上 下
79 / 98
第三章

19.ノアの苦悩

しおりを挟む
 花火の夜以来、さくらはよくジュワンに会うようになった。ジュワンはノアの忠告を受け、母の花園以外は第一の宮殿内に立入らないようにしていたが、その花園にさくらが訪れ、ジュワンと他愛のないおしゃべりを楽しんだ。

 ノアは二人の距離が近づいていくのを苦々しく思っていた。だが、花火の夜のさくらの涙を思い出すと、彼女を咎めるどころか、声を掛ける勇気すら出てこなかった。

 ある日、ノアは一人洞窟にやって来た。ここは自分がドラゴンの姿に変えられてからひっそりと身を隠していた場所だ。これからどうすればいいのか不安と恐怖に苛まれ、必死に孤独に耐えていた辛い場所のはずだった。だが、途中からそれが一変した。突然さくらが現れたのだ。

 どこからともなく現れたさくらを見て、ノアはすぐに『異世界の王妃』だと気が付いた。イルハンから魔術師のダロスが異世界から王妃を迎えることに成功したと報告を受けていたからだ。

 ノアは初めてさくらを見た時、平凡で冴えない女だと思った。リリーのようにハッとするよう美しさもなく、大して賢そうにも見えない。
 やはり異世界から来る女など大したことはないと、値踏みするようにさくらに近づき、後ずさりする彼女を池に落としてしまった。詫びのつもりで火を起こしてやったが、恐怖に満ちた眼差を向けられ、改めて自分は醜いドラゴンなのだと思い知らされた。

 しかし、この後からが驚きの連続だった。さくらは服を脱ぎだしたかと思うと、火に当たり、居眠りを始めた。さっきまで声も出ないほど怖がっていたドラゴンの前で、なんという無防備さだろうと言葉を失った。そして、もっと驚いたのは次の日だ。果物をもって自分のところにやって来たのだ。前日のように怖がるそぶりは一切見せず、平然と自分に話しかける彼女に驚きを通り越し、拍子抜けしてしまった。

 それからというもの、さくらはほぼ毎日やって来た。最初の頃は遠慮がち距離を置いていたが、気が付いた時にはぴったりと自分に寄り添っていた。
 本を読む時や居眠りをする時は、常に自分に寄り掛かかり、楽しそうにおしゃべりをしては頭を撫でたり、挙句には抱きついたりする。そんなさくらを可愛いと思うようになるのに時間はかからなかった。

 そんなことを思い出しながら洞窟の入り口に来ると、端の方にバスケットに入った果物が置かれていた。それはすべて新鮮で、最近置かれたものだと思われた。きっとさくらが持ってきたのだろう。さくらは未だに自分の帰りを待っているのだ。そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。

(打ち明けるべきだろうか・・・)

 ノアは自問した。さくらはこのまま自分を待ち続けるかもしれない。自分が人でいる限り、絶対に会うことのないドラゴンの身を案じながら、毎日ここに通い続けるかもしれない。それともいつか諦めるだろうか・・・。

 ノアは果物を一つとると、池の前に座り、そのまま仰向けに寝転んだ。

(・・・いつか忘れ去られるだろうか・・・)

 ドラゴンの姿でいた時間は、確かに地獄だった。化け物の自分がおぞましく、真っ暗な未来をどう生きていくか、考えることも辛い日々で、今すぐにでも消したい過去だ。しかし、さくらと過ごした時間だけは、絶対に忘れたくない。忘れられないし、忘れてほしくない。
 そう思いながら、持ってきた果物を見つめた。ノアが手に取ったのはリンゴだった。初めてさくらから差し出された果物だ。ノアはそれを自分の胸に置いた。そして両手を枕にすると、目を閉じた。


☆彡


 いつものようにさくらが洞窟にやってくると、ノアが池の前に寝転んでいたので、驚いて小さく悲鳴を上げた。その悲鳴に驚いて、ノアは飛び起きた。あまりにも深く思いに耽っていて、さくらの足音に気が付かなかった。

「・・・」

「・・・」

「なんでこんなところにいるんですか?」

 気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのはさくらだった。このまま無視しようかとも思ったが、流石にそれはもっと気まずくて耐えられそうになかったのだ。とは言っても、フェスタのことを思い出すと、とても穏やかな気持ちにはなれず、つい非難めいた口調になってしまった。

 ノアはムッとしたように、

「ここは俺の城だ。どこにいるのも勝手だろう」

と言うとそっぽを向いてしまった。さくらは思わず生ぬるい視線をノアに向けた。

「そりゃ、そうですねー、失礼しましたー」

 乾いた口調で答えると、洞窟の入口に行った。そして、今持ってきた果物を袋から出すと、バスケットの中身と入れ替えた。その様子をノアは何とも言えない気持ちで見つめていた。

(まったく、王子様かっ!・・・ってか、国王様か。もっと偉かったわ)

 さくらは、ノアの俺様態度に心の中でぶちぶち文句を言いながら、果物を入れ替えていたが、急に何か閃いたかのように、ガバッと立ち上がると、ノアに振り向いた。

(もしかして!!)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

この度、変態騎士の妻になりました

cyaru
恋愛
結婚間近の婚約者に大通りのカフェ婚約を破棄されてしまったエトランゼ。 そんな彼女の前に跪いて愛を乞うたのは王太子が【ド変態騎士】と呼ぶ国一番の騎士だった。 ※話の都合上、少々いえ、かなり変態を感じさせる描写があります。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

捨てられ令嬢は、異能の眼を持つ魔術師になる。私、溺愛されているみたいですよ?

miy
ファンタジー
アンデヴァイセン伯爵家の長女であるイルシスは、『魔眼』といわれる赤い瞳を持って生まれた。 魔眼は、眼を見た者に呪いをかけると言い伝えられ…昔から忌み嫌われる存在。 邸で、伯爵令嬢とは思えない扱いを受けるイルシス。でも…彼女は簡単にはへこたれない。 そんなイルシスを救おうと手を差し伸べたのは、ランチェスター侯爵家のフェルナンドだった。 前向きで逞しい精神を持つ彼女は、新しい家族に出会い…愛されていく。 そんなある日『帝国の砦』である危険な辺境の地へ…フェルナンドが出向くことに。 「私も一緒に行く!」 異能の能力を開花させ、魔術だって使いこなす最強の令嬢。 愛する人を守ってみせます! ※ご都合主義です。お許し下さい。 ※ファンタジー要素多めですが、間違いなく溺愛されています。 ※本編は全80話(閑話あり)です。 おまけ話を追加しました。(10/15完結) ※この作品は、ド素人が書いた2作目です。どうか…あたたかい目でご覧下さい。よろしくお願い致します。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

処理中です...