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第三章
28.指輪
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「だから、どうか指輪を外してください・・・」
涙を流しながら優しく微笑むさくらを、ノアは歯を喰いしばって見つめた。その目には涙が浮かんでいた。
さくらは静かに頷くと、涙を拭いて立ち上がった。そして、ゆっくりとジュワンに振り返った。
「どうやら話はついたようですね」
ジュワンはさくらに両手を広げた。相変わらず口元に冷たい笑みをたたえている。
「まずは先にリリーさんを解放してください」
さくらはリリーを指差した。
「それだけじゃありません。弓矢も下ろすよう指示してください」
「これは、突然に威勢がよくなりましたね。とても今まで震えて泣いていたお方とは思えない」
ジュワンはさくらの勢いに少しだけ驚いたようだが、すぐに冷笑を浮かべたかと思うと、
「それは無理でしょう? 信用できません」
あっさり要求を断った。さくらはキッとジュワンを睨み、
「それはこっちのセリフなんですけど!」
そう言い返すと、周りの兵士たちを指差した。
「明らかにこちらの状況の方が圧倒的に不利ですよね! 多少の譲歩があってもいいんじゃありませんか? しかも、矢で狙われた状態で要の指輪を外すなんて、そんな馬鹿な話あります?」
ジュワンはさくらの強気な発言に驚いて目を丸めた。本当にさっきまで震えていた女とは思えない。しかしすぐに、牢屋で見せた強気な態度を思い出した。思わず、ふーっと長く息をつくと、兵士たちに合図を送り、矢を下ろさせた。くだらない言い争いなどで時間を無駄にはしたくなかった。
「ノア陛下が指輪を外した時点で、リリーを下ろしましょう。そして、さくら様はその指輪をこちらへお持ちください。私に手渡すと同時に、リリーを陛下へお返ししましょう」
「・・・」
「まだご不満が?」
返事をしないさくらにジュワンは苛立ち、軽く睨んだ。
「お二人の命の保証は?」
さくらは怯まず、言い返した。
「もちろんお約束しますよ」
ジュワンは軽く口角をあげた。
「そうですか。では、それは目で見える形でお願いしますね」
「・・・と言うと?」
「指輪は私がそちらにお持ちしますし、私自身も残ります。でも、お二人がこのお城から出て安全が確保されたと確信するまで、指輪は私が預かります」
ジュワンは大げさに溜息をついた。
「・・・本当に、思ったより用心深い方ですね・・・」
ジュワンは小賢しい真似をするさくらを、心の中で侮蔑しながらも、
「いいでしょう。では早く指輪を」
さくらに向かい両手を広げた。
この約束が守られることはないと、さくら自身も分かっていた。これだけの兵士がいるのだ。指輪を渡した途端、拘束されてしまう可能性は高い。悪あがきでも構わない。できるだけ抵抗して時間を稼ぎ、二人を逃がそうと考えたのだ。
それは『異世界の王妃』である自分だけは絶対に殺されないという保証があるおかげで、何とか絞り出した勇気だった。
さくらはノアに向き直り、黙って手を差し出した。ノアの震える右手が左手の指輪に伸びた。その指が指輪に触れたが、そのままの姿勢で止まってしまった。
俯いて指輪を見ているノアをさくらは辛抱強く見守った。ノアの苦悶する姿に、さくらの心は張り裂けそうだった。一度止まった涙がまた浮かんできて、ノアの姿が霞んできた。
ノアは指輪をぎゅっと握ると、キッと顔を上げた。その視線はさくらを飛び越え、ジュワンを捉えていた。ノアはさくらを庇うように前に出ると、ジュワンに向き合った。そして、
「指輪は渡さない!」
と叫んだ。ジュワンは苦々しくノアを睨むと、
「ではこの娘がどうなってもいいのか!」
と怒鳴りつけた。ノアはその問いには答えず、リリーに向かい、
「許してくれ!俺は指輪を外さない!だが、絶対に貴女を助ける!!」
大声で叫んだ。そして射るような目でジュワンを睨みつけた。その目は緑色に光っていた。
次の瞬間、ノアの右足首から青白い光が浮かび上がった。そこから妙な風が吹き上がり、ノアの体を包みだした。青白い光は少しずつ大きくなると、そこから発する風も強くなった。さくらはその風に煽られ、吹き飛ばされるように倒れた。
「いけません!陛下!」
その様子を見て、イルハンが叫んだ。しかし、大きな風の音が、その声をかき消した。光と風の渦は勢いを増し、ノアの体を取り巻いていく。ジュワンや兵士たちは何が起こったのか分からず、息を殺して、ひたすらその光景を見つめていた。暫くすると、いつの間にか光は消え、風も穏やかになっていった。
そして小さくなった風の渦の中から大きなドラゴンが姿を現した。
涙を流しながら優しく微笑むさくらを、ノアは歯を喰いしばって見つめた。その目には涙が浮かんでいた。
さくらは静かに頷くと、涙を拭いて立ち上がった。そして、ゆっくりとジュワンに振り返った。
「どうやら話はついたようですね」
ジュワンはさくらに両手を広げた。相変わらず口元に冷たい笑みをたたえている。
「まずは先にリリーさんを解放してください」
さくらはリリーを指差した。
「それだけじゃありません。弓矢も下ろすよう指示してください」
「これは、突然に威勢がよくなりましたね。とても今まで震えて泣いていたお方とは思えない」
ジュワンはさくらの勢いに少しだけ驚いたようだが、すぐに冷笑を浮かべたかと思うと、
「それは無理でしょう? 信用できません」
あっさり要求を断った。さくらはキッとジュワンを睨み、
「それはこっちのセリフなんですけど!」
そう言い返すと、周りの兵士たちを指差した。
「明らかにこちらの状況の方が圧倒的に不利ですよね! 多少の譲歩があってもいいんじゃありませんか? しかも、矢で狙われた状態で要の指輪を外すなんて、そんな馬鹿な話あります?」
ジュワンはさくらの強気な発言に驚いて目を丸めた。本当にさっきまで震えていた女とは思えない。しかしすぐに、牢屋で見せた強気な態度を思い出した。思わず、ふーっと長く息をつくと、兵士たちに合図を送り、矢を下ろさせた。くだらない言い争いなどで時間を無駄にはしたくなかった。
「ノア陛下が指輪を外した時点で、リリーを下ろしましょう。そして、さくら様はその指輪をこちらへお持ちください。私に手渡すと同時に、リリーを陛下へお返ししましょう」
「・・・」
「まだご不満が?」
返事をしないさくらにジュワンは苛立ち、軽く睨んだ。
「お二人の命の保証は?」
さくらは怯まず、言い返した。
「もちろんお約束しますよ」
ジュワンは軽く口角をあげた。
「そうですか。では、それは目で見える形でお願いしますね」
「・・・と言うと?」
「指輪は私がそちらにお持ちしますし、私自身も残ります。でも、お二人がこのお城から出て安全が確保されたと確信するまで、指輪は私が預かります」
ジュワンは大げさに溜息をついた。
「・・・本当に、思ったより用心深い方ですね・・・」
ジュワンは小賢しい真似をするさくらを、心の中で侮蔑しながらも、
「いいでしょう。では早く指輪を」
さくらに向かい両手を広げた。
この約束が守られることはないと、さくら自身も分かっていた。これだけの兵士がいるのだ。指輪を渡した途端、拘束されてしまう可能性は高い。悪あがきでも構わない。できるだけ抵抗して時間を稼ぎ、二人を逃がそうと考えたのだ。
それは『異世界の王妃』である自分だけは絶対に殺されないという保証があるおかげで、何とか絞り出した勇気だった。
さくらはノアに向き直り、黙って手を差し出した。ノアの震える右手が左手の指輪に伸びた。その指が指輪に触れたが、そのままの姿勢で止まってしまった。
俯いて指輪を見ているノアをさくらは辛抱強く見守った。ノアの苦悶する姿に、さくらの心は張り裂けそうだった。一度止まった涙がまた浮かんできて、ノアの姿が霞んできた。
ノアは指輪をぎゅっと握ると、キッと顔を上げた。その視線はさくらを飛び越え、ジュワンを捉えていた。ノアはさくらを庇うように前に出ると、ジュワンに向き合った。そして、
「指輪は渡さない!」
と叫んだ。ジュワンは苦々しくノアを睨むと、
「ではこの娘がどうなってもいいのか!」
と怒鳴りつけた。ノアはその問いには答えず、リリーに向かい、
「許してくれ!俺は指輪を外さない!だが、絶対に貴女を助ける!!」
大声で叫んだ。そして射るような目でジュワンを睨みつけた。その目は緑色に光っていた。
次の瞬間、ノアの右足首から青白い光が浮かび上がった。そこから妙な風が吹き上がり、ノアの体を包みだした。青白い光は少しずつ大きくなると、そこから発する風も強くなった。さくらはその風に煽られ、吹き飛ばされるように倒れた。
「いけません!陛下!」
その様子を見て、イルハンが叫んだ。しかし、大きな風の音が、その声をかき消した。光と風の渦は勢いを増し、ノアの体を取り巻いていく。ジュワンや兵士たちは何が起こったのか分からず、息を殺して、ひたすらその光景を見つめていた。暫くすると、いつの間にか光は消え、風も穏やかになっていった。
そして小さくなった風の渦の中から大きなドラゴンが姿を現した。
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