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第三章

27.罠

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 自分の兵士達を背後に並べ、仁王立ちしているジュワンは冷笑しながらノアを見た。ノアはさくらを自分の後ろに隠すと、ジュワンを睨みつけた。

「ノア陛下。ご安心ください。さくら様は大切な『異世界の王妃』。傷つけるなんてことは致しません。それよりも、心配するのはこちらのお嬢様ではありませんか」

 そう言うと、イルハンとリリーを指差した。二人はいつの間にかノア達から離れ、数名の兵士に取り囲まれていた。

「・・・っ!」

 ノアはイルハンとリリーを見て唇を噛んだ。イルハンがあっさり兵に囲まれる隙を見せるなんて考えられないことだ。

「少々意外でした。陛下がさくら様の手を引いているとは・・・。てっきりリリー嬢と思っていましたからね。でも、おかけで手間が省けました」

 ジュワンは一歩前に出ると、ニヤリと笑った。

「東門・・・。もはや伝説になりつつあるこの門の存在を、よく思い出しましたね」

 その言葉にノアはハッとした。東門を進めたのはイルハンだ!

「東門は王族以外知り得ないことだとお忘れか?」

 そうなのだ。東門は極秘の門だった。どんなにイルハンが国家機密を知っていようと、滅多に使わないこの城の秘密を、一隊の隊長でしかない彼が知るはずがない。ノアはイルハンを見た。イルハンはリリーをしっかり支えたままだ。だがノアと目を合わせようとしない。

「・・・くっ!」

 ノアはイルハンを睨んだ。さくらを握る手に力がこもる。ジュワンに『異世界の王妃』の存在を知らせたのはイルハンだったと分かり、怒りで体中の血が熱くなった。

 さくらは、ジュワンの言っている意味は分からないが、イルハンとリリーが囚われてしまったことだけは分かった。ジュワンの思惑通り、リリーが人質になってしまったことに不安と恐怖でいっぱいだった。

「さあ、ノア陛下。どういう状況かもうお判りでしょう。どうぞ素直に国王の証である指輪を私にお譲りください。その指輪は国王陛下御自らでしかはずせない」

 ジュワンは大げさに両手を広げた。ノアは無言でただひたすらジュワンを睨みつけた。

「困りましたね」

 ジュワンは両手を下ろすと、溜息をついた。

「素直に従って頂けないと、大変なことになりますよ」

 ジュワンは片手を上げて、何やら合図を送った。そして、その合図に答えたのが、なんとイルハンだった。


☆彡


 さくらは、イルハンがリリーの腕を掴み、引きずるように歩く姿に目を疑った。その二人の後を、さっきまで周りを囲んでいた兵士がまるで部下のようについて行く。
さくらは頭がまったくついて行かず、呆然とその状況を見つめていた。

 リリーは大きな壺の傍に連れて行かれた。その壺の横には一人の魔術師が立っており、壺に向かって何かを唱え始めた。途端に壺の中から湯気が一気に上がり始めた。さくらは壺の中身は熱湯だと分かると、足ががくがくと震えだした。その傍にリリーが連れて行かれことに途方もない不安と恐怖に襲われた。リリーは体と縄で縛られると、その壺の上に中刷りにされてしまった。それを見てさくらは悲鳴を上げた。

「言ったでしょう。大変なことになると!」

 ジュワンはノアに向かって叫んだ。

「早く指輪をお渡しなさい! さもないと、この娘がどうなるか分かるでしょう!」

 リリーは恐怖のあまり、ほとんど意識はなかった。さくらは縋るようにノアを見た。怒りで震え、燃えるような目でジュワンを睨んでいる。
さくらはとうとう我慢できず、ノアの前に飛び出し、ジュワンに向かって膝を付いた。

「ジュワン様! お願いです! リリーさんを下ろしてください。あんまりです!」

 胸の前で両手を組み、泣きながら叫んだ。そして、今度はノアに振り返り、

「陛下! どうか指輪を・・・! 指輪を・・・。お願いします・・・! このままだと、陛下もリリーさんも殺されちゃう・・・!」
 
さくらは地面に手をついて、頭を下げた。最後の方は声が掠れて言葉にならなかった。

「・・・あんな奴に王位は渡せない・・・!」

 ノアは絞り出すように言った。さくらは顔を上げ、ノアを見た。ノアは苦しそうな顔でさくらを見ている。さくらは這いつくばるようにノアに近寄ると、足に縋りついた。

「私は『異世界の王妃』なのでしょう?『異世界の王妃』が存在している間は、この国は平和で発展することは約束されているはずです。そのために私はわざわざ呼ばれたんですよ。どんなに背徳な人が国王になったとしても、私が存在している間は、きっとこのローランド王国は安泰なはずです」
 
さくらはノアを見上げると、懇願するように言った。そして、さらにノアに縋る手に力を込めると、

「私はジュワン様よりも長生きするって約束しますから!」

と言い、力強くノアの目を見つめた。ノアは唇を噛み締めたまま、無言でさくらを見つめた。

「それに、陛下だって、国王と言う立場から自由になれます。そうしたらリリーさんを正式な奥様に迎えることができるでしょう?」

 さくらは泣き濡れた顔で、少しだけ微笑んだ。

「だから、どうか指輪を外してください・・・」
 
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