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この春、学院を卒業し、いよいよ本格的にお妃教育に入るということで、私は近々、王宮に住まいを移すことが決まった。

婚約者を辞めたいという思いで飽和状態の私には、こんなに気の重いことは無い。

お妃教育といっても、所詮、レオナルドは第三王子。
王太子に嫁いだ私の従姉、レイチェルお姉様の時ほど厳しく無いことは分かっている。
彼女の苦労を考えれば、私の苦労なんて足元にも及ばないだろう。

それでも、レイチェルお姉様には王太子からの愛情があった。
もともと王太子妃の器を備えていた女性ではあったが、それだけで乗り切れるほど国王妃教育は甘くない。王太子の愛情があってこそ、そして、それに応えたいと思うお姉様の王太子への愛があったからこそ、彼女は一つの文句も言わずに必死に努力し続けられたのだ。

しかし、私にはどれ一つない。
元々の素質も無いし、レオナルドからの愛情も無い。そして、私も彼への愛など砂粒ほども持ち合わせていない。
なんにも持ち合わせていない私が、血反吐を吐くほど努力して得るのは、第三王子妃の肩書。地位も権威あるがちっとも魅力を感じない。それどころか大量にお釣りをもらいたいくらいなほど。まったく見合わない。

はっきり言って、私には無理なのだ。
全身にできてしまった蕁麻疹が物語っている。もう、体中が痒くて仕方がない。

「うう・・・、痒い・・・、痒いわぁ・・・」

私は必死に痒みに耐え、王宮の廊下を歩いていた。

今日は、王宮の王広間で若い年頃の令息令嬢を中心に盛大な夜会が開かれる。
私は体中に痒み止めを塗りまくり、この夜会に参戦した。

当然、レオナルドのエスコートは無い。
内心、腹が立っているのも本当。しかしながら、傍にいられると、それもそれでイライラするだろう。ますます痒みが増しそうなので、バックレられてホッとしているのも本当。

体裁的には腹を立てているが、精神面的には安堵している、そんな自分に呆れてしまう。

(ああ、痒い・・・。早く帰りたいわ・・・)

そう思いながら、重い足取りで会場内へ入る。

しかし、そんな私の憂鬱を吹き飛ばす出来事が起こった。
憂鬱どころか、蕁麻疹までもすっかり治してしまうほど素晴らしい出来事が!

そう、レオナルドから婚約破棄を突き付けられたのだ!


☆彡


婚約破棄を言い渡された後、私はサッサと王都にある邸宅へ帰った。
想像以上に速い帰りに、母も使用人も驚いている。
全身の蕁麻疹のせいで体調が万全ではないことを知っているので、具合でも悪くなったのかと心配したようだ。

「まあ、どうしたの? エリーゼ! 具合でも悪くなったの?」

母は私に駆け寄ると、心配そうに顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですわ! すこぶる元気です! ご安心ください、お母様」

私はニッコリと笑顔を向けた。それでも彼女は心配そうに私を見つめている。特に首。
蕁麻疹で赤くなった肌を見せないように首元まであるドレスを選んだが、そこから湿疹が覗いている。

「可哀そうに・・・。まだ痛い?」

母は私の湿疹に触ろうとしたが、思いとどまったように手を留めた。

「痒いだけで痛くはないですわ。さてと、まずはお風呂に入りますわね。そして薬を塗り直してきますわ。その後、一緒にお茶を頂きましょう、お母様」

私は母を安心させるように微笑むと、私付きの侍女を引き連れ部屋に向かった。

風呂場で侍女とメイドに身体を洗ってもらいながら、これからのことをじっくり考えた。

今日のことは、あっという間に父の耳に入るだろう。
父はこの国の宰相を務めている。今日も王宮にいるはずだ。
王宮の大広間であのような破廉恥な出来事が繰り広げられたのだ。秒速で報告されたに違いない。

ましてや、やらかしたのが王族。それに絡んでいるのは実の娘。
青筋を立てて奇声を上げている父の姿が目に浮かぶ。

果たして父はこの惨状をどう収めようとするのか。
王子とは言え、娘を侮辱されたことは我が侯爵家を侮辱したのも同じ。指を銜えたまま黙っているだろうか。

国王陛下はどうだろう?
ドラ息子の発言をどう受け止めるか? 

私は侍女もメイドも出て行った浴室で、湯舟に浸かりながらボーッと考えた。

家同士の婚約。ましてや王家と婚約。
アホ王子の一言でそう簡単に片が付くとは思えない。
でも、折角、婚約破棄の言質を取ったのだ。あんなに大勢の前で。

「ま、ここはレオナルドに頑張ってもらいましょ。あいつが言い出したんだから、責任もって婚約破棄まで持っていってもらわないと」

レオナルドには是非とも有言実行して頂こう。そのためなら私も微力ながら喜んで協力をしようではないか。

「頑張れ! レオナルド! 初めて心から応援するわ!」

私は湯舟の中でうーんと伸びをした。

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