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第三章

31.最後のリング

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 ノアは森の中の川辺に降り立った。さくらとリリーは転がるように地面に落ちた。さくらはすぐに立ち上がると、川のすぐそばに座ってこちらを見ているノアに駆け寄った。リリーは落ちた衝撃で意識を取り戻したが、ドラゴンを見ると悲鳴を上げて、再び意識を失った。

 さくらは駆け寄った勢いそのまま、ノアの顔に抱きついた。そして泣きながら自分の顔をノアの顔に擦り付けた。ノアは一瞬目を丸めたが、すぐに目を細め、さくらのされるままにじっとしていた。

「ごめんなさい! ごめんなさい! 今まで気が付かなかったなんて! あんなに傍にいたのに!」

 さくらは顔を上げると、今度はノアの首に抱きつき、顔を埋めた。

「なんて、バカなことしたんです! 何で・・・、何で指輪を外さなかったんですか? 人に戻れないのに・・・」

 さくらは声が掠れて言葉が出てこなくなった。代わりにぎゅっとノアを抱きしめる力を強めた。

 暫くノアを抱きしめて泣いていたが、少し気持ちが落ち着き、呼吸が整ってくると、そっとノアから離れようとした。その時、下の方に淡く光る青白い光が視界に入った。よく見ると、ノアの右足首のリングから青白い光が煙のように漂っていた。さくらはハッとした。イルハンが言っていたことを思い出したのだ。

(そうだ! 最後のリング!)

 さくらはノアの右足に飛びつくと、躊躇せず、リングに手を掛けた。もともと細くヒビが入っていたことを思い出し、力任せにリングを捻ってみた。すると、メキメキッと軋む音がして、ヒビが大きくなった。

「外れるかも!」

 さくらは目を輝かせて、ノアを見上げた。ノアも驚いてさくらを見ている。さくらは腕まくりをすると、両手で頬をピシャっと叩いて気合を入れた。

(よっしゃー!)

 さくらはもう一度、リングに勝負を挑んだ。渾身の力を込めて、リングを捻った。

――ペキッ

 さっきよりも大きな音がした。さくらは上がる息を整えながら、リングを見ると、もう少しで二つに割れそうなほどにヒビは広がっていた。あと一息だ!さくらは大きく深呼吸した。そしてまたリングに手を掛け、力いっぱい捻った。

 何度も挑戦するさくらをノアは心配そうに覗いた。さくらの手は真っ赤になっていた。ノアはさくらの手元に顔を寄せた。さくらは驚いて手を止めるとノアを見上げた。ノアが心配そうに自分の手を見ているのに気が付き、さくらはにっこりと微笑んだ。

「こんなの大したことないです!」

 そう笑うさくらの顔に、ノアは思わず顔を寄せた。その時だった。

 ヒュッという音とともに、どこからか矢が飛んできた。その矢はノアの顔の横をかすめた。さくらは驚いて振り返った。兵士が三名、ノアに向かって矢を構えていた。

「さくら様!! 今お助けします!」

 よく見ると、彼らはノアの近衛隊の兵士たちだった。ノアから命を受け、いざという時の為にこの付近で待機していたのだった。ノアはこの兵士たちに二人を託すつもりで、この川辺に降り立ったのだ。

 しかし、そんなことを梅雨も知らない彼らには、今にもさくらがドラゴンに食われそうに見えたのだ。さくらを救おうと、ノアに向かって何本も矢を放ち、そのうちの一つが、ノアの肩の下を貫いた。ドラゴンの首から腹にかけては皮膚が比較的柔らかい。そこを狙われた。ノアは撃たれた衝撃でよろめいた。

「やめて! やめて! 撃たないで!」

 さくらは必死に叫んだが、同じく必死な彼らにその声は届かなかった。すぐに一人の兵士が飛び出し、ドラゴンがよろめいたところを剣で切りつけた。さくらは悲鳴を上げた。ドラゴンの肩から緑の血液が噴出し、そのまま後ろに倒れていった。後ろは川だ。さくらはノアに抱きついた。川に落ちそうになるのを必死に支えようとするが、さくら一人の力ではどうにもならない。そのまま二人とも川に落ちていった。

 泳げないさくらはノアにしがみ付いた。必死で目を開けると、青白く光っているリングが見えた。さくらはノアの体を伝うようにリングに近づくと、必死に手を伸ばし、リングを掴んだ。思いっきり捻ってみると、ベキベキッと軋む感覚が手に伝わってくる。さくらは歯を食いしばり、最後の力を振り絞って、思いっきり捻った。

 パキンッという音とともにリングが二つに割れた。力を使い切ったと同時に、腹に溜めていた息を全部は吐いたため、無意識に息をしようと口を開けてしまった。途端に水が一気に口に流れ込んだ。

 意識が遠のく中で、人の手がさくらに近づいてくるのが見えた気がした。

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