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第二章
24.放置
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温泉で体をしっかり温めると、さくらは半渇きの寝巻を着て、ドラゴン親子に声を掛けた。
「あの、そろそろ帰りませんか?」
ノアがイルハンと合流ができれば、すぐに自分を迎えに来るはずだ。戻ったときに自分がいなかったら、どれほど心配するだろう。しかし、ドラゴンは気持ちよさそうに目をつむり、さくらを無視した。
「そろそろ帰らないと。人が迎えに来るはずなんです。返してもらえませんか?」
さくらはもう一度ドラゴンに声をかけた。するとドラゴンはうるさいとばかりに、さくらに背を向けてしまった。
(うそ・・・)
これにはさくらも面食らってしまった。
「あの滝の場所まで返してもらわないと困るんです!」
さくらはドラゴンの背中に向かって叫んだ。ドラゴンは面倒臭そうに、顔だけ振り向くと
「勝手に行けばよいだろう」
と言い放ち、また背中を向けてしまった。
「一人じゃ無理ですよ!!」
さくらは叫んだが、ドラゴンは振り向かない。
「勝手に連れてきておいて、それはないですよ!ちょっとあんまりじゃないですか!」
さくらはドラゴンの顔が見える位置に移動し、面と向かって叫んだ。するとドラゴンは目を細めてさくらを睨んだ。さくらは背中にゾクッ冷気が走り、思わず後ずさりした。
「勝手に私の住処に入り込んで、殺されなかっただけでもありがたく思え」
ドラゴンの目線は冷たかった。自分の知っている瞳と同じ緑色なのに、この親ドラゴンの瞳には温かみを感じなかった。さくらは自分が受け入れられたわけではないと思い知った。
さくらは仕方なく、戻る方向だけでも教えてほしいと頼んだ。
「この山を西に降りれば城にでる。そのまま森へ入り、南西に向かえばいい」
「お城に出たらまずいんです!私はお城から逃げてきたので!」
「では東に迂回していけばいい」
(・・・東・・・。太陽は・・・?)
夜が明けてから二時間くらい経ったろうか。まだ太陽は東寄りにあるはずだ。さくらは空を見上げると絶望した。今にも雨が降りそうな曇天の空が広がり、太陽が全く見えなかった。
さくらは途方に暮れて立ち尽くした。東西南北も分からない自分の無能さと、親ドラゴンに見捨てられた悲しさで、じわじわ涙が浮かんできた。
「・・・。逃がしてやるのに、何故泣く?」
ドラゴンは少し不思議そうに聞いてきた。
「・・・東の方向が分からないんです・・・。それに、私、方向音痴で一人じゃ無理なんです・・・。助けてくれませんか?」
ドラゴン面倒臭そうに、東の方向だけ顎で教えてくれた。それ以上の助けはなかった。
さくらは、イルハンが言っていた『ドラゴンは邪悪とは言わないまでも善意は持っていない』という言葉を思い出した。このドラゴンにとって、さくらを開放するだけでも、きっと多大なる善意なのだと思い、これ以上は諦めた。
ドラゴンにペコリと頭をさげると、教えてもらった『とりあえず東』の方向に足を向けた。
☆彡
ノアには不思議なことが起きていた。朝日がすでに昇っているのに、自分は人の姿のままだったのだ。
魔法でドラゴンの姿にされて以来、新月の夜から朝日が昇るまでの間だけ、人の姿に戻れていたのだ。しかし、今は全身に朝日を浴びているのにもかかわらず、ドラゴンの姿に戻っていなかった。
(恐らく、首輪と三本の腕輪が外れたからだろう・・・)
この五つのリング。このリングこそが、ノアにかけられた呪縛であった。このリングのせいでノアは醜いドラゴンの姿に変えられ、新月の一時しか人の姿に戻れない呪いが掛けられていたのだ。そして、その呪縛を解放したのは、まぎれもなくさくらだった。いくら魔術の砲弾をまともに受け、リングに傷がついたとしても、そう簡単に割れるような代物でないはずだった。
今までも幾度も外そうと試みたが、リングは肌にピタッと吸い付き、まったく動かなかった。それでも無理やり壊そうすると、リングは熱く熱を帯び、とても触っていられない状態になる。結果、毎回断念せざるを得なかった。それをさくらは、いとも簡単に割ってしまったのだ。
(本当にさくらは魔術を回避する力があるのかもしれない・・・)
イザベルという女の魔法の扇も破り捨てていた。全く魔術など意に介してないように。もしかしたら、異世界人のさくらには、こちらの魔術は効かないものなのかもしれない。
しかし、今は余計なことを考えている暇はなかった。皮肉なことだが、現時点ではドラゴンに戻れないことは不利だった。鷲程度の大きさの自分であれば、敵の兵に気付かれることなく、比較的簡単にイルハンを見つけることができると考えていたのだ。
イルハンは優秀な兵士だ。そう簡単に敵に捕まるはずがない。自分と同じように逃げ延びて、入江に向かってはずだ。
ノアは周りに細心の注意を払いながら、イルハンを探し始めた。
「あの、そろそろ帰りませんか?」
ノアがイルハンと合流ができれば、すぐに自分を迎えに来るはずだ。戻ったときに自分がいなかったら、どれほど心配するだろう。しかし、ドラゴンは気持ちよさそうに目をつむり、さくらを無視した。
「そろそろ帰らないと。人が迎えに来るはずなんです。返してもらえませんか?」
さくらはもう一度ドラゴンに声をかけた。するとドラゴンはうるさいとばかりに、さくらに背を向けてしまった。
(うそ・・・)
これにはさくらも面食らってしまった。
「あの滝の場所まで返してもらわないと困るんです!」
さくらはドラゴンの背中に向かって叫んだ。ドラゴンは面倒臭そうに、顔だけ振り向くと
「勝手に行けばよいだろう」
と言い放ち、また背中を向けてしまった。
「一人じゃ無理ですよ!!」
さくらは叫んだが、ドラゴンは振り向かない。
「勝手に連れてきておいて、それはないですよ!ちょっとあんまりじゃないですか!」
さくらはドラゴンの顔が見える位置に移動し、面と向かって叫んだ。するとドラゴンは目を細めてさくらを睨んだ。さくらは背中にゾクッ冷気が走り、思わず後ずさりした。
「勝手に私の住処に入り込んで、殺されなかっただけでもありがたく思え」
ドラゴンの目線は冷たかった。自分の知っている瞳と同じ緑色なのに、この親ドラゴンの瞳には温かみを感じなかった。さくらは自分が受け入れられたわけではないと思い知った。
さくらは仕方なく、戻る方向だけでも教えてほしいと頼んだ。
「この山を西に降りれば城にでる。そのまま森へ入り、南西に向かえばいい」
「お城に出たらまずいんです!私はお城から逃げてきたので!」
「では東に迂回していけばいい」
(・・・東・・・。太陽は・・・?)
夜が明けてから二時間くらい経ったろうか。まだ太陽は東寄りにあるはずだ。さくらは空を見上げると絶望した。今にも雨が降りそうな曇天の空が広がり、太陽が全く見えなかった。
さくらは途方に暮れて立ち尽くした。東西南北も分からない自分の無能さと、親ドラゴンに見捨てられた悲しさで、じわじわ涙が浮かんできた。
「・・・。逃がしてやるのに、何故泣く?」
ドラゴンは少し不思議そうに聞いてきた。
「・・・東の方向が分からないんです・・・。それに、私、方向音痴で一人じゃ無理なんです・・・。助けてくれませんか?」
ドラゴン面倒臭そうに、東の方向だけ顎で教えてくれた。それ以上の助けはなかった。
さくらは、イルハンが言っていた『ドラゴンは邪悪とは言わないまでも善意は持っていない』という言葉を思い出した。このドラゴンにとって、さくらを開放するだけでも、きっと多大なる善意なのだと思い、これ以上は諦めた。
ドラゴンにペコリと頭をさげると、教えてもらった『とりあえず東』の方向に足を向けた。
☆彡
ノアには不思議なことが起きていた。朝日がすでに昇っているのに、自分は人の姿のままだったのだ。
魔法でドラゴンの姿にされて以来、新月の夜から朝日が昇るまでの間だけ、人の姿に戻れていたのだ。しかし、今は全身に朝日を浴びているのにもかかわらず、ドラゴンの姿に戻っていなかった。
(恐らく、首輪と三本の腕輪が外れたからだろう・・・)
この五つのリング。このリングこそが、ノアにかけられた呪縛であった。このリングのせいでノアは醜いドラゴンの姿に変えられ、新月の一時しか人の姿に戻れない呪いが掛けられていたのだ。そして、その呪縛を解放したのは、まぎれもなくさくらだった。いくら魔術の砲弾をまともに受け、リングに傷がついたとしても、そう簡単に割れるような代物でないはずだった。
今までも幾度も外そうと試みたが、リングは肌にピタッと吸い付き、まったく動かなかった。それでも無理やり壊そうすると、リングは熱く熱を帯び、とても触っていられない状態になる。結果、毎回断念せざるを得なかった。それをさくらは、いとも簡単に割ってしまったのだ。
(本当にさくらは魔術を回避する力があるのかもしれない・・・)
イザベルという女の魔法の扇も破り捨てていた。全く魔術など意に介してないように。もしかしたら、異世界人のさくらには、こちらの魔術は効かないものなのかもしれない。
しかし、今は余計なことを考えている暇はなかった。皮肉なことだが、現時点ではドラゴンに戻れないことは不利だった。鷲程度の大きさの自分であれば、敵の兵に気付かれることなく、比較的簡単にイルハンを見つけることができると考えていたのだ。
イルハンは優秀な兵士だ。そう簡単に敵に捕まるはずがない。自分と同じように逃げ延びて、入江に向かってはずだ。
ノアは周りに細心の注意を払いながら、イルハンを探し始めた。
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