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パトリシアの至極ごもっともな疑問に、私は慌てふためいた。
「そうそうそう! そうでしょう?! わたくしもそこまでして結ばれた二人がこんなことになるなんて思わないものっ! だから可哀そうで助けたくなったのよ!」
何とか辻褄を合わせようと、頭をフル回転させる。
「今では毎日暴力を振るうそうよ。人って変わるのね、怖いわぁ! とりあえず、今はご亭主から距離を置いて、生活基盤を作りたいのですって。仕事を探しているそうよ。それにはこんな乳飲み子を抱えていたら仕事ができないでしょ? だからって、あんな風に家を出たのだからご両親に泣きつくわけにはいかないでしょうから、わたくしが預かることにしたの」
私は一気に捲し立てた。
「だからって、安易に引き受けてしまっていいのでしょうか? 旦那様や奥様の許可も無く」
パトリシアは心配そうに私を見る。
「だ、大丈夫よ。一日くらい」
「え? 一日だけ?」
「え? ええ、一日だけのつもりよ? だって・・・」
こんなガキんちょ、さっさと信用できる人を聞き出して引き渡すつもりだし。
折角、レオナルドと他人様になれたのだ。こんな不可解な厄介ごとにこれ以上関わりたくない。
「一日だけで職場が見つかるでしょうか? しかも、元お貴族様のお嬢様が務まるような仕事なんて・・・」
「大丈夫よ、きっと」
心配そうに呟くパトリシアに、私は笑って見せた。
「きっと一日で終わるわ。だからね、パット。このことはお父様とお母様には内緒よ。余計な心配を掛けたくないの。一日くらい私の部屋で隠し通せるわ」
「でも・・・」
「お願いよ、パット、協力して! ね?」
私は可愛らしく首を傾げて懇願してみせた。
彼女は昔から私には甘い。しかも、今の私は婚約破棄をされて傷心中ということになっている。益々私に甘くなるのは必至。
「仕方がありませんね。分かりました。お嬢様。一日だけなら何とかなるでしょう」
「ありがとう! パット!」
私は満面の笑みでパトリシアにお礼を言った。
そして、チラリと腕の中の幼児を見た。相変わらずフガフガと軽く鼾をかいて爆睡している。
まったく、こっちの気も知らないで気持ち良さそうに眠りやがってと腹が立つが、まあ、これも今だけか。目が覚めたら、この男は相当驚くだろう。
うん、きっと面白いに違いない。
彼の驚愕の顔を思い浮かべると、痛快な気持ちになり、怒りが和らいできた。
これくらい密かに楽しみにしても罰は当たらないだろう。
☆彡
屋敷に近づくと、馬車は正門ではなく裏門に回らせた。
パトリシアに誘導され、誰にも見つからないようにコソコソと自分の部屋に向かう。まるでスパイか泥棒のよう。我が家に入るだけだというのに、なぜに、こんなにも姑息な真似をしなければならないのか。そして、なぜに、こんなにも無駄に緊張しなければならないのか。
全部、このレオナルドのせいだ。
それなのにこのガキは私に抱かれたまま、スヤスヤお寝んね中。本当にいいご身分。
無事に部屋に辿り着くと、私は自分のベッドにレオナルドを降ろした。
「パット、悪いけれど、この子に合う服を持ってきてくれないかしら?」
私はパトリシアに振り向いた。
「え? お洋服ですか。こちらの包みがこの子のお着替えではないのですか?」
パトリシアは持たせていた包みを私に差し出した。
「ああ、これね。これは、その、ちょっと・・・。チラリと見せてもらったのだけれど、あまりにもお粗末な代物で可哀そうで・・・」
「そうなんですね・・・、それは可哀そう・・・」
パトリシアは私の気の毒そうなふりを真に受けた。私は包みを受け取り、そっとベッドに置いた。
「我が家で預かるのだもの、変なものは着せられないでしょう。マイケルの小さいの頃の服を持ってきてちょうだい。衣裳部屋の一番奥にあるはずよ」
衣裳部屋の一番奥という言葉で、ピンと来たようだ。
「ああ! あの『わたくしの天使たち』というタイトルの衣装棚ですね! 奥様の!」
恥ずかしいから声に出して言わないで。親バカ丸出し。
母は私と弟の小さい頃の服を捨てずに大切に残している。たまに、その衣装ダンスを開けて一人うっとりと思い出に浸っていることが彼女の趣味の一つ。
あの頃はあんなに可愛かった、こんなに愛らしかったなどと洋服を引っ張り出しては眺めて楽しむのだ。そして、その度に散らかし放題になった衣裳部屋をメイドが片付けるはめになる。
「わかりました! すぐに『わたくしの天使たち』を見てきますね!」
だから、連呼しないで。
気恥ずかしくて赤くなっている私に気付くことなく、彼女は急いで部屋から出て行った。
私は軽く溜息を付くと、コートで包んだレオナルドの服を部屋の衣装棚に隠すようにしまい込んだ。
「そうそうそう! そうでしょう?! わたくしもそこまでして結ばれた二人がこんなことになるなんて思わないものっ! だから可哀そうで助けたくなったのよ!」
何とか辻褄を合わせようと、頭をフル回転させる。
「今では毎日暴力を振るうそうよ。人って変わるのね、怖いわぁ! とりあえず、今はご亭主から距離を置いて、生活基盤を作りたいのですって。仕事を探しているそうよ。それにはこんな乳飲み子を抱えていたら仕事ができないでしょ? だからって、あんな風に家を出たのだからご両親に泣きつくわけにはいかないでしょうから、わたくしが預かることにしたの」
私は一気に捲し立てた。
「だからって、安易に引き受けてしまっていいのでしょうか? 旦那様や奥様の許可も無く」
パトリシアは心配そうに私を見る。
「だ、大丈夫よ。一日くらい」
「え? 一日だけ?」
「え? ええ、一日だけのつもりよ? だって・・・」
こんなガキんちょ、さっさと信用できる人を聞き出して引き渡すつもりだし。
折角、レオナルドと他人様になれたのだ。こんな不可解な厄介ごとにこれ以上関わりたくない。
「一日だけで職場が見つかるでしょうか? しかも、元お貴族様のお嬢様が務まるような仕事なんて・・・」
「大丈夫よ、きっと」
心配そうに呟くパトリシアに、私は笑って見せた。
「きっと一日で終わるわ。だからね、パット。このことはお父様とお母様には内緒よ。余計な心配を掛けたくないの。一日くらい私の部屋で隠し通せるわ」
「でも・・・」
「お願いよ、パット、協力して! ね?」
私は可愛らしく首を傾げて懇願してみせた。
彼女は昔から私には甘い。しかも、今の私は婚約破棄をされて傷心中ということになっている。益々私に甘くなるのは必至。
「仕方がありませんね。分かりました。お嬢様。一日だけなら何とかなるでしょう」
「ありがとう! パット!」
私は満面の笑みでパトリシアにお礼を言った。
そして、チラリと腕の中の幼児を見た。相変わらずフガフガと軽く鼾をかいて爆睡している。
まったく、こっちの気も知らないで気持ち良さそうに眠りやがってと腹が立つが、まあ、これも今だけか。目が覚めたら、この男は相当驚くだろう。
うん、きっと面白いに違いない。
彼の驚愕の顔を思い浮かべると、痛快な気持ちになり、怒りが和らいできた。
これくらい密かに楽しみにしても罰は当たらないだろう。
☆彡
屋敷に近づくと、馬車は正門ではなく裏門に回らせた。
パトリシアに誘導され、誰にも見つからないようにコソコソと自分の部屋に向かう。まるでスパイか泥棒のよう。我が家に入るだけだというのに、なぜに、こんなにも姑息な真似をしなければならないのか。そして、なぜに、こんなにも無駄に緊張しなければならないのか。
全部、このレオナルドのせいだ。
それなのにこのガキは私に抱かれたまま、スヤスヤお寝んね中。本当にいいご身分。
無事に部屋に辿り着くと、私は自分のベッドにレオナルドを降ろした。
「パット、悪いけれど、この子に合う服を持ってきてくれないかしら?」
私はパトリシアに振り向いた。
「え? お洋服ですか。こちらの包みがこの子のお着替えではないのですか?」
パトリシアは持たせていた包みを私に差し出した。
「ああ、これね。これは、その、ちょっと・・・。チラリと見せてもらったのだけれど、あまりにもお粗末な代物で可哀そうで・・・」
「そうなんですね・・・、それは可哀そう・・・」
パトリシアは私の気の毒そうなふりを真に受けた。私は包みを受け取り、そっとベッドに置いた。
「我が家で預かるのだもの、変なものは着せられないでしょう。マイケルの小さいの頃の服を持ってきてちょうだい。衣裳部屋の一番奥にあるはずよ」
衣裳部屋の一番奥という言葉で、ピンと来たようだ。
「ああ! あの『わたくしの天使たち』というタイトルの衣装棚ですね! 奥様の!」
恥ずかしいから声に出して言わないで。親バカ丸出し。
母は私と弟の小さい頃の服を捨てずに大切に残している。たまに、その衣装ダンスを開けて一人うっとりと思い出に浸っていることが彼女の趣味の一つ。
あの頃はあんなに可愛かった、こんなに愛らしかったなどと洋服を引っ張り出しては眺めて楽しむのだ。そして、その度に散らかし放題になった衣裳部屋をメイドが片付けるはめになる。
「わかりました! すぐに『わたくしの天使たち』を見てきますね!」
だから、連呼しないで。
気恥ずかしくて赤くなっている私に気付くことなく、彼女は急いで部屋から出て行った。
私は軽く溜息を付くと、コートで包んだレオナルドの服を部屋の衣装棚に隠すようにしまい込んだ。
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