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第三章

23.「王妃」向けられた優しさ

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「お前が好きであろうがなかろうが、王妃と言う立場は変わらない!」

 いつまでたっても自分を見ようとしないさくらに、ノアの苛立ちは頂点に達した。荒々しく手を離すと、

「俺だって好きでお前を第一王妃に迎えているわけではない!」

と怒鳴り、そっぽを向いた。もちろん、これは売り言葉に買い言葉のつもりだった。すぐに何か言い返してくるだろうと身構えていたが、さくらは何も言ってこなかった。気になりさくらを見ると、さくらは呆然としたように自分を見ていた。

「・・・っ!」

 ノアはすぐに後悔した。心にもないことを、子供のように我慢できずに口走った自分を責めた。言い訳しようとしたが、みるみる涙が溢れてくるさくらを見て、言葉が出てこなかった。

「あー・・・、やっぱり、そうですよねー・・・。仕方なく・・・ですよね・・・」

 さくらは言葉を詰まらせて俯いた。やはり、あの優しさや口づけは自分自身に向けられたものではなかったのだ。やっと待ちわびていた『異世界の王妃』を迎えることができて、よほど嬉しかったのだろう。その『王妃』に向けられたものだったのだ。

「・・・そうだろうなって、分かっていましたけど・・・」

 頭の中では分かっていても、本人の口からは聞くのは辛かった。どうしても聞きたくなかった。だから自分から距離を取ったのに・・・。

「私なんかが、第一王妃でごめんなさい・・・。止めることができればいいのでしょうけど・・・。そうすればあの方が第一王妃になれるのに・・・」

 さくらはノアに深々と頭を下げると、真っ青になって立ち尽くしているノアの方を見ることなく、そのまま図書室を出て行った。


☆彡


 翌朝、さくらはジュワンに一言文句を言おうと、彼の花園に出向いた。外に連れ出す交渉をしてくれたのはありがたいが、さくらから頼み込んだような言い方は流石にないだろうと思ったのだ。

 花園に着くと、すでにジュワンが待っていた。彼はいつものように涼しい爽やかな笑顔をさくらに向けた。

「おはようございます。さくら様」

 満面の笑みに、さくらは文句を言うのを躊躇ってしまった。

「おはようございます。ジュワン様」

「よかったですね! 許可が下りましたよ。早速、今から街へ参りませんか?」

「へ?」

 さくらは素っ頓狂な声を上げた。さくらの反応が可笑しかったのか、ジュワンはクスクス笑いながら、

「さくら様のたっての願いという形で頼み込んでみました」

と悪びれもなく言った。その潔さに呆れ、さくらは文句を言う気が失せてしまった。

「・・・それにしてもよく通りましたね」

 昨日のノアの剣幕からだと、とても許可が下りたなんて信じられなかった。

「最初はダメの一点張りでしたよ。でも、後から改めて許可が出たのです」

(あー、私が泣いたからかな・・・?)

 さくらは納得した。おそらく自分に同情したのだろう。深い意味はないと思うが、多少なりとも情はあるのかもしれない。そう思ことにした。

「さあ、時間には限りがあります。参りましょう」

 ジュワンはさくらの手を取ると、第二の宮殿の方に向かった。

 第二の宮殿の裏口に一台の馬車が停まっていた。

「表口からですと人目に付きますので、こちらから裏門に抜けましょう」

 ジュワンはそう言うと、馬車の扉を開けさせた。優しくさくらをエスコートし、馬車に乗せようとしたとき、

「あの・・・、やっぱり止めた方がいい気がします・・・」

 さくらは申し訳なさそうに、ジュワンの方を見ると、彼から手を離した。あれだけ危険性を説明され、説得されたのに、安易に出かけていいものなのか。今更ながら、罪悪感が胸に広がってきたのだ。

「せっかく陛下にお願いしてくれたのに、申し訳ありません」

 自分の為に骨を折ってくれたジュワンにも悪いと思い、丁寧に頭を下げた。

「思ったより用心深い方だったのですね」

 感心するように呟くジュワンの声に、さくらは顔を上げた。相変わらず彼はにっこりと笑っている。

「大丈夫ですよ。私が付いています」

 ジュワンはそっとさくらに手を差し伸べた。だが、さくらはジュワンの手を取らず、俯いてしまった。ジュワンは小さく溜息をつくと、優しくさくらの手を取った。

「あまり、手荒な真似はしたくなかったのですよ・・・」

「?」
 
 さくらは顔を上げた。やっぱりジュワンは微笑んでいる。聞き間違いかと思って首を傾げた時、後ろから口をふさがれた。次の瞬間、さくら崩れるようにジュワンに倒れ掛かった。

 ジュワンはさくらを支えると、自分のマントの中に隠し、馬車へ乗り込んだ。馬車は何事もなかったかのように走り去っていった。
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