上 下
58 / 98
第二章

29.対の指輪

しおりを挟む
 馬に揺られながら、さくらはこれから先をどうすればよいのか必死になって考えていた。しかし、城が近づくにつれて思考回路がどんどん崩れていく。あっさり捕まった自分の失態を悔やみ、涙が出てきた。この二人の命はどうなるのだろう。自分のせいで殺されてしまうのではないかと思うと不安で胸が押し潰されそうだった。

 ここは何としても国王に頼み込むしかない。さくらはそう考えた。国王に気に入られれば何とかなるかもしれない。プライドなんてかなぐり捨てて、国王陛下の前にひれ伏そう。自分にできることはそれだけだ。
 さくらはそう決心することで、押し潰されそうになる心を何とか保っていた。


☆彡


 とうとうさくらたちは城にたどり着いてしまった。さくらは馬から降ろされると、ガイに伴われ、大きな中庭に通された。ノアもイルハンも連行された。そこには天蓋つきの玉座があり、一人の男が座って待っていた。

 ガイはさくらと共に国王の前に出ると、片膝を付いて頭を下げた。さくらはガイの傍に立ったまま、国王を見つめた。

(この方が国王陛下・・・)

 さくらが佇んだままでいるのに気が付き、ガイは小声でさくらに跪くように指示した。さくらは慌てて両膝をつくと、頭を下げた。

 国王は怪訝そうにボロボロのさくらを見た。そして自分の横にやってきたトムテに何か囁いた。トムテの存在に気付いたノアとイルハンは怒りで体を振るわせた。一方トムテはイルハンには気が付くが、一兵士の形をしているノアには気が付かず、イルハンの部下と思い込んだ。

「さくらと言ったな。面を上げよ」

 太く重厚感のある声が、さくら頭から降り注いできた。さくらは恐る恐る顔を上げた。
その時、すぐ後ろで、ノアとイルハンが無理やり連れて行かれたと思うと、二メートルほどの杭に、それぞれ括り付けられ始めた。さくらは後ろを振り向き、息を呑んだ。

「どこを見ている!」

 国王の声が響き渡り、さくらは慌てて国王の方に向き直った。国王の目はとても冷ややかだった。その冷たい目でさくらをじっくりと観察すると、不意に片手を上げて、誰かに合図をした。

 すると、一人の身なりの良い中年男性がさくらに近づき、おもむろにさくらの左手を手に取った。驚いたさくらは手を引こうとしたが、力強く手首を掴まれ、ビクともしない。男はさくらの指輪を国王に見せるように、左手を上に持ち上げた。

「ローランド王族の指輪でございます。これを外し、我が陛下と対の指輪を身に着けていただけましたら、夫婦として成立し、『異世界の王妃』は我が国のものです」

 中年男がそう説明すると、国王は、頬杖をつき、早くしろとばかり、空いている方の手を雑に振った。中年男は国王に頭を下げると、さくらの手を掴んだまま、近くにある大きな木のテーブルまでやってきた。

 そのテーブルはノアとイルハンが縛られた杭の前に置いてあった。縛られた二人と大きなテーブルを挟んだ状態で向かい合わせに立たされたさくらは、左手をテーブルの上に置かされた。中年男はさくらの手の上に自分の手が重ねると、何やらブツブツと唱え始めた。

 さくらは不審そうにその男を見つめた。初めは何も感じていなかったが、少しすると、自分と魔術師の手の間から、黄色い煙が上がってきた。その途端、薬指に激痛が走り、さくらは堪らず叫び声を上げた。

「さくら!!」

 それを見てノアが叫んだ。その声にトムテが反応した。聞いたことがある声だ。思わず、目を細め、イルハンの部下と思っていた男をよく観察した。その男がまぎれもないノアだと分かると、嬉々として喜んだ。ローランド王国も一緒に亡き者にできる願ってもいないチャンスだと、体が喜びで震えた。

 さくらは激痛に耐え、必死で声を抑えた。自分の寝巻の袖口を噛み、歯を食いしばった。しかし、指の肉ごと剥がそうとするかのような激痛に耐えきれず、とうとう絶叫した。

 その時、魔術師の手がさくらから離れた。途端に嘘のように痛みが消えた。さくらは脱力して呆けた状態で自分の指を見た。痛みの涙で歪む視界の中、指輪は変わらずさくらの薬指にはまっていた。

 さくらの足元には、魔術師が汗だくで意識朦朧となってへたり込み、恐れるようにさくらを見ると、

「術が・・・効かない・・・」

と呟いて、気を失ってしまった。

「どういうことだ?」

 この想定外の事態に、国王は隣に立っているトムテに尋ねた。静かだが、恐ろしく低い声だった。トムテは背筋に冷たいものが流れるのを感じたが、すぐに気を取り直し、

「まだ手段はございます」

と恭しく王に頭を下げた。

「夫婦の証は共通の指輪でございます。さくら殿の指輪が外れぬのであれば、その対の指輪を陛下のものにすればいいだけの事・・・」

 トムテの言うことに、国王は怪訝そうな顔を向けた。トムテはニヤッと口角をあげると、

「あの男の指輪を外し、国王の指輪になさいませ! あの男はノアです!」

 そう叫ぶと、ノアを指差した。

「なに!?」

 流石のゴンゴ国王も驚き、思わず立ち上がった。そしてトムテが指差した男を見た。
その男は臆せずに、国王である自分を鬼の形相で睨んでいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】一生一緒呪物~一生この愛をてばなさないで、呪(じゅ)ッ♡~

夏伐
ファンタジー
愛し合う二人に祝福を! 最近、この国では若い貴族の『婚約破棄』が流行っている。 その秘密は私の目の前にある二種類の指輪のせいだ。 『一対しか存在しない美しい指輪(オリジナル)』と『量産された婚約指輪』だ。 この指輪を売りさばき、そして回収する。 それだけで呪いはこの国をおびやかしている。茶番が基盤を揺るがすのだ。 ※カクヨムにも投稿しています。 ※この物語はフィクションであり、この世に存在する全ての人物・団体・グッズも含めて関係ありません。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...