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第二章
12.王妃奪還
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イルハンは急いでダロスのもとに向かうと、大魔術師は水晶に手をかざし、懸命に何かを唱えていた。その傍らでガンマが鋭い目で水晶を睨んでいる。
「今、陛下に報告して参りました」
ダロスもガンマも、水晶から目を離さず、ただ黙って頷いた。イルハンは少し近くによると、二人からの言葉を待った。
暫く沈黙が続いた。部屋の中は薄暗く、水晶の怪しげな光が異様な存在を放っていた。その光に照らされて、ダロスの額に薄っすらと汗が滲んでいるのが分かる。この大魔術師がここまで苦戦することはあまりないことだ。イルハンはギリギリと歯を食いしばりながら、この沈黙をひたすら耐えた。
もう限界だと、口を開きかけた時、
「王妃の行方は追えん・・・」
とダロスが呟くように言った。イルハンは頭からサーっと血の気の引く音が聞こえた。
「・・・まさか・・・、そのようなことが・・・」
大魔術師ともあろうお方が、自分自身の魔術で呼びよせた人物の行方を追えないとは、到底考えられないことだ。
「じゃが、別の異様な力を感じる・・・」
ダロスの傍らで、水晶を睨みつけるように見つめているガンマが言った。
「そうだ。異様な力だ」
ダロスは水晶に手をかざしながら、ガンマの言葉に続いた。
「恐らく陛下であろう」
「!」
イルハンは息を呑んだ。
「『異様な力』とは? なぜ陛下と断定されないのですか?」
「陛下は今『人間』ではないからだ」
ダロスはちらっとイルハンを見ると、すぐに水晶に目を戻し、
「『人間』であった時の陛下の『気』とまったく違うのだ。呪いでドラゴンに変化させられた今、人としての陛下の『気』を持たぬ」
そう言いうと、水晶に手をかざして目を閉じた。必死で何かの気配を感じ取ろうとしているようだ。
「・・・まったく違う『気』であるが、どこか懐かしいものを感じる。本当に僅かだが・・・」
「それが陛下である証拠じゃよ。見ず知らずの『気』などに、そのようなもの感じ取れん。赤ん坊の頃からの付き合いじゃ、そう簡単に絆は切れんよ」
ガンマはしつこいとでも言いたげにダロスを見ると、イルハンに振り向いた。
「それに、この『気』はかなり怒りに満ちている。奴は激怒しておったろう?」
イルハンは頷いた。
「陛下は、北西へ向かっている・・・」
「北西・・・」
目を閉じたまま、方向を示したダロスの言葉に、イルハンは一つの国が思い浮かんだ。
「ゴンゴ帝国・・・!」
「断定するのはまだ早いがな」
ダロスは目を開けた。
「王妃の行方が分かった上で追っているのであればよいが、ただ闇雲に飛び回っているだけかもしれん。ただ、過去の歴史上、王妃を攫う可能性が最も高い国はゴンゴだ」
その通りだとイルハンは思った。
――ゴンゴ帝国。それはローランド王国から海を挟み、北北西にある国だ。
この国は何度もローランド王国から王妃を誘拐しようとした過去がある。幾度となく未遂に終わるが、三度は成功している。そして、ローランドは、そのうち二度も王妃奪還に失敗していた。異世界の王妃を得た時代、コンゴ帝国は大繁栄を見せた。その過去が、彼らに異世界の王妃へ執着心を強くさせ、王妃を迎える魔術を持つことができないなら、王妃を奪う魔術を磨き上げてきた国であった。
さらに、この帝国は現在、周りの自治権を持っていた小国を武力で攻め入り、巨大な帝国になりつつある。最近は景気も悪く国政は非常に劣悪な状態にもかかわらず、武力に国の財力を注ぎ、次々と小国をものにしている。もちろん、このローランド王国も狙っているはずだ。特異な魔術を受け継ぐこの国は、彼らからしてみれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
「ダロス様。直ちに、戦闘体制を整えるよう、ご命令を!」
ダロスはイルハンに目を移した。
「王妃奪還の名目で戦争が始まってもやむを得ません。このまま王妃を奪われ、ゴンゴ帝国が力を付ければ、次に攻め込んでくるのは我がローランドでしょう。どの道、戦争は避けられません」
「・・・兵の編成までは準備しておこう。そこまでなら元老院のみで可決できる。だが、実際に兵を起動させるには陛下のサインが不可欠だ・・・。」
「・・・」
「朔の日の夜、陛下の呪いが解け、人の姿に戻っている間に、サインをもらわねばならぬ」
イルハンは拳を握り締めた。策の日まではあと数日しかない。それまでに陛下は戻ってくるだろうか。怒りに任せ、そのまま一人でゴンゴへ乗り込む可能性が高い。そう思案していると、
「恐らく陛下は一人でゴンゴへ乗り込むだろう」
ダロスがイルハンの考えを見透かしたように、こちらを見ながら言った。そして、再び水晶に目を移し、手をかざすと、
「怒りで我を忘れておられる・・・」
そう溜息交じりに呟いた。
「その上、強靭なドラゴンである今、一人で奪還できると考えておられるだろうし、それどころか奪還できるかもしれん。イルハン、お前はすぐに陛下を追い、陛下をお助けしろ」
「!」
「近衛隊の中から、屈強な者を数名連れて行け。こちらは兵の体制を整えておく。領海線に艦隊を数基待機させよう」
「はっ!」
イルハンは一礼すると、踵を返し部屋を飛び出した。
☆彡
そこからは早かった。すぐに小隊を編成し、船で北西に繰り出した。
出発前に、ダロスから小箱と書類の入った筒を手渡された。
「人のお姿にお戻りになったらお渡しするように」
「はっ」
イルハンは恭しくそれらを受け取ると、小箱は自分の懐へしまった。
「行って参ります」
そうして、彼らはゴンゴへ向けて出発したのだった。
「今、陛下に報告して参りました」
ダロスもガンマも、水晶から目を離さず、ただ黙って頷いた。イルハンは少し近くによると、二人からの言葉を待った。
暫く沈黙が続いた。部屋の中は薄暗く、水晶の怪しげな光が異様な存在を放っていた。その光に照らされて、ダロスの額に薄っすらと汗が滲んでいるのが分かる。この大魔術師がここまで苦戦することはあまりないことだ。イルハンはギリギリと歯を食いしばりながら、この沈黙をひたすら耐えた。
もう限界だと、口を開きかけた時、
「王妃の行方は追えん・・・」
とダロスが呟くように言った。イルハンは頭からサーっと血の気の引く音が聞こえた。
「・・・まさか・・・、そのようなことが・・・」
大魔術師ともあろうお方が、自分自身の魔術で呼びよせた人物の行方を追えないとは、到底考えられないことだ。
「じゃが、別の異様な力を感じる・・・」
ダロスの傍らで、水晶を睨みつけるように見つめているガンマが言った。
「そうだ。異様な力だ」
ダロスは水晶に手をかざしながら、ガンマの言葉に続いた。
「恐らく陛下であろう」
「!」
イルハンは息を呑んだ。
「『異様な力』とは? なぜ陛下と断定されないのですか?」
「陛下は今『人間』ではないからだ」
ダロスはちらっとイルハンを見ると、すぐに水晶に目を戻し、
「『人間』であった時の陛下の『気』とまったく違うのだ。呪いでドラゴンに変化させられた今、人としての陛下の『気』を持たぬ」
そう言いうと、水晶に手をかざして目を閉じた。必死で何かの気配を感じ取ろうとしているようだ。
「・・・まったく違う『気』であるが、どこか懐かしいものを感じる。本当に僅かだが・・・」
「それが陛下である証拠じゃよ。見ず知らずの『気』などに、そのようなもの感じ取れん。赤ん坊の頃からの付き合いじゃ、そう簡単に絆は切れんよ」
ガンマはしつこいとでも言いたげにダロスを見ると、イルハンに振り向いた。
「それに、この『気』はかなり怒りに満ちている。奴は激怒しておったろう?」
イルハンは頷いた。
「陛下は、北西へ向かっている・・・」
「北西・・・」
目を閉じたまま、方向を示したダロスの言葉に、イルハンは一つの国が思い浮かんだ。
「ゴンゴ帝国・・・!」
「断定するのはまだ早いがな」
ダロスは目を開けた。
「王妃の行方が分かった上で追っているのであればよいが、ただ闇雲に飛び回っているだけかもしれん。ただ、過去の歴史上、王妃を攫う可能性が最も高い国はゴンゴだ」
その通りだとイルハンは思った。
――ゴンゴ帝国。それはローランド王国から海を挟み、北北西にある国だ。
この国は何度もローランド王国から王妃を誘拐しようとした過去がある。幾度となく未遂に終わるが、三度は成功している。そして、ローランドは、そのうち二度も王妃奪還に失敗していた。異世界の王妃を得た時代、コンゴ帝国は大繁栄を見せた。その過去が、彼らに異世界の王妃へ執着心を強くさせ、王妃を迎える魔術を持つことができないなら、王妃を奪う魔術を磨き上げてきた国であった。
さらに、この帝国は現在、周りの自治権を持っていた小国を武力で攻め入り、巨大な帝国になりつつある。最近は景気も悪く国政は非常に劣悪な状態にもかかわらず、武力に国の財力を注ぎ、次々と小国をものにしている。もちろん、このローランド王国も狙っているはずだ。特異な魔術を受け継ぐこの国は、彼らからしてみれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
「ダロス様。直ちに、戦闘体制を整えるよう、ご命令を!」
ダロスはイルハンに目を移した。
「王妃奪還の名目で戦争が始まってもやむを得ません。このまま王妃を奪われ、ゴンゴ帝国が力を付ければ、次に攻め込んでくるのは我がローランドでしょう。どの道、戦争は避けられません」
「・・・兵の編成までは準備しておこう。そこまでなら元老院のみで可決できる。だが、実際に兵を起動させるには陛下のサインが不可欠だ・・・。」
「・・・」
「朔の日の夜、陛下の呪いが解け、人の姿に戻っている間に、サインをもらわねばならぬ」
イルハンは拳を握り締めた。策の日まではあと数日しかない。それまでに陛下は戻ってくるだろうか。怒りに任せ、そのまま一人でゴンゴへ乗り込む可能性が高い。そう思案していると、
「恐らく陛下は一人でゴンゴへ乗り込むだろう」
ダロスがイルハンの考えを見透かしたように、こちらを見ながら言った。そして、再び水晶に目を移し、手をかざすと、
「怒りで我を忘れておられる・・・」
そう溜息交じりに呟いた。
「その上、強靭なドラゴンである今、一人で奪還できると考えておられるだろうし、それどころか奪還できるかもしれん。イルハン、お前はすぐに陛下を追い、陛下をお助けしろ」
「!」
「近衛隊の中から、屈強な者を数名連れて行け。こちらは兵の体制を整えておく。領海線に艦隊を数基待機させよう」
「はっ!」
イルハンは一礼すると、踵を返し部屋を飛び出した。
☆彡
そこからは早かった。すぐに小隊を編成し、船で北西に繰り出した。
出発前に、ダロスから小箱と書類の入った筒を手渡された。
「人のお姿にお戻りになったらお渡しするように」
「はっ」
イルハンは恭しくそれらを受け取ると、小箱は自分の懐へしまった。
「行って参ります」
そうして、彼らはゴンゴへ向けて出発したのだった。
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