ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼

文字の大きさ
上 下
41 / 98
第二章

12.王妃奪還

しおりを挟む
 イルハンは急いでダロスのもとに向かうと、大魔術師は水晶に手をかざし、懸命に何かを唱えていた。その傍らでガンマが鋭い目で水晶を睨んでいる。

「今、陛下に報告して参りました」

 ダロスもガンマも、水晶から目を離さず、ただ黙って頷いた。イルハンは少し近くによると、二人からの言葉を待った。

 暫く沈黙が続いた。部屋の中は薄暗く、水晶の怪しげな光が異様な存在を放っていた。その光に照らされて、ダロスの額に薄っすらと汗が滲んでいるのが分かる。この大魔術師がここまで苦戦することはあまりないことだ。イルハンはギリギリと歯を食いしばりながら、この沈黙をひたすら耐えた。

 もう限界だと、口を開きかけた時、

「王妃の行方は追えん・・・」

とダロスが呟くように言った。イルハンは頭からサーっと血の気の引く音が聞こえた。

「・・・まさか・・・、そのようなことが・・・」

 大魔術師ともあろうお方が、自分自身の魔術で呼びよせた人物の行方を追えないとは、到底考えられないことだ。

「じゃが、別の異様な力を感じる・・・」

 ダロスの傍らで、水晶を睨みつけるように見つめているガンマが言った。

「そうだ。異様な力だ」

 ダロスは水晶に手をかざしながら、ガンマの言葉に続いた。

「恐らく陛下であろう」

「!」

 イルハンは息を呑んだ。

「『異様な力』とは? なぜ陛下と断定されないのですか?」

「陛下は今『人間』ではないからだ」

 ダロスはちらっとイルハンを見ると、すぐに水晶に目を戻し、

「『人間』であった時の陛下の『気』とまったく違うのだ。呪いでドラゴンに変化させられた今、人としての陛下の『気』を持たぬ」

 そう言いうと、水晶に手をかざして目を閉じた。必死で何かの気配を感じ取ろうとしているようだ。

「・・・まったく違う『気』であるが、どこか懐かしいものを感じる。本当に僅かだが・・・」

「それが陛下である証拠じゃよ。見ず知らずの『気』などに、そのようなもの感じ取れん。赤ん坊の頃からの付き合いじゃ、そう簡単に絆は切れんよ」

 ガンマはしつこいとでも言いたげにダロスを見ると、イルハンに振り向いた。

「それに、この『気』はかなり怒りに満ちている。奴は激怒しておったろう?」

 イルハンは頷いた。

「陛下は、北西へ向かっている・・・」

「北西・・・」

 目を閉じたまま、方向を示したダロスの言葉に、イルハンは一つの国が思い浮かんだ。

「ゴンゴ帝国・・・!」

「断定するのはまだ早いがな」

 ダロスは目を開けた。

「王妃の行方が分かった上で追っているのであればよいが、ただ闇雲に飛び回っているだけかもしれん。ただ、過去の歴史上、王妃を攫う可能性が最も高い国はゴンゴだ」

 その通りだとイルハンは思った。

 ――ゴンゴ帝国。それはローランド王国から海を挟み、北北西にある国だ。

 この国は何度もローランド王国から王妃を誘拐しようとした過去がある。幾度となく未遂に終わるが、三度は成功している。そして、ローランドは、そのうち二度も王妃奪還に失敗していた。異世界の王妃を得た時代、コンゴ帝国は大繁栄を見せた。その過去が、彼らに異世界の王妃へ執着心を強くさせ、王妃を迎える魔術を持つことができないなら、王妃を奪う魔術を磨き上げてきた国であった。
 
さらに、この帝国は現在、周りの自治権を持っていた小国を武力で攻め入り、巨大な帝国になりつつある。最近は景気も悪く国政は非常に劣悪な状態にもかかわらず、武力に国の財力を注ぎ、次々と小国をものにしている。もちろん、このローランド王国も狙っているはずだ。特異な魔術を受け継ぐこの国は、彼らからしてみれば喉から手が出るほど欲しいだろう。

「ダロス様。直ちに、戦闘体制を整えるよう、ご命令を!」

 ダロスはイルハンに目を移した。

「王妃奪還の名目で戦争が始まってもやむを得ません。このまま王妃を奪われ、ゴンゴ帝国が力を付ければ、次に攻め込んでくるのは我がローランドでしょう。どの道、戦争は避けられません」

「・・・兵の編成までは準備しておこう。そこまでなら元老院のみで可決できる。だが、実際に兵を起動させるには陛下のサインが不可欠だ・・・。」

「・・・」

「朔の日の夜、陛下の呪いが解け、人の姿に戻っている間に、サインをもらわねばならぬ」

 イルハンは拳を握り締めた。策の日まではあと数日しかない。それまでに陛下は戻ってくるだろうか。怒りに任せ、そのまま一人でゴンゴへ乗り込む可能性が高い。そう思案していると、

「恐らく陛下は一人でゴンゴへ乗り込むだろう」

 ダロスがイルハンの考えを見透かしたように、こちらを見ながら言った。そして、再び水晶に目を移し、手をかざすと、

「怒りで我を忘れておられる・・・」

そう溜息交じりに呟いた。

「その上、強靭なドラゴンである今、一人で奪還できると考えておられるだろうし、それどころか奪還できるかもしれん。イルハン、お前はすぐに陛下を追い、陛下をお助けしろ」

「!」

「近衛隊の中から、屈強な者を数名連れて行け。こちらは兵の体制を整えておく。領海線に艦隊を数基待機させよう」

「はっ!」

 イルハンは一礼すると、踵を返し部屋を飛び出した。


☆彡


 そこからは早かった。すぐに小隊を編成し、船で北西に繰り出した。
出発前に、ダロスから小箱と書類の入った筒を手渡された。

「人のお姿にお戻りになったらお渡しするように」

「はっ」

 イルハンは恭しくそれらを受け取ると、小箱は自分の懐へしまった。

「行って参ります」

そうして、彼らはゴンゴへ向けて出発したのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』 ◆◆◆ *『お姉様って、本当に醜いわ』 幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。 ◆◆◆ 侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。 こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。 そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。 それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

処理中です...