ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼

文字の大きさ
上 下
70 / 98
第三章

10.ノアの恋人

しおりを挟む
 ノアと対峙している美しい女性はリリーだった。そして、この場所はノアとリリーの密会場所だった。二人はなるべく城下で会うようにしているが、城内で密会するときはこの場所でいつも落ち合っていた。

 リリーは、ノアが長い間自分と連絡を取らなかったことを攻めていた。どんなに心配したかを優しく穏やかな口調で訴えるリリーに対し、ノアは素直に詫びた。

「でも、こうしてお会いできて本当によろしゅうございました。体調もお戻りのようですね。以前は少しお窶れのようで、本当に心配いたしました」

 リリーは本当に心底安心したように言うと、少し首をかしげて微笑んだ。

「何か私に落ち度があって、会ってくださらないのかもっていう心配もしましたのよ」

「リリーに落ち度など・・・」

 ノアは口ごもった。リリーはそんなノアの手を取ると、

「またすぐに城下でお会いできますわよね? ご一緒したい場所がありますの」

 にっこりと笑った。ノアは少し困惑した顔でリリーを見た。

「・・・そうしたいが、最近忙しい。そう簡単に時間が取れそうにない・・・」

 ノアは言葉を濁した。それを聞いてリリーはとても悲しそうな顔をして俯いた。ノアは後ろ暗い気持ちになって、

「九月のフェスタもある。それまではどうしても仕事が立て込んでしまう。すまない」

と咄嗟に言い訳した。リリーは掴んでいるノアの手をぎゅっと握ると、顔を上げた。

「では、九月のフェスタは絶対ご一緒してくださいね! ずっと前から楽しみにしていましたもの。今年も一緒に花火を見たいって!」

 普段は穏やかで物腰が柔らかいリリーの強い口調に、ノアは驚いて、つい、

「分かった」

と答えてしまった。

 その言葉がさくらにも聞こえ、思わず息を呑んだ。そして無意識に木の陰から二人を伺うと、ノアの返事に喜んだリリーが、軽く背伸びをして、ノアに口づけをしているところだった。


☆彡


 突然の口づけに驚いているノアに、リリーはにっこりとほほ笑んだ。丁度その時、庭園の方からリリーを探している声が聞こえた。

「約束ですよ」

 リリーは微笑みを絶やさないままそう言うと、その声の方にゆっくりと歩いて行った。

 リリーの背中を見送りながら、ノアは小さく溜息をついた。フェスタはさくらと行くと決めていたのに、リリーの誘いを断れなかったことが悔やまれた。できるのであれば、さくらと行きたかったのだ。

 今のノアの心はほとんどさくらで占領されていた。リリーのことを忘れたわけではなかったが、ドラゴンでいる間、真っ黒な暗闇の世界を、一気に明るく照らしてくれたさくらの存在は、ノアの中であまりにも大きかった。

 リリーには二か月以上の間、まともに会うこともできず、不安にさせていたにも関わらず、人の姿に戻ってからも、今日まで自ら会おうとは思い至らなかった。今日もリリーからの伝書鳩の伝言で会うことになったのだ。それほどまでに、今のノアにはさくらしか見えていなかった。

 しかし、リリーを邪険にすることは絶対にできなかった。彼女は自分の恋人であり、第二王妃に迎えるつもりの女性であることには変わりない。それに自分をどれだけ想ってくれているかも知っている。今まで彼女を放っておいたことを、今更ながら申し訳なく思うと、もう一度大きく溜息をついた。

 その時、後ろで何か物音がして振り返った。何も見当たらなかったが、よく見ると木の陰から、ドレスの裾が見えて息を呑んだ。さくらが思わずしゃがみこんだ音だった。

 そこには木に寄りかかるように座り、ボーっと空を見ているさくらがいた。ノアは一瞬言葉が出なかった。黙ったままさくらを見ていると、そんなノアに気付いたように、チラッと目を向けた。だが、さくらはすぐに目をそらし、無言で立ち上がると、箱庭の方へ戻って行った。ノアは慌てて追いかけた。

 追いかけてくるのが分かったさくらは、足を引きずりながら走った。

(だめだ。今は顔を見れない!)

 さくらは必死に走ったが、痛めた足はだいぶ良くなったとはいえ、流石に無理があった。とうとう、噴水の近くで躓いて転んでしまった。追い付いたノアがすぐにさくらを抱えて起こそうとするが、さくらはそれを無言で振り払った。そして立ち上がると、ノアに向かい深く頭を下げた。

「第一の宮殿から出てしまったことと、そのつもりはなくても、お二人のお話を盗み聞きした形になってしまったこと、謝ります。申し訳ありませんでした」

 そう言うと、ノアの顔を見ることなく、歩き出した。ノアはその他人行儀な態度に、一瞬固まったが、すぐに我に返り、さくらの腕を掴んだ。

「触らないで!」

 さくらは叫んで、ノアの手を振り払った。そして今度はしっかりとノアを見つめた。その目には涙が溜まっていた。さくらの涙にノアは再び固まった。

「てっきり陛下も私と同じ気持ちでいてくれると思っていたのに・・・。浮かれていたのは私だけだったなんて・・・。ホント、バカみたい」

 さくらの頬を溜まっていた涙が流れ落ちた。

「私なんて・・・、あの方の前では、あっさり約束を破られてしまう程度の・・・、そんな程度の存在だったんですね・・・」

 最後の方は声も掠れて、言葉にならなかった。そんなさくらにノアは完全に言葉を失い、立ち尽くした。

「陛下のお顔は、もう見たくありません・・・」

 さくらは顔を背けると、ゆっくりは箱庭から出て行った。ノアは足が地面に縫い取られたように身動きが取れず、立ち尽くしたまま、さくらを見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...