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第三章

15.嫉妬

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 ノアはジュワンにさくらのことは伝えてなった。異母兄弟とは言え、身内なのだから『異世界の王妃』を迎えたことを伝えることは礼儀に叶う。しかし逆に言えば、異母兄弟とは言え、もはやローランドを出ている者に極秘である『異世界の王妃』の存在をわざわざ教える必要もない。ましてや、相手は属国とは言え、一国の王である。ノアは迷わず後者を選んでいた。何より人好きする兄をさくらに会わせたくなかった。

 秘書を通し、ジュワンに第一の宮殿に立入るのは控えるように伝えたのは、食後であり、ジュワンがさくらを見かけた後だった。ジュワンにとってその忠告が、返ってさくらが『異世界の王妃』であるという疑惑を強めることになっていた。

 翌日、第二の宮殿内にジュワンの姿がないことに、不安を覚えたノアは、急いで第一の宮殿に向かった。ノアの不安は的中した。仲良く庭園を散歩している二人を見つけたのだ。ジュワンは話術に長けている。楽しそうに笑って話を聞いているさくらを見て、ノアは激しい嫉妬に襲われた。

 怒りに満ちた目で二人を睨みつけていると、その強い視線にさくらが気付き、目が合った。さくらはスッと目を逸らした。その行為がノアの感情を逆なでした。

 つかつかっと勢いよく近づいてくるノアに、ジュワンも気が付き、にこやかに挨拶した。そして、ノアの許しもなく、第一王妃と親交を深めたことを詫びた。

「しかし、気さくなお方ですね、さくら様は。私のような庶子にも、偏見なく接してくださるお優しい方だ。このような方が第一王妃とは、このローランドも安泰ですね」

 ジュワンは、にっこり笑ってさくらを見た。さくらは分不相応の誉め言葉に、むずがゆい思いをしたが、ジュワンの笑みに、思わず微笑み返した。その微笑みが、ノアの理性を崩壊させるのは簡単だった。
 ノアは、さくらの腕を掴み、自分の方へ強引に引き寄せた。

「用があるので、失礼する」

 低い声で一言そう言うと、踵を返し、歩き出した。さくらは抵抗するが、力が強くて全く離れない。引きずられながらも後ろを振り向き、ジュワンにペコリと会釈をした。
 突然のことに目を丸くしていたジュワンだが、引きずられるさくらに、

「また会いましょう」

と手を振った。さくらも手を振り返した。その態度にノアの怒りはさらに高まった。さくらを握る手に力がこもり、足も速くなる。さくらはほとんど小走り状態で、ノアに連れて行かれ、建物内に入ったところでやっと解放された。

 ノアはさくらを放り投げるように手を離すと、

「どういうつもりだ」

とさくらを睨みつけた。さくらはノアの剣幕に一瞬怯んだが、スッと目をそらした。

「何のことですか?」

「とぼけるな!なぜ奴と一緒にいる?」

 ノアはさくらの態度に腹が立ち、思わず声を荒げた。

「は? なぜ一緒にいてはいけないんです? あの方は陛下のお兄様でしょう?」

 さくらも負けじと、反論した。

「兄と言っても腹違いだ!」

 ノアは叫ぶように怒鳴った。

「だから何ですか? お兄様には変わりないでしょう?」

 屈することなく言い返すさくらを、ノアは壁まで追い込んだ。バンッと大きな音を立てて、さくらの顔横すれすれの壁に手を付いた。

「兄とは言え、王妃が国王以外の男と親しくするのは非常識だ!」

 ノアはさくらに覆いかぶさるように、もう片方の手も壁に付けると、さくらを睨みつけた。さくらも負けてなかった。渾身の力を込めて、ノアを睨み返した。その時、ノアの黒い瞳が熱く揺れていることに気が付いた。さくらは思わずその瞳に吸い込まれてしまった。

 気が付いたときにはノアに唇を奪われていた。必死に抵抗するも、しっかり両頬を押さえられ離してもらえない。ノアの胸をドンドン叩き、押し返そうとしても、逞しい胸はビクともしない。それどころか、片手を後頭部に、もう片方の手を腰に回され、ますます口づけが深くなっていく。割って入ってくる舌を必死に避けるが、あっさり捕まってしまう。むさぼるようなノアの激しい口づけに、さくらの理性は飛びそうになった。

 さくらは残っている僅かな理性を奮い立たせると、ノアの向う脛を思いっきり蹴った。

「くっ・・・!」

 さくらはノアが一瞬怯んだ隙に、思いきり突き飛ばすと、彼の腕から逃れた。そして、キッと睨みつけ、

「最低!!」

と叫んだ。ノアは辛そうに顔を歪めた。それは足を蹴られた痛さを耐えている顔ではなかった。だが次の瞬間には、さくらを睨みつけ、

「俺はお前の夫だ!」

もう一度さくらの腕を掴もうとした。さくらはそれを振り払うと、

「浮気するような夫なんて、私はいらない!」

 さくらはそう叫ぶと、その場を走り去っていった。

 ノアはさくらを追うことができなかった。ガンッと壁を叩くと、その場で頭を抱えて、暫くその場に佇んでいた。
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