8 / 97
7
しおりを挟む
「お嬢様?」
再び立ち止まった私に、パトリシアは首を傾げた。
「パット! わたくし、この近くにある『アンディ』のレモンケーキが食べたいわ!」
私は急に思い付いたようにパトリシアを見た。彼女は私の突然の大声に、一瞬驚いたようだが、すぐに少し困り顔になった。
「え~~、『アンディ』って言ったら行列のできるお店じゃないですか。特にレモンケーキは人気なんですよ。この時間からだと並んでも買えるかどうか・・・」
「そうね、でも行ってみないと分からないじゃない! ね!?」
「そうですけど・・・。じゃあ、行ってみましょうか?」
パトリシアは諦めたように肩を竦めて見せた。
「うん、行ってきて! あるだけ買ってきて!」
「へ? お嬢様は?」
目を丸めて私を見る。
「わたくしは疲れたからここで待っているわ」
私はハンカチを取り出して、汗を拭くふりをして見せた。
「はいはい、分かりました。では行ってきます。お時間が掛かってしまうかもしれませんが、お嬢様はここから動かないで下さいね!」
「ええ、お願いね!」
小走りで店に向かって行くパトリシアを見届けると、私はさっそく彼女の言いつけを破り、反対方向に向かって走り出した。
(あれだけフラフラしていたんだから、まだそんなに遠くに行っていないはず・・・!)
私は急いでレオナルドが曲がった脇道に入った。
そこはとても細くて暗い道だった。人通りもない。これは貴族令嬢が一人で進むには治安的にNGの通りだ。
仕方がない。少し進んでも見当たらなかったら退散しよう。
どこか建物の中に入ってしまったのなら見つけようがない。だったら急いで帰って父に報告した方がいいだろう。
私は路地を用心深く進んで行った。
すると、さほど行かないうちに、地面に倒れている人の姿が目に飛び込んできた。
「ひっ・・・!」
悲鳴にならない声が喉から上がって来る。
私は一瞬怯んだが、深呼吸をして気を取り戻した。
恐る恐る傍に近づく。
「あ、あの・・・、レ、レオナ・・・ル・・・ド・・・殿下? だ、大丈夫・・・ですか・・・?」
私はうつ伏せに倒れている人に声を掛けた。
しかし、どこか違和感が・・・。
「え・・・? 何・・・? これ・・・」
そこに人が倒れた姿のまま、服だけが置かれていた。
そう、人体が無かったのだ!
☆彡
「ひいぃぃいっ・・・!」
私は仰天して、抜け殻の服を前に尻もちを付いた。
何、何、何?!
何で人が消えているのよっ?!
「も、もしかして、服を脱いでどこかに行ったとか・・・?」
つい独り言が口をついたが、すぐにブルブルと頭を振った。
そんなこと、あるわけがない。
仮にあったとしても、こんな風に人の倒れた状態に服を脱ぎ去るなんてできるわけがない。
仮にできたとしても、こんな短時間では不可能だ。
頭は混乱するだけ。尻もちを付いたまま立ち上がる気力がない。私はひたすらジッと目の前の倒れた洋服を見つめた。
ん・・・?
よくよく観察してみると、背中の辺り―――もう少し上か?―――が盛り上がっていることに気が付いた。
私は恐る恐るその盛り上がりを触ってみた。
それは硬くはない。だからと言って柔らかくもない。
それは正に・・・
(生き物の感触・・・?)
そう思った時、その塊は微かに動いた。
「ひっ・・・!」
私は驚いて手をバッと離した。
薄気味悪い・・・。一体何なのだ、この物体?
私は睨むようにジーッと観察していたが、それ以上動く気配はない。
このまま観察をしていたって、埒が明かないのは分かっている。
私は意を決して、麻のコートを捲ってみた。その下には高級な仕立てのジャケットが現れた。
「っ!!」
ジャケットの後ろ衿から僅かに金髪が覗いている。
私は大急ぎでそのジャケットを剥いだ。
そこにはとても小さい男の子―――三歳にも満たなそうな幼児がいたのだ。
再び立ち止まった私に、パトリシアは首を傾げた。
「パット! わたくし、この近くにある『アンディ』のレモンケーキが食べたいわ!」
私は急に思い付いたようにパトリシアを見た。彼女は私の突然の大声に、一瞬驚いたようだが、すぐに少し困り顔になった。
「え~~、『アンディ』って言ったら行列のできるお店じゃないですか。特にレモンケーキは人気なんですよ。この時間からだと並んでも買えるかどうか・・・」
「そうね、でも行ってみないと分からないじゃない! ね!?」
「そうですけど・・・。じゃあ、行ってみましょうか?」
パトリシアは諦めたように肩を竦めて見せた。
「うん、行ってきて! あるだけ買ってきて!」
「へ? お嬢様は?」
目を丸めて私を見る。
「わたくしは疲れたからここで待っているわ」
私はハンカチを取り出して、汗を拭くふりをして見せた。
「はいはい、分かりました。では行ってきます。お時間が掛かってしまうかもしれませんが、お嬢様はここから動かないで下さいね!」
「ええ、お願いね!」
小走りで店に向かって行くパトリシアを見届けると、私はさっそく彼女の言いつけを破り、反対方向に向かって走り出した。
(あれだけフラフラしていたんだから、まだそんなに遠くに行っていないはず・・・!)
私は急いでレオナルドが曲がった脇道に入った。
そこはとても細くて暗い道だった。人通りもない。これは貴族令嬢が一人で進むには治安的にNGの通りだ。
仕方がない。少し進んでも見当たらなかったら退散しよう。
どこか建物の中に入ってしまったのなら見つけようがない。だったら急いで帰って父に報告した方がいいだろう。
私は路地を用心深く進んで行った。
すると、さほど行かないうちに、地面に倒れている人の姿が目に飛び込んできた。
「ひっ・・・!」
悲鳴にならない声が喉から上がって来る。
私は一瞬怯んだが、深呼吸をして気を取り戻した。
恐る恐る傍に近づく。
「あ、あの・・・、レ、レオナ・・・ル・・・ド・・・殿下? だ、大丈夫・・・ですか・・・?」
私はうつ伏せに倒れている人に声を掛けた。
しかし、どこか違和感が・・・。
「え・・・? 何・・・? これ・・・」
そこに人が倒れた姿のまま、服だけが置かれていた。
そう、人体が無かったのだ!
☆彡
「ひいぃぃいっ・・・!」
私は仰天して、抜け殻の服を前に尻もちを付いた。
何、何、何?!
何で人が消えているのよっ?!
「も、もしかして、服を脱いでどこかに行ったとか・・・?」
つい独り言が口をついたが、すぐにブルブルと頭を振った。
そんなこと、あるわけがない。
仮にあったとしても、こんな風に人の倒れた状態に服を脱ぎ去るなんてできるわけがない。
仮にできたとしても、こんな短時間では不可能だ。
頭は混乱するだけ。尻もちを付いたまま立ち上がる気力がない。私はひたすらジッと目の前の倒れた洋服を見つめた。
ん・・・?
よくよく観察してみると、背中の辺り―――もう少し上か?―――が盛り上がっていることに気が付いた。
私は恐る恐るその盛り上がりを触ってみた。
それは硬くはない。だからと言って柔らかくもない。
それは正に・・・
(生き物の感触・・・?)
そう思った時、その塊は微かに動いた。
「ひっ・・・!」
私は驚いて手をバッと離した。
薄気味悪い・・・。一体何なのだ、この物体?
私は睨むようにジーッと観察していたが、それ以上動く気配はない。
このまま観察をしていたって、埒が明かないのは分かっている。
私は意を決して、麻のコートを捲ってみた。その下には高級な仕立てのジャケットが現れた。
「っ!!」
ジャケットの後ろ衿から僅かに金髪が覗いている。
私は大急ぎでそのジャケットを剥いだ。
そこにはとても小さい男の子―――三歳にも満たなそうな幼児がいたのだ。
91
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。
オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。
それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが…
ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。
自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。
正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。
そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが…
※カクヨム、なろうでも投稿しています。
よろしくお願いします。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる