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第三章

36.フードを被った男

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 その日の帰り、ノアが馬屋で馬を返している間、さくらは通りで待っていた。ポケーッと立ったまま通りを眺めていると、一角の細い道から声が聞こえてきた。何やらもめているような声だ。

(え~・・・。嫌だなぁ・・・)

 喧嘩かもしれないと思うと、さくらは身震いした。早くノアが戻ってこないかと思った時、

「助けて・・・!」

と微かに女性の声が聞こえた。さくらはギョッとして、声の方に目を向けた。するともう一度、

「誰か・・・!」

という声が聞こえた。さくらは思わずその方向に走り出した。

 さくらが駆け付けた場所は、小さの路地だった。その奥で、一人の男が女からバッグを奪おうとしていた。女は必死に抵抗し、バッグを離さない。既に何度も殴られたのか、髪は乱れ、顔は腫れている。それを見てさくらは恐怖で足がすくんだ。息を呑んで見つめている間にも、女は殴られている。さくらは我に返り、

「誰かー! 誰か来てください!」

通りに向かって大声で叫んだ。その声に二人はさくらに振り向いた。女は安堵したのか力が抜けたようだ。男はその隙を見逃さず、バッグを奪い取ると、さくらに突進してきた。

「・・・ひっ!」

 さくらは小さく悲鳴を上げると、目を閉じた。体当たりされる覚悟し、首を竦めて身構えた。

――ドン!

という音という衝撃音がしたが、さくらには何もぶつかってこなかった。

(あ・・・れ・・・?)

 さくらは恐る恐る目を開けると、目の前にひったくり男が仰向けに倒れていた。隣に人の気配を感じ、目を向けると、フード付きのマントで顔を隠した長身の男が立ち、片手を前にかざしていた。

 フードを被った男は無言でひったくりを立たせると、腕を背中側に捻り上げた。その時ノアが駆け込んできた。さくらを抱きしめると、自分の背中にさくらを匿い、フード男を睨んだ。

 フード男はそんなノアを無視するように顔を背けると、ひったくりが落としたバッグを拾い上げ、女に渡した。女はお礼を言いかけたが、フード男の顔を見て叫び声をあげ、腰を抜かして尻もちをついた。その様子にひったくり男も恐る恐るフード男の顔覗き込んだ。途端に悲鳴を上げ、後ろ手に捻り上げられた腕を解こうと暴れだした。

 その異様な様子にノアもさくらも立ち尽くして、呆然と見つめていた。しかし、ちらりとフードの隙間から男の顔が見え、さくらは絶句した。その顔は酷いケロイドだった。
 ノアもその顔が見えたのだろう。顔を歪めると、鋭い目線をフード男に投げかけた。

 そこへ巡回中の兵士たちが駆け寄ってきた。すぐさまフード男を捕えようとしたので、さくらは慌てて前に飛び出した。

「違います! 違います! こっちの男が犯人ですっ! あの女性からバッグを奪おうとしたの! そうですよね!?」

 さくらは女に向けて同意を求めた。女は尻もちをついたまま、無言で頷いた。

「この方は私を助けてくれた上に、犯人を捕まえてくれたんですよ!」

 さくらは兵士に向かって必死に訴えた。被害者の女も、相変わらず無言のまま、何度も頷いている。二人の女の態度と、隙あらば逃げ出そうとする男の様子に、兵士たちは確信したのか、フード男から手を離した。

「失礼した。ご協力感謝する」

 そう言うと、ひったくり男を連行していった。

 さくらは女に駆け寄ると、

「大丈夫ですか?」

と声を掛け、立ち上がるのに手を貸した。それを見たひとりの兵士が、女に近寄り、

「怪我が酷い。近くの診療所までお連れしよう」

と手を差し出した。

 女はさくらと兵士に深々と頭を下げ、お礼を言った。そしてフード男にも目を逸らしたままだが、深くお辞儀をして、兵士と共に路地を抜けていった。

 その間もノアはフード男から目を逸らさなかった。まるで矢を射るような鋭い視線を向けているノアを見て、さくらの心臓のドクンドクンと波を打ち始めた。さくらの中でも「もしかして」という漠然とした思いがあったが、ノアの強い視線がそれを肯定しているようで、鼓動がどんどん早くなっていった。

 祈るような思いで、二人を見ていると、フード男はゆっくりノアの方に振り向き、片膝を付いて頭を下げた。

「生きていたんだな・・・。イルハン」


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