ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼

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第三章

37.償い

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 ノアの低い声が路地に響いた。フード男は無言で頷いた。さくらは両手を口に当て、膝から崩れるようにしてその場にへたり込んだ。目から涙がどんどん溢れ、二人の姿がすぐにぼやけてしまった。

「・・・よく、俺の前に姿を現せたものだな・・・」

 さくらの感動とは裏腹に、ノアの声には怒りがこもっていた。そして、腰に差している剣の柄に手を掛けた。さくらはノアの行動が理解できず、目を見張った。

「俺に殺されに戻ったか?」

 ノアの恐ろしいほど低い声に、さくらはゾクッと背筋が凍り付いた。ノアは剣を抜くとゆっくりイルハンの前に近寄よった。そして、頭を下げているイルハンの首元に剣を近づけた。それを見てさくらは全身が総毛だった。ジュワンに剣を突き付けられたことを思い出し、息がどんどん苦しくなった。

「・・・どのような理由があれ、陛下を裏切った事実には変わりません。それは大罪でございます。どうぞこの場で私の首を刎ねてください。償いのために戻りました」

 イルハンの声はかすれていて聞き取りにくい。おそらく声帯も火傷を負ったのだろう。しかし無理やり絞り出す声には、迷いは感じられなかった。

「そうか・・・」

 ノアは冷ややかにイルハンを見下ろして、剣を持つ手に力を込めた。その時、後ろで酷く荒れた呼吸が聞こえ、驚いて振り返った。

 さくらは過呼吸に陥り、苦し気に胸を押さえて蹲っていた。ノアは慌ててさくらに駆け寄り、抱きかかえた。

「どうした!?さくら!しっかりしろ!」

 ノアに抱きしめられ、彼の体温を感じると、さくらは次第に落ち着いてきた。自分が過呼吸に陥ったことに気付き、呼吸を吸うことより吐き出すことに集中した。そして少し呼吸が落ち着くと、ノアの剣を指差した。

「剣が・・・、剣が怖い・・・です・・・」

 ノアは急いで剣を鞘に納めると、もう一度さくらを抱きしめた。

「すまない!」

 さくらは暫くノアに身を任せたまま、呼吸を整えていたが、ある程度普通の状態に戻ると、ふらっと立ち上がった。ノアもすぐに立ち上がり、さくらを支えた。さくらはノアが支えた手を上から握ると、にっこりと微笑んだ。そして、そっとその手を外すと、ゆっくりイルハンの方に向かった。
 イルハンは心配そうにさくらを見ていたが、さくらが自分に振り返ったことに気が付き、慌てて頭を下げた。

 さくらはイルハンの前に来ると、同じ目線になるように膝を付いた。そして優しくイルハンの手を握った。イルハンは驚いて顔を上げたが、自分の顔が醜いことを思い出し、すぐに顔を伏せた。一瞬見えたさくらの瞳は涙で潤んでいた。その瞳にイルハンの胸に熱いものが込み上げてきた。

「あの時、助けてくれてありがとうございました。イルハンさん」

 さくらは両手でイルハンの手をしっかり握りしめた。

「・・・。私は、陛下を・・・、さくら様を裏切ったのですよ・・・?」

 イルハンはさくらの言葉が信じられないように、思わず顔を上げてさくらを見つめた。さくらはイルハンの視線を外すことはなかった。

「でも、最後は助けてくれたじゃないですか。おかげで私たちは今生きているんですよ」

 さくらはイルハンに優しく微笑んだ。イルハンの眉毛もまつ毛もない瞳から涙が流れ落ちた。

「私はイルハンさんが生きていてくれて嬉しいです。でも、イルハンさんには酷なことかもしれませんね。でもここで簡単に命を捨てるのは逃げですよ」

 さくらはイルハンの手を自分の胸元に引き寄せ、じっと瞳を覗いて力強く言った。

「あの時に命を落としていれば、自分の人生を美しく終わらすことができたと思っているのでしょう? でも、あなたは生きている。このような辛い姿で・・・! これが償いでなければ何なのでしょうか?」

 イルハンは空いている手をさくらの手に重ねた。そして力強く握りしめると、それを額に押し付け嗚咽した。さくらも目を赤くして、それを見守っていると、上から強い視線を感じた。見上げると、ノアが近くで二人を見下ろしていた。その瞳にはまだ怒気が残っているが、目の淵に光るものがあった。

「・・・陛下・・・」

 さくらはノアに向かって呟いた。その言葉にイルハンも顔を上げた。

「・・・いつまでさくらに触れているつもりだ?」

 イルハンはさくらから手を離し、ノアの前に跪いた。

「・・・二度目はない。いいな?」

 ノアは低い声で言うと、さくらを立たせて自分の方へ引き寄せた。イルハンはノアを見上げた。

「これからもお前は俺の手足だ。それだけがお前の生きる道だ」

 イルハンはノアの前にひれ伏すと、むせび泣いた。何度も何かを口にしたが、掠れて聞き取れなかった。ノアとさくらは、イルハンが泣き止み、立ち上がるまで、ずっとその場で見守っていた。

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