ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼

文字の大きさ
上 下
89 / 98
第三章

29.ドラゴン王

しおりを挟む
 ジュワンも兵士たちも、そこにいた誰もが、目の前で起きた光景を信じることができず、目を見開いたまま、呆然としていた。
 その隙にドラゴンは飛び立つと、リリーの下の壺を兵士や魔術師に向かって薙ぎ倒した。中の熱湯が彼らに降りかかり、ようやく兵士たちは我に返った。全員が慌てふためき、一気にその場の秩序が乱れだした。ドラゴンはリリーの胴を後ろ足で器用に掴むと、強引に引っ張り、縄を引きちぎった。その勢いで、リリーを吊るしていた木柱は崩れ、これらも兵士たちを襲った。
 ドラゴンはリリーを地面に降ろすと、彼女の前に立ちはだかり、身構えた。兵士たちは慌てて弓矢を放つが、ドラゴンは雄叫びを上げ、口から火を放ち、飛んできた矢を次々と燃やしていく。

 さくらはしりもちをついた状態で、それらを見つめていた。まだ、何が起こったのか、よく理解できずに、呆然と眺めていた。しかし、ドラゴンの右足首のリングが目に入った時、やっと、あのドラゴンが自分のドラゴンだと気が付いた。だからと言って、今の状況を理解することなどできず、ますます頭が混乱した。

 ジュワンは呆然としているさくらのもとに駆けよると、首根っこを引っ張り、自分の方へ引き寄せた。
我に返ったさくらは、慌てて抵抗したが、ジュワンはさくらの顔に剣を近づけた。

「動いたら命はないぞ」

 ジュワンはさくらの耳元で呟いた。自分の顔に迫る冷たく光る剣を見て、さくらは一気に血の気が引いた。一歩でも動いたら、自分の頬がざっくりと切られてしまう。そう思うと、心臓と喉が締め付けられ、息ができなくなった。自力では立っていられなくなり、自分を抱え込んでいるジュワンの腕に、無意識にしがみ付いた。

 ジュワンはさくらを引きずるように、ドラゴンの方へ振り向くと、改めて剣をさくらの首元に突き付けた。ドラゴンはそれに気が付くと、火を噴くのを止め、身構えた。
 さくらは刃物の恐怖に気を失いそうになりながらも、前方にいるドラゴンを見つめた。怒りと不安の満ちた目で、さくらをじっと見ている。

(ああ、あの目はあの子だ・・・。私の・・・ドラゴンだ・・・)

 さくらの視界が涙で歪んできた。

(・・・陛下だったんだ・・・)

 ジュワンの腕にしがみ付いている手にぎゅっと力がこもった。

「どうしてそのような醜い姿なのか知らんが・・・」

 ジュワンはドラゴンを睨みつけると、

「この女の命が惜しければ、さっさと人の姿に戻り、指輪を渡せ!」

 そう叫び、剣の刃を更にさくらの首に近づけた。

「――ひっ・・・!」

 さくらは息を詰まらせた。ほんの少し動いただけでも、刃が喉に触れるところまで近づいている。そのままジュワンがバイオリンのように手を横に引けば、さくらの喉は簡単に引き裂かれてしまうだろう。さくらは身動きが取れなかった。恐怖で気が遠くなりかけたが、今気を失えば、体は傾き、自ら刃物の餌食になるという思いが、何とか意識を繋ぎとめた。

 ドラゴンとジュワンは睨み合った。今にも火花が飛び散りそうだった。いつまでも動かないドラゴンにジュワンは痺れを切らして叫んだ。

「本当にこの女がどうなってもいいのか!」

ドラゴンは悔しそうにうなり声を上げた。

「さっさとその指輪を渡せ!」

 ジュワンはさくらから剣を離すと、その剣で、ドラゴンの左前足を指した。その薬指の爪の先に小さな指輪が光っていた。
 剣が視界から外れ、さくらはやっと息ができた気がした。だが、気が緩んだのも束の間、次の瞬間、地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れたところを、ジュワンに踏みつけられた。

「うぐっ・・・!」

 さくらはうめき声を上げた。胸が圧迫され、息が詰まる。さくらは地面の土を握り締めた。ドラゴンはそれを見て、怒りで雄叫びを上げた。

「脅しではないぞ!」

 ジュワンはドラゴンを睨みながら、さくらの長い髪を引っ張り、顔を上げさせた。のけ反ったさくらの首元に、再び剣を当てた。さくらはぎゅっと目を閉じた。

(刃先を見るな! 見るから怖いんだ!)

 さくらは自分に言い聞かせると、目を固く閉じたまま、何とか声を絞り出した。

「・・・私が、『異世界の王妃』だと・・・、お忘れ、ですか・・・?」

 上手く息ができず、声は掠れていたが、ジュワンの耳には届いたようだ。
 ジュワンは冷たい笑みを浮かべながら、さくらの耳元に顔を近づけると、

「確かに、『異世界の王妃』は魅力的ですが、絶対ではないですよ。先代のように、『異世界の王妃』などいない過去は何度もあるのですから。逆にあなたのように口うるさい王妃だったら、いない方がずっといい」

 そう呟いた。

「・・・でも、私が死んだら・・・。私がこの世からいなくなったら、私とお揃いの指輪なんて、意味がなくなるのでしょう?・・・そうしたら陛下の指輪を取り上げても、何の効力もない・・・。あなたを王とする証にはならないのでは・・・?」

 ジュワンはそれを聞いて、クスッと笑うと、

「いやいや、最初は頭の悪い女かと思ったが、多少は働くようだ」

 目を固く閉じているさくらの顔に、ヒタヒタッと剣で触れた。さくらは身震いした。

「その通り。貴女は殺しませんよ。大事な交渉道具です。ノアの指輪を手に入れるために、殺さない程度に傷つけるだけです。貴女は生きていればいいだけだ。足一本、腕一本無くなったって生きてはいける・・・」

 ジュワンはそう言うと、さくらの髪を更に引っ張った。さくらの頭はぐっとのけ反ったかと思うと、次の瞬間、突然解放され、その勢いで地面に顔から倒れ込んだ。痛みで苦悶していると、上から何かパラパラと降ってきた。

「!!」

 それが自分の髪の毛だと気付き、さくらは真っ青になった。

(この人は、本当に私の両手両足をもぎ取りかねない・・・)

 さくらはノアを見た。怒りで歯を食いしばり、口の隙間から炎が漏れ出している。

(ごめんなさい・・・。陛下。役立たずで・・・)

 今になって、自分は絶対に殺されない=傷つけられないと考えた、自分の浅はかさを呪った。こんなに非力な自分が、どうして二人を助けられるなんて思ったのだろう。そう思った傲慢さをひたすら後悔した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?

咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。 ※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。 ※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。 ※騎士の上位が聖騎士という設定です。 ※下品かも知れません。 ※甘々(当社比) ※ご都合展開あり。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...