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第三章

34.悩み

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 冬が過ぎて、春がやって来た。

 柔らかい春の日差しを浴びながら、さくらは自室のバルコニーの手すりにだらしなく頬杖をついて、空をボーっと眺めていた。春の麗らかな日差しも、爽やかな風も、さくらの憂鬱を吹き飛ばしてはくれなかった。それどころか、日差しの割には冷たい空気であることが彼女を苛立たせ、鳥のさえずりでさえ耳障りに感じた。

 気分が落ち込んでいる原因は、毎月の「月のもの」が来たからだ。さくらはなかなか妊娠しないことに不安を感じていた。王妃たるもの世継ぎの王子を生まなければいけないというプレッシャーに襲われていたのだ。もし自分が子供に恵まれなかったら、ノアの意志など関係なく、第二、第三王妃を迎えることになるはずだ。そんなことは耐えられるはずがない。

「はぁぁぁ~」

 さくらは空に向かって大きく溜息をついた。

(私に何か原因があるのかなぁ・・・?)

 夫婦生活に関しては至って良好だ。良好過ぎると言ってもいい。正直、毎日毎日、こちらの体が持たないほど充分愛されている。なのに、また昨日生理がきた。

(こっちの世界には婦人科って無いしなぁ)

 急に風がバルコニーを吹き抜けた。春の風はまだ冷たい。さくらは身震いした。暗い気持ちもまま、生理痛で重い腹を摩りながら、自室へ退散した。

 あまり女心を理解することが得意ではないノアは、さくらの不機嫌さが理解できなかった。ただ女性は月経中の情緒不安定になるということを聞いていたので、原因は単純に月経だと考えていた。なので、その度、さくらの体調に気を使い、酷く落ち込んでいるときには、お忍びで街へ連れ出したりして機嫌を取っていた。だが、さくらを心配するルノーから世継ぎに恵まれなくて落ち込んでいることを聞いて、やっと理解ができた。

 ある日、ノアはさくらを伴って街へやって来た。いつものように目立たない服装に着替え、忍び口から宮殿の外に出た。
 ノアがいつも街に行くのとは違うルートに向かうので、さくらは首を傾げていると、それに気が付いたのか、

「今日は少し離れているところに行くから、馬を借りる」

ノアはニッと笑いながら、さくらの手を引いて歩き出した。

「馬? 借りるのですか?」

「ああ、自分の馬だと王族とばれるからな」

(レンタカーならぬレンタホースか・・・?)

 さくらはワクワクして、繋がれた手を強く握った。

「楽しみです!」

 さくらが満面な笑みを向けると、ノアは満足そうに、さくらの手をぎゅっと握り返した。

 馬屋に着くと、店主は「いつもの子ね」と言って一頭の馬を連れてきた。ノアは店主に金を払うと馬を連れてさくらの元にやって来た。

 ノアのこなれた感じと、「いつもの子」というフレーズに、さくらは一気に気分が落ち込んだ。おそらくノアはよくここで馬を借りていたのだろう、もちろんお忍びで。そしてその馬に一緒に乗っていたのは・・・、きっとリリーだ。さくらはそう思うと、腹の底から黒々とした汚いものが沸いてくる気がした。何も同じ馬じゃなくたっていいのにと、ノアを恨めしく思った。

 ノアは、さくらが険しい顔をしていることに気付き、

「どうした?馬が怖いか?」

 さくらの顔を覗き込みながら聞いてきた。さくらは無言で顔を横に振った。

「・・・この子じゃないとダメですか・・・?」

 さくらは斜め下を向いて、不機嫌そうに言った。こんなヤキモチは醜いと分かっていても、どうしても腹の底でうずいているモヤモヤを消すことができず、つい、拗ねた態度を取ってしまった。

「・・・? これが一番気性の優しい馬だから扱いやすい。仕事で街を視察するときはいつもこの馬だ」

「仕事!?」

「ああ、身分を隠すときはな」

「なんだぁ!」

 さくらは途端に顔が緩んだ。慌てて両手で頬を押さえると、

「な、なんでもないです! ごめんなさい! やっぱり、この子がいいです!」

 そう言って誤魔化し、ノアに不自然な笑顔を向けた。ノアは不思議そうな顔をしていたが、すぐに意味を理解したようで、口角が上がった。その顔にさくらはすべてを見透かされた気がして、耳まで真っ赤になった。

ノアは軽くさくらの頭を撫でると、それ以上は何も言わず、馬に乗った。そして、さくらを前に座らせると、

「ハッ!」

と掛け声をかけて、馬の腹を蹴った。

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