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第三章
19.ノアの苦悩
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花火の夜以来、さくらはよくジュワンに会うようになった。ジュワンはノアの忠告を受け、母の花園以外は第一の宮殿内に立入らないようにしていたが、その花園にさくらが訪れ、ジュワンと他愛のないおしゃべりを楽しんだ。
ノアは二人の距離が近づいていくのを苦々しく思っていた。だが、花火の夜のさくらの涙を思い出すと、彼女を咎めるどころか、声を掛ける勇気すら出てこなかった。
ある日、ノアは一人洞窟にやって来た。ここは自分がドラゴンの姿に変えられてからひっそりと身を隠していた場所だ。これからどうすればいいのか不安と恐怖に苛まれ、必死に孤独に耐えていた辛い場所のはずだった。だが、途中からそれが一変した。突然さくらが現れたのだ。
どこからともなく現れたさくらを見て、ノアはすぐに『異世界の王妃』だと気が付いた。イルハンから魔術師のダロスが異世界から王妃を迎えることに成功したと報告を受けていたからだ。
ノアは初めてさくらを見た時、平凡で冴えない女だと思った。リリーのようにハッとするよう美しさもなく、大して賢そうにも見えない。
やはり異世界から来る女など大したことはないと、値踏みするようにさくらに近づき、後ずさりする彼女を池に落としてしまった。詫びのつもりで火を起こしてやったが、恐怖に満ちた眼差を向けられ、改めて自分は醜いドラゴンなのだと思い知らされた。
しかし、この後からが驚きの連続だった。さくらは服を脱ぎだしたかと思うと、火に当たり、居眠りを始めた。さっきまで声も出ないほど怖がっていたドラゴンの前で、なんという無防備さだろうと言葉を失った。そして、もっと驚いたのは次の日だ。果物をもって自分のところにやって来たのだ。前日のように怖がるそぶりは一切見せず、平然と自分に話しかける彼女に驚きを通り越し、拍子抜けしてしまった。
それからというもの、さくらはほぼ毎日やって来た。最初の頃は遠慮がち距離を置いていたが、気が付いた時にはぴったりと自分に寄り添っていた。
本を読む時や居眠りをする時は、常に自分に寄り掛かかり、楽しそうにおしゃべりをしては頭を撫でたり、挙句には抱きついたりする。そんなさくらを可愛いと思うようになるのに時間はかからなかった。
そんなことを思い出しながら洞窟の入り口に来ると、端の方にバスケットに入った果物が置かれていた。それはすべて新鮮で、最近置かれたものだと思われた。きっとさくらが持ってきたのだろう。さくらは未だに自分の帰りを待っているのだ。そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。
(打ち明けるべきだろうか・・・)
ノアは自問した。さくらはこのまま自分を待ち続けるかもしれない。自分が人でいる限り、絶対に会うことのないドラゴンの身を案じながら、毎日ここに通い続けるかもしれない。それともいつか諦めるだろうか・・・。
ノアは果物を一つとると、池の前に座り、そのまま仰向けに寝転んだ。
(・・・いつか忘れ去られるだろうか・・・)
ドラゴンの姿でいた時間は、確かに地獄だった。化け物の自分がおぞましく、真っ暗な未来をどう生きていくか、考えることも辛い日々で、今すぐにでも消したい過去だ。しかし、さくらと過ごした時間だけは、絶対に忘れたくない。忘れられないし、忘れてほしくない。
そう思いながら、持ってきた果物を見つめた。ノアが手に取ったのはリンゴだった。初めてさくらから差し出された果物だ。ノアはそれを自分の胸に置いた。そして両手を枕にすると、目を閉じた。
☆彡
いつものようにさくらが洞窟にやってくると、ノアが池の前に寝転んでいたので、驚いて小さく悲鳴を上げた。その悲鳴に驚いて、ノアは飛び起きた。あまりにも深く思いに耽っていて、さくらの足音に気が付かなかった。
「・・・」
「・・・」
「なんでこんなところにいるんですか?」
気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのはさくらだった。このまま無視しようかとも思ったが、流石にそれはもっと気まずくて耐えられそうになかったのだ。とは言っても、フェスタのことを思い出すと、とても穏やかな気持ちにはなれず、つい非難めいた口調になってしまった。
ノアはムッとしたように、
「ここは俺の城だ。どこにいるのも勝手だろう」
と言うとそっぽを向いてしまった。さくらは思わず生ぬるい視線をノアに向けた。
「そりゃ、そうですねー、失礼しましたー」
乾いた口調で答えると、洞窟の入口に行った。そして、今持ってきた果物を袋から出すと、バスケットの中身と入れ替えた。その様子をノアは何とも言えない気持ちで見つめていた。
(まったく、王子様かっ!・・・ってか、国王様か。もっと偉かったわ)
さくらは、ノアの俺様態度に心の中でぶちぶち文句を言いながら、果物を入れ替えていたが、急に何か閃いたかのように、ガバッと立ち上がると、ノアに振り向いた。
(もしかして!!)
ノアは二人の距離が近づいていくのを苦々しく思っていた。だが、花火の夜のさくらの涙を思い出すと、彼女を咎めるどころか、声を掛ける勇気すら出てこなかった。
ある日、ノアは一人洞窟にやって来た。ここは自分がドラゴンの姿に変えられてからひっそりと身を隠していた場所だ。これからどうすればいいのか不安と恐怖に苛まれ、必死に孤独に耐えていた辛い場所のはずだった。だが、途中からそれが一変した。突然さくらが現れたのだ。
どこからともなく現れたさくらを見て、ノアはすぐに『異世界の王妃』だと気が付いた。イルハンから魔術師のダロスが異世界から王妃を迎えることに成功したと報告を受けていたからだ。
ノアは初めてさくらを見た時、平凡で冴えない女だと思った。リリーのようにハッとするよう美しさもなく、大して賢そうにも見えない。
やはり異世界から来る女など大したことはないと、値踏みするようにさくらに近づき、後ずさりする彼女を池に落としてしまった。詫びのつもりで火を起こしてやったが、恐怖に満ちた眼差を向けられ、改めて自分は醜いドラゴンなのだと思い知らされた。
しかし、この後からが驚きの連続だった。さくらは服を脱ぎだしたかと思うと、火に当たり、居眠りを始めた。さっきまで声も出ないほど怖がっていたドラゴンの前で、なんという無防備さだろうと言葉を失った。そして、もっと驚いたのは次の日だ。果物をもって自分のところにやって来たのだ。前日のように怖がるそぶりは一切見せず、平然と自分に話しかける彼女に驚きを通り越し、拍子抜けしてしまった。
それからというもの、さくらはほぼ毎日やって来た。最初の頃は遠慮がち距離を置いていたが、気が付いた時にはぴったりと自分に寄り添っていた。
本を読む時や居眠りをする時は、常に自分に寄り掛かかり、楽しそうにおしゃべりをしては頭を撫でたり、挙句には抱きついたりする。そんなさくらを可愛いと思うようになるのに時間はかからなかった。
そんなことを思い出しながら洞窟の入り口に来ると、端の方にバスケットに入った果物が置かれていた。それはすべて新鮮で、最近置かれたものだと思われた。きっとさくらが持ってきたのだろう。さくらは未だに自分の帰りを待っているのだ。そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。
(打ち明けるべきだろうか・・・)
ノアは自問した。さくらはこのまま自分を待ち続けるかもしれない。自分が人でいる限り、絶対に会うことのないドラゴンの身を案じながら、毎日ここに通い続けるかもしれない。それともいつか諦めるだろうか・・・。
ノアは果物を一つとると、池の前に座り、そのまま仰向けに寝転んだ。
(・・・いつか忘れ去られるだろうか・・・)
ドラゴンの姿でいた時間は、確かに地獄だった。化け物の自分がおぞましく、真っ暗な未来をどう生きていくか、考えることも辛い日々で、今すぐにでも消したい過去だ。しかし、さくらと過ごした時間だけは、絶対に忘れたくない。忘れられないし、忘れてほしくない。
そう思いながら、持ってきた果物を見つめた。ノアが手に取ったのはリンゴだった。初めてさくらから差し出された果物だ。ノアはそれを自分の胸に置いた。そして両手を枕にすると、目を閉じた。
☆彡
いつものようにさくらが洞窟にやってくると、ノアが池の前に寝転んでいたので、驚いて小さく悲鳴を上げた。その悲鳴に驚いて、ノアは飛び起きた。あまりにも深く思いに耽っていて、さくらの足音に気が付かなかった。
「・・・」
「・・・」
「なんでこんなところにいるんですか?」
気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのはさくらだった。このまま無視しようかとも思ったが、流石にそれはもっと気まずくて耐えられそうになかったのだ。とは言っても、フェスタのことを思い出すと、とても穏やかな気持ちにはなれず、つい非難めいた口調になってしまった。
ノアはムッとしたように、
「ここは俺の城だ。どこにいるのも勝手だろう」
と言うとそっぽを向いてしまった。さくらは思わず生ぬるい視線をノアに向けた。
「そりゃ、そうですねー、失礼しましたー」
乾いた口調で答えると、洞窟の入口に行った。そして、今持ってきた果物を袋から出すと、バスケットの中身と入れ替えた。その様子をノアは何とも言えない気持ちで見つめていた。
(まったく、王子様かっ!・・・ってか、国王様か。もっと偉かったわ)
さくらは、ノアの俺様態度に心の中でぶちぶち文句を言いながら、果物を入れ替えていたが、急に何か閃いたかのように、ガバッと立ち上がると、ノアに振り向いた。
(もしかして!!)
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