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「では、殿下。私はそろそろ城へ戻ります」

アランはそう言うと、小窓から御者のトミーに馬車を停めるように指示をした。

「ミランダ嬢のことは、容姿の確認はもちろんですが、殿下に薬物を飲ませたことについても尋問します。殿下の行方が不明であるので、シラを切るでしょうが。薬の現物もなるべく早く押さえるよう尽力します」

「慎重にな。ウィンター家もバーディー家も力がある。下手をするとすべて揉み消されるからな」

「はっ」

「兄上の警護も今よりも増やしてくれ」

「はっ。すぐにでも隊長に掛け合ってみます。殿下もどうかお気を付けて。慎重に動いてください。エリーゼ様もお気を付けて。今回のことは本当に感謝申し上げます」

アランは私に向かって深く頭を下げた。

「肝心なお方からはあまり感謝されていないようですけれど」
「ケホッ・・・」

膝の上のレオナルドをチラリと見る。レオナルドは軽く咽た。

「まあ、わたくしの恩がどんどん積み重なるだけですからね。見返りが大きくなることを期待して尽力いたしますわ。一財産くらいできるかしら?」

私は軽く溜息を付いた。そして、アランが降りるわずかな間でも、開いた扉から誰に見られても大丈夫なように、再びカツラを被った。

「アラン様、よろしくお願いいたしますわ。貴方様もどうぞお気を付けくださいませ」

私の言葉に、アランは恭しく頭を下げると、馬車から降りて行った。

「あら、ここ六区・・・」

アランの歩く後ろ姿を見送りながら、外の景色を見て思わず呟いた。
馬車が停まった場所は国立のオペラ座の近くだった。

ここは芸術関連の建物が集中している場所だ。
大きな国立劇場や美術館に図書館など重厚感あふれる建造物が並ぶ地区だ。そんな立派な建物の間に建つ商業施設は高級な店ばかりで、カフェも気軽で洒落た店よりも高級店が多い。歌劇が好きな私にはお気に入りの地区の一つだ。

「久しぶりだわ・・・。最近、全然来ることが出来なかったから・・・」

久々に見る美しい街並みにホゥ~と溜息が漏れた。その溜息と合わせるように私の腹の虫がクゥ~と鳴った。
なんてことだ。レオナルドを膝に抱いている状態だと言うのに!

レオナルドは驚いたように私に振り向いた。私は気恥ずかしさからツーンと顔を逸らした。

「・・・喉が渇いた・・・」

レオナルドが前に向き直り、窓越しに外を見ながら呟くように言った。

「え?」

「だから! 喉が渇いた! アランと喋り過ぎたんだ。少し休みたい!」

そう言って窓の外を指差した。驚いた私は、レオナルドの顔を後ろから覗き込もうとしたら、彼はツンと顔を逸らしてしまった。

「そうよ、そうですわね! 休みましょう! お気に入りのカフェがありますのよ! そこのスイーツが絶品ですの! トミー! 走らせるのは待って! わたくしたちも降りるわ!」

私は急いで、御者席に戻ったトミーに叫んだ。トミーは慌てて降りてくると、急いで扉を開けた。

「エリーゼ様、どちらへ? パトリシアもいないのにお一人では・・・」

トミーは、私に手を差し出して降りるのを手助けしながらも、不安そう尋ねる。

「大丈夫よ、そこのカフェで少し休むだけよ。あのお店、お気に入りなの。久々に行きたいのよ!」

私は近くの高級感漂うカフェを指差した。

「でも・・・、小さなお子様まで一緒ですし・・・」

「平気よ。貴方も少しお休みなさい。でも、わたくしが見える場所でね。何かあったらすぐに駆け付けられるように」

「・・・かしこまりました」

ホクホク顔の私に何も言えなくなったのか、トミーは大人しく引き下がった。

「じゃあ、行ってくるわね!」

私はレオナルドの手を引いて、ルンタッタとカフェに向かって歩き出した。


☆彡


カフェに入ろうとした時だった。

私たちの横を、数人のご婦人方が通り過ぎた。
一人の中年女性を筆頭に、その後を数名がゾロゾロと付いて行く。私はリーダー格の貴婦人を目で追った。

(あれは・・・パトゥール子爵夫人)

「どうした?」

いつまでも店に入ろうとしない私を、レオナルドが不思議そうに見上げた。
私はレオナルドを抱き上げると、耳元に口を寄せた。

「!! な・・・、何だ!?」

なぜか慌てるレオナルド。私はそれを無視して囁くように話しかけた。

「殿下、あのご婦人をご存じ? あの、お帽子からドレスまで全身紫で統一しているご婦人」

「はぁ?」

「あの方、パトゥール子爵夫人ですわ。とんでもない地獄耳で、とっても噂好きですのよ。ゴシップが大好物。それを食べて生きていると言われているお方」

「だ、だから、何だ?!」

レオナルドはまだ慌てている。少し顔が赤いようだが、私は無視して続けた。

「だから、王宮内の噂話を聞けるかもしれませんわ。王宮に入れないご婦人方に自分の仕入れたネタを披露するのがあの方のご趣味なの。ミランダ様の失態なんて格好のネタでしょう?」

そう言うと、私はお気に入りのカフェを諦め、彼女たちの後に付いて歩き出した。

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