97 / 98
第三章
37.償い
しおりを挟む
ノアの低い声が路地に響いた。フード男は無言で頷いた。さくらは両手を口に当て、膝から崩れるようにしてその場にへたり込んだ。目から涙がどんどん溢れ、二人の姿がすぐにぼやけてしまった。
「・・・よく、俺の前に姿を現せたものだな・・・」
さくらの感動とは裏腹に、ノアの声には怒りがこもっていた。そして、腰に差している剣の柄に手を掛けた。さくらはノアの行動が理解できず、目を見張った。
「俺に殺されに戻ったか?」
ノアの恐ろしいほど低い声に、さくらはゾクッと背筋が凍り付いた。ノアは剣を抜くとゆっくりイルハンの前に近寄よった。そして、頭を下げているイルハンの首元に剣を近づけた。それを見てさくらは全身が総毛だった。ジュワンに剣を突き付けられたことを思い出し、息がどんどん苦しくなった。
「・・・どのような理由があれ、陛下を裏切った事実には変わりません。それは大罪でございます。どうぞこの場で私の首を刎ねてください。償いのために戻りました」
イルハンの声はかすれていて聞き取りにくい。おそらく声帯も火傷を負ったのだろう。しかし無理やり絞り出す声には、迷いは感じられなかった。
「そうか・・・」
ノアは冷ややかにイルハンを見下ろして、剣を持つ手に力を込めた。その時、後ろで酷く荒れた呼吸が聞こえ、驚いて振り返った。
さくらは過呼吸に陥り、苦し気に胸を押さえて蹲っていた。ノアは慌ててさくらに駆け寄り、抱きかかえた。
「どうした!?さくら!しっかりしろ!」
ノアに抱きしめられ、彼の体温を感じると、さくらは次第に落ち着いてきた。自分が過呼吸に陥ったことに気付き、呼吸を吸うことより吐き出すことに集中した。そして少し呼吸が落ち着くと、ノアの剣を指差した。
「剣が・・・、剣が怖い・・・です・・・」
ノアは急いで剣を鞘に納めると、もう一度さくらを抱きしめた。
「すまない!」
さくらは暫くノアに身を任せたまま、呼吸を整えていたが、ある程度普通の状態に戻ると、ふらっと立ち上がった。ノアもすぐに立ち上がり、さくらを支えた。さくらはノアが支えた手を上から握ると、にっこりと微笑んだ。そして、そっとその手を外すと、ゆっくりイルハンの方に向かった。
イルハンは心配そうにさくらを見ていたが、さくらが自分に振り返ったことに気が付き、慌てて頭を下げた。
さくらはイルハンの前に来ると、同じ目線になるように膝を付いた。そして優しくイルハンの手を握った。イルハンは驚いて顔を上げたが、自分の顔が醜いことを思い出し、すぐに顔を伏せた。一瞬見えたさくらの瞳は涙で潤んでいた。その瞳にイルハンの胸に熱いものが込み上げてきた。
「あの時、助けてくれてありがとうございました。イルハンさん」
さくらは両手でイルハンの手をしっかり握りしめた。
「・・・。私は、陛下を・・・、さくら様を裏切ったのですよ・・・?」
イルハンはさくらの言葉が信じられないように、思わず顔を上げてさくらを見つめた。さくらはイルハンの視線を外すことはなかった。
「でも、最後は助けてくれたじゃないですか。おかげで私たちは今生きているんですよ」
さくらはイルハンに優しく微笑んだ。イルハンの眉毛もまつ毛もない瞳から涙が流れ落ちた。
「私はイルハンさんが生きていてくれて嬉しいです。でも、イルハンさんには酷なことかもしれませんね。でもここで簡単に命を捨てるのは逃げですよ」
さくらはイルハンの手を自分の胸元に引き寄せ、じっと瞳を覗いて力強く言った。
「あの時に命を落としていれば、自分の人生を美しく終わらすことができたと思っているのでしょう? でも、あなたは生きている。このような辛い姿で・・・! これが償いでなければ何なのでしょうか?」
イルハンは空いている手をさくらの手に重ねた。そして力強く握りしめると、それを額に押し付け嗚咽した。さくらも目を赤くして、それを見守っていると、上から強い視線を感じた。見上げると、ノアが近くで二人を見下ろしていた。その瞳にはまだ怒気が残っているが、目の淵に光るものがあった。
「・・・陛下・・・」
さくらはノアに向かって呟いた。その言葉にイルハンも顔を上げた。
「・・・いつまでさくらに触れているつもりだ?」
イルハンはさくらから手を離し、ノアの前に跪いた。
「・・・二度目はない。いいな?」
ノアは低い声で言うと、さくらを立たせて自分の方へ引き寄せた。イルハンはノアを見上げた。
「これからもお前は俺の手足だ。それだけがお前の生きる道だ」
イルハンはノアの前にひれ伏すと、むせび泣いた。何度も何かを口にしたが、掠れて聞き取れなかった。ノアとさくらは、イルハンが泣き止み、立ち上がるまで、ずっとその場で見守っていた。
「・・・よく、俺の前に姿を現せたものだな・・・」
さくらの感動とは裏腹に、ノアの声には怒りがこもっていた。そして、腰に差している剣の柄に手を掛けた。さくらはノアの行動が理解できず、目を見張った。
「俺に殺されに戻ったか?」
ノアの恐ろしいほど低い声に、さくらはゾクッと背筋が凍り付いた。ノアは剣を抜くとゆっくりイルハンの前に近寄よった。そして、頭を下げているイルハンの首元に剣を近づけた。それを見てさくらは全身が総毛だった。ジュワンに剣を突き付けられたことを思い出し、息がどんどん苦しくなった。
「・・・どのような理由があれ、陛下を裏切った事実には変わりません。それは大罪でございます。どうぞこの場で私の首を刎ねてください。償いのために戻りました」
イルハンの声はかすれていて聞き取りにくい。おそらく声帯も火傷を負ったのだろう。しかし無理やり絞り出す声には、迷いは感じられなかった。
「そうか・・・」
ノアは冷ややかにイルハンを見下ろして、剣を持つ手に力を込めた。その時、後ろで酷く荒れた呼吸が聞こえ、驚いて振り返った。
さくらは過呼吸に陥り、苦し気に胸を押さえて蹲っていた。ノアは慌ててさくらに駆け寄り、抱きかかえた。
「どうした!?さくら!しっかりしろ!」
ノアに抱きしめられ、彼の体温を感じると、さくらは次第に落ち着いてきた。自分が過呼吸に陥ったことに気付き、呼吸を吸うことより吐き出すことに集中した。そして少し呼吸が落ち着くと、ノアの剣を指差した。
「剣が・・・、剣が怖い・・・です・・・」
ノアは急いで剣を鞘に納めると、もう一度さくらを抱きしめた。
「すまない!」
さくらは暫くノアに身を任せたまま、呼吸を整えていたが、ある程度普通の状態に戻ると、ふらっと立ち上がった。ノアもすぐに立ち上がり、さくらを支えた。さくらはノアが支えた手を上から握ると、にっこりと微笑んだ。そして、そっとその手を外すと、ゆっくりイルハンの方に向かった。
イルハンは心配そうにさくらを見ていたが、さくらが自分に振り返ったことに気が付き、慌てて頭を下げた。
さくらはイルハンの前に来ると、同じ目線になるように膝を付いた。そして優しくイルハンの手を握った。イルハンは驚いて顔を上げたが、自分の顔が醜いことを思い出し、すぐに顔を伏せた。一瞬見えたさくらの瞳は涙で潤んでいた。その瞳にイルハンの胸に熱いものが込み上げてきた。
「あの時、助けてくれてありがとうございました。イルハンさん」
さくらは両手でイルハンの手をしっかり握りしめた。
「・・・。私は、陛下を・・・、さくら様を裏切ったのですよ・・・?」
イルハンはさくらの言葉が信じられないように、思わず顔を上げてさくらを見つめた。さくらはイルハンの視線を外すことはなかった。
「でも、最後は助けてくれたじゃないですか。おかげで私たちは今生きているんですよ」
さくらはイルハンに優しく微笑んだ。イルハンの眉毛もまつ毛もない瞳から涙が流れ落ちた。
「私はイルハンさんが生きていてくれて嬉しいです。でも、イルハンさんには酷なことかもしれませんね。でもここで簡単に命を捨てるのは逃げですよ」
さくらはイルハンの手を自分の胸元に引き寄せ、じっと瞳を覗いて力強く言った。
「あの時に命を落としていれば、自分の人生を美しく終わらすことができたと思っているのでしょう? でも、あなたは生きている。このような辛い姿で・・・! これが償いでなければ何なのでしょうか?」
イルハンは空いている手をさくらの手に重ねた。そして力強く握りしめると、それを額に押し付け嗚咽した。さくらも目を赤くして、それを見守っていると、上から強い視線を感じた。見上げると、ノアが近くで二人を見下ろしていた。その瞳にはまだ怒気が残っているが、目の淵に光るものがあった。
「・・・陛下・・・」
さくらはノアに向かって呟いた。その言葉にイルハンも顔を上げた。
「・・・いつまでさくらに触れているつもりだ?」
イルハンはさくらから手を離し、ノアの前に跪いた。
「・・・二度目はない。いいな?」
ノアは低い声で言うと、さくらを立たせて自分の方へ引き寄せた。イルハンはノアを見上げた。
「これからもお前は俺の手足だ。それだけがお前の生きる道だ」
イルハンはノアの前にひれ伏すと、むせび泣いた。何度も何かを口にしたが、掠れて聞き取れなかった。ノアとさくらは、イルハンが泣き止み、立ち上がるまで、ずっとその場で見守っていた。
1
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編8が完結しました!(2024.7.19)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる