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「殿下! こちらにいらしたのですね!」

廊下を歩いていると一人の令嬢が駆け寄ってきた。

「やあ、ミランダ嬢」

彼女は最近俺に近づいてきた令嬢の一人だ。
昨日の夜会でも俺の右だか左だか忘れたが、隣をキープして離れなかった。
俺はこの令嬢に対して特別な感情は抱いていない。ただ、訳があって隣に立つことを許していたのだ。
ちなみに、彼女の反対側に立っていた令嬢も同じ。

もちろん、彼女たちに誤解を与えてしまうのは承知の上だ。既に、現時点で彼女は十分に誤解している。

「殿下・・・、昨日は本当にごめんなさい・・・。わたくしのために・・・、婚約破棄なんて・・・」

別にお前のためではない。
と、喉元まで出かかるが、グッと飲み込む。

「ミランダ嬢。君のせいではない。気に病まないでくれ。エリーゼとは元々相性が合わなかったのだ」

「でも!」

「ありがとう、気にかけてくれて。俺は大丈夫だから。悪いがこれからやらなければいけない仕事があるから失礼するよ」

俺は適当にその場から逃げ出そうとしたが、ミランダは離さなかった。

「殿下! お待ちくださいませ! では、お仕事の前にお茶は如何ですか?」

彼女は可愛らしく首を傾げて俺を見つめる。

「心中お察し申し上げますわ。心が安らかになるお茶をご用意いたしましたの。お仕事の前にお気持ちを落ち着かせては如何でしょう?」

正直、余計なお世話だが、冷たくあしらうことにも躊躇いがある。
彼女の背景にはやや問題があるが―――いや、問題があるからこそ、こうして傍に置いているのだが―――、彼女自身は本心から俺に気に入られようと頑張っていることが分かる分、あまり冷たくするのは心苦しいのだ。

それに彼女とはよく庭園のガゼボでお茶をしている。
礼儀を欠かない程度に、適当に合わせて退散しよう。

第三王子という肩書に魅力があると言えばそれまでだが、俺に気に入られようと必死な女は多いのに、肝心な婚約者である、もとい、婚約者であったエリーゼは、俺に好かれようという努力を一切しなかった。

まったく可愛げのない女だ。少しはミランダを見習えってんだ、あのクソ女!

また苛立ちがぶり返す。ムカムカする気持ちを抱えながら、俺は彼女の後に付いて行った。


☆彡


てっきり庭園のガゼボに向かうと思っていたのだが、今回連れて行かれたのは、客間の一室だった。既にお茶の準備は出来ている。

「今日はあまり天気が良くないと思って、室内に設けさせていただきました」

いいや、そんなことは無い。良い天気だ。

「ごめんなさい。そう聞いていたのに、良いお天気でしたわ。でも、折角用意させていただいたので、どうぞ、殿下、お掛けになって下さいまし」

窓の外を見た俺に、ミランダは無邪気に笑って謝った。俺は軽く溜息を付いてソファに腰かけた。
ミランダはメイドに何かを言いつけ、無理やりポットを受け取ると、自らカップに注ぎ始めた。

ここで俺は痛恨のミスを犯す。明らかに俺の失態だ。
昨日の苛立ちを引きずり過ぎた。周りへの注意が散漫になってしまった。

にお茶を淹れさせたのだ。
既にポットに出来上がっていたお茶だったとは言え、触らせるべきではなかった。
ミランダだからこそ、余計に!

場所だっていつものように外にするべきだったのだ。
いつも敢えて庭園で会っていたのに! 二人きりになるのを避けるために!
なんてことだ、昨日の今日。婚約破棄を宣言した翌日。もっと慎重になるべきだった。

いつの間にか、この部屋には俺とミランダだけになっていた。本来なら使用人が空気のような状態で部屋の隅に待機しているはずなのに誰もいなかった。
若い男女が密室で二人きり。誤解を招き兼ねない状況が作り出されてしまった。

図られた!

そう気が付いた時には、俺の息は荒くなり、動悸も激しくなってきた。
ミランダを見ると、彼女も顔を上気させ、息が激しくなっていた。目はトロリと焦点があっていないようでありながらも、俺をしっかりと捉えている。

「殿下・・・」

異常なまでの色香を漂わせながら、俺に迫ってきた。
俺は急いで彼女から距離を取った。

「どういうことだ・・・、ミランダ嬢」

ハッ、ハッと上がる息を必死に抑え、彼女を睨みつけた。

「媚薬ですわ・・・、殿下・・・。ねえ、お辛いでしょう? 殿下の方が強い薬ですのよ・・・」

後ずさりする俺に、ミランダはジリジリと迫って来る。近づきながら少しずつドレスの胸元を広げ始めた。

「殿下・・・、わたくし、身体が熱いですわ・・・、助けてくださいませ。ね?」

俺はとうとう壁際まで追い込まれた。
ミランダが俺に身体を押し当ててくる。

「殿下も熱くて苦しいでしょう・・・? 二人で楽になりましょう」


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