来るんだぞ〕
レオナルドはチラッと私を見上げると、プイッと顔を背けた。
その様子を離れて見ていたパトリシアが、置いて行かれることに拗ねていると勘違いして―――強ち、勘違いでもないと思うが―――、
「すーっかりお嬢様に懐いてしまいましたね、この子。一時も離れたくないみたいです。こんなに拗ねちゃって」
笑いながらそんなことを言う。その言葉にレオナルドはカーッと真っ赤になった。
〔ち、違っ・・・! 違うぞ! 勘違いするな、エリーゼ!〕
〔分かっておりますわよ。ご安心を〕
アタフタするレオナルドに小声で答える。
しかし、あまりの慌てぶりを見て、急に腹の奥から悪戯心がムクムクッと湧き出した。
私はレオナルドを抱き上げると、
「ミランダちゃん~~、拗ねないでくださいな~」
数回、高い高いをした後、キューッと抱きしめた。
「すぐ帰ってきまちゅわね~」
そう言って、頬にチュッとキスをした。その行為にレオナルドはカチーンと固まってしまった。
丁度その時、扉をノックする音が聞こえた。
「お姉様。お仕度は終わりましたか?」
廊下からマイケルの声がする。私はパトリシアに頷くと彼女が扉を開けた。
「お迎えに上がりました。お姉様」
「ありがとう、マイケル。さあ、出かけましょう」
私はまだ固まっているレオナルドをそっとソファの上に降ろした。そして、パトリシアを部屋に置いたまま、マイケルと部屋を出た。
部屋を出る時に、チラッとレオナルドを見ると、彼はまだ呆けている。嫌いな女にキスされて余程堪えたようだ。
ふん、様をご覧。
☆彡
「ああ! 久しぶりのオペラ座!!」
オペラ座の入り口の前で、私は嬉しさのあまり歓声を上げた。
「喜んでもらえて良かった!」
マイケルが嬉しそうに笑う。
「さあ、入りましょう、お姉様」
マイケルが差し出した腕に、私はそっと手を添えて、オペラ座の中に入った。
豪華絢爛なオペラ座のロビーはその装飾だけでなく、美しく着飾った観客たちの装いも目を楽しませてくれる。皆、公演前の一時を談笑したり、パンフレットを読んだりと各々過ごしている。
その中を歩いていると、一人の女性が近づいてきた。
嫌な予感がするので、気が付かないふりをしてそのまま歩き続けていたが、その女性は歩を速めて追って来る。そして、とうとう私の背後から声を掛けてきた。
「エリーゼ様ではなくて?」
チッ・・・。
私は心の中で舌打ちすると、クルリと振り向き、その女性ににっこりと微笑んだ。
「まあ、レベッカ様。ごきげんよう」
私の目の前に立つ令嬢。レベッカ・クロウ伯爵令嬢。
扇を広げ、口元を隠し、小馬鹿にするような顔付きで私を見つめる女。この態度を見せたくてわざわざ追いかけて来たわけだから、ご苦労なことだ。
「この度はご愁傷様でございます、エリーゼ様。傷心のあまりお屋敷にずっと籠っているとお伺いしましたけど、このよう場所にいらしたということは、少しはお心の傷は癒えまして?」
「な、何て失礼な・・・!」
「およしなさい、マイケル」
私を蔑んだような態度に、隣にいたマイケルが怒りを露わにしたが、静かにそれを制した。
私も彼女を習い、バッと扇を広げると口元を隠し、しっかりと彼女を見据えた。
「お心遣い恐縮ですわ、レベッカ様。一週間、涙に暮れておりましたの。毎晩泣き崩れて枕もびっしょりと濡れてしまって。絞ったら水が滴るほどに。でも、もう、この通り。すっかり元気ですわ」
「そ、それはよろしゅうございました」
私の語気の強さに少し臆したのか、彼女の目が泳いだ。
「この一週間、屋敷に籠っていても、聞こえてきた噂がございますわ。ミランダ様が失脚されたようですわね?」
その言葉にレベッカがハッと目を見張った。
「ミランダ様の裏切り行為が殿下のお心を痛く傷つけたとか・・・。殿下のお気持ちはミランダ様にあったのね、レベッカ様ではなくて」
「な、何ですって?!」
レベッカはパチンと扇を畳み、ワナワナとそれを握りしめた。
「あら、そう聞きましてよ? お怒りのあまり誰ともお会いにならないのでしょう? それともレベッカ様はお会いになったの?」
「えっと、わたくしは・・・」
私の質問に途端に口ごもる。
「お会いになったの? ならなかったの? どっち?」
「い、今はまだお会いしていなけど・・・。でも、殿下はわたくしのことだって特別に思ってくださっているわよっ!」
そう声を荒げ、きっと私を睨んだ。
「ふーん、つまり、お会いできていないのね」
私もパチンと扇を畳むと、思わず上がった口角にそっと添えた。
〔よろしい? パットの前でボロを出さないようにお気を付けくださいませ〕
〔・・・すぐに帰って来るんだぞ〕
レオナルドはチラッと私を見上げると、プイッと顔を背けた。
その様子を離れて見ていたパトリシアが、置いて行かれることに拗ねていると勘違いして―――強ち、勘違いでもないと思うが―――、
「すーっかりお嬢様に懐いてしまいましたね、この子。一時も離れたくないみたいです。こんなに拗ねちゃって」
笑いながらそんなことを言う。その言葉にレオナルドはカーッと真っ赤になった。
〔ち、違っ・・・! 違うぞ! 勘違いするな、エリーゼ!〕
〔分かっておりますわよ。ご安心を〕
アタフタするレオナルドに小声で答える。
しかし、あまりの慌てぶりを見て、急に腹の奥から悪戯心がムクムクッと湧き出した。
私はレオナルドを抱き上げると、
「ミランダちゃん~~、拗ねないでくださいな~」
数回、高い高いをした後、キューッと抱きしめた。
「すぐ帰ってきまちゅわね~」
そう言って、頬にチュッとキスをした。その行為にレオナルドはカチーンと固まってしまった。
丁度その時、扉をノックする音が聞こえた。
「お姉様。お仕度は終わりましたか?」
廊下からマイケルの声がする。私はパトリシアに頷くと彼女が扉を開けた。
「お迎えに上がりました。お姉様」
「ありがとう、マイケル。さあ、出かけましょう」
私はまだ固まっているレオナルドをそっとソファの上に降ろした。そして、パトリシアを部屋に置いたまま、マイケルと部屋を出た。
部屋を出る時に、チラッとレオナルドを見ると、彼はまだ呆けている。嫌いな女にキスされて余程堪えたようだ。
ふん、様をご覧。
☆彡
「ああ! 久しぶりのオペラ座!!」
オペラ座の入り口の前で、私は嬉しさのあまり歓声を上げた。
「喜んでもらえて良かった!」
マイケルが嬉しそうに笑う。
「さあ、入りましょう、お姉様」
マイケルが差し出した腕に、私はそっと手を添えて、オペラ座の中に入った。
豪華絢爛なオペラ座のロビーはその装飾だけでなく、美しく着飾った観客たちの装いも目を楽しませてくれる。皆、公演前の一時を談笑したり、パンフレットを読んだりと各々過ごしている。
その中を歩いていると、一人の女性が近づいてきた。
嫌な予感がするので、気が付かないふりをしてそのまま歩き続けていたが、その女性は歩を速めて追って来る。そして、とうとう私の背後から声を掛けてきた。
「エリーゼ様ではなくて?」
チッ・・・。
私は心の中で舌打ちすると、クルリと振り向き、その女性ににっこりと微笑んだ。
「まあ、レベッカ様。ごきげんよう」
私の目の前に立つ令嬢。レベッカ・クロウ伯爵令嬢。
扇を広げ、口元を隠し、小馬鹿にするような顔付きで私を見つめる女。この態度を見せたくてわざわざ追いかけて来たわけだから、ご苦労なことだ。
「この度はご愁傷様でございます、エリーゼ様。傷心のあまりお屋敷にずっと籠っているとお伺いしましたけど、このよう場所にいらしたということは、少しはお心の傷は癒えまして?」
「な、何て失礼な・・・!」
「およしなさい、マイケル」
私を蔑んだような態度に、隣にいたマイケルが怒りを露わにしたが、静かにそれを制した。
私も彼女を習い、バッと扇を広げると口元を隠し、しっかりと彼女を見据えた。
「お心遣い恐縮ですわ、レベッカ様。一週間、涙に暮れておりましたの。毎晩泣き崩れて枕もびっしょりと濡れてしまって。絞ったら水が滴るほどに。でも、もう、この通り。すっかり元気ですわ」
「そ、それはよろしゅうございました」
私の語気の強さに少し臆したのか、彼女の目が泳いだ。
「この一週間、屋敷に籠っていても、聞こえてきた噂がございますわ。ミランダ様が失脚されたようですわね?」
その言葉にレベッカがハッと目を見張った。
「ミランダ様の裏切り行為が殿下のお心を痛く傷つけたとか・・・。殿下のお気持ちはミランダ様にあったのね、レベッカ様ではなくて」
「な、何ですって?!」
レベッカはパチンと扇を畳み、ワナワナとそれを握りしめた。
「あら、そう聞きましてよ? お怒りのあまり誰ともお会いにならないのでしょう? それともレベッカ様はお会いになったの?」
「えっと、わたくしは・・・」
私の質問に途端に口ごもる。
「お会いになったの? ならなかったの? どっち?」
「い、今はまだお会いしていなけど・・・。でも、殿下はわたくしのことだって特別に思ってくださっているわよっ!」
そう声を荒げ、きっと私を睨んだ。
「ふーん、つまり、お会いできていないのね」
私もパチンと扇を畳むと、思わず上がった口角にそっと添えた。
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