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第三章

3.洞窟へ

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 帰国してからのノアは、今まで王座を空けていた分、公務に追われ、多忙な日々を送っていた。その上、さくらの足の怪我が想像以上に酷いため、完治するまで夫婦としての生活は先送りされた。
 
 ノアはそれが面白くなかった。正直、すぐにでもさくらを抱きたかった。ドラゴンだった時から、時々、無性にさくらが欲しくなる感情と必死に戦っていた。そして今、やっと人としてさくらの前にいるのだ。それも夫として。

「はぁー・・・」

 ノアは自分の執務室の机で両手を前に組み、それに頭を付けて、大きな溜息をついた。ドラゴンだった時は常に一緒にいたのに、今は多忙過ぎて、さくらに会うこともままならない。ノアは横目で机の上の書類の山を睨みつけた。

 一方、さくらは三日間ほど寝たきり状態だったが、四日目にはリハビリと称して、城の中を徘徊し始めた。手始めに図書室に通うようになり、もう少し歩けるようになると、庭園にも出てみた。

 そこで初めて気が付いたのだが、第一の宮殿内に監視の目が増えていた。今回の事件を受けて、城の警備の強化とさくらの監視が厳しくなったのだった。救助に当たった近衛隊には『異世界の王妃』の存在と、さくら自身が知れ渡ったので、彼らも第一の宮殿内を見回る兵士として加わることになり、さくらの監視役はイルハンだけではなくなった。
 おかげでさくらは顔見知りが増え、監視が強くなっても、あまり苦にならなかった。それだけではない、今はノアがいた。

 ノアは朝夕の食事をさくらと共にし、昼間でも空いている時間を見つけると、さくらに会いに来てくれた。さくらはノアの気遣いがありがたかった。今まで未知の存在の夫に漠然とした不安を抱いていたが、ノアはその不安を吹き飛ばした。
 ノアは常にさくらに紳士的に接し、何かと気を配ってくれた。多少、傲慢で俺様なところもあるが、それは国王なのだから仕方がない、許せる範囲だ。そして何よりもハンサムで頼りがいのある男性だった。彼が自分の夫と思うと鼻が高くなる。たとえ理由はどうであれ、好意を持たれていることは純粋に嬉しかった。


☆彡


 十日ほどたったある日、さくらは図書室に来ていた。まだ杖を突いているが、大分楽に歩けるようになってきた。

 窓辺近くの席で本を読んでいると、一つの影が本の上を通り過ぎた。さくらはハッとなって外を見た。鷹ぐらいの鳥が窓辺の横を飛んで行ったのだった。さくらは思わず窓を開けて、飛んで行った鳥を目で追った。

 途端にさくらはドラゴンのことを思い出した。もちろん忘れていたわけではない。ずっと心に思っていた。だが、小さくなったドラゴンと同じ大きさの鳥を目の前にすると、急に胸が苦しくなるほどの不安に襲われた。

(あの子は、あの大きさで本当に生き延びていけるの?)

 さくらは図書室の窓から見える山を見た。

(もし帰ってきていたら・・・)

 さくらは居ても立ってもいられなくなった。すぐにでも、洞窟に飛んでいきたい気持ちにかられた。だが、まだ杖の助けを借りて歩いている以上、あの洞窟までの道のりを歩くのは難しそうだ。でも・・・。

(いいや、気になる!明日行ってみよう!)

 さくらはそう決心すると、頭の中で明日の計画を立て始めた。

 翌朝、さくらは小さい袋に少しだけ果物を入れて庭園に出た。そして、監視の目を上手く潜り抜け、難なく森の中に入ることに成功した。
 ただ、ここからが難関だった。道らしい道は途中までで、その先はなかなかの獣道だ。何度も通っているので、普通の時のさくらにはどうってことのない道だが、杖を付きながら歩くにはかなりの至難だった。
 痛めた足を庇いながらゆっくりと進んでいき、いつもの倍以上の時間をかけて、やっと洞窟に辿り着いた。

「おーい、ドラゴーン! ここにいるー?!」

 さくらは洞窟の前に立つと、中に向かって声をかけた。もちろん返事はなかった。

「ねえ! ねえってばぁ!」

 さくらは何度も何度も声をかけた。しまいには涙声になり掠れたが、それでも声をかけた。さくらは涙を拭き、袋から果物を出すと、洞窟の入り口に置いた。

「また来るね・・・」

 さくらは洞窟に向かって呟くと、もと来た道を引き返していった。

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