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第二章
10.どっちの国でも同じ
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さくらの手当てが終わり、着替えも済むと、侍女二人のうち一人が立ち上がり、浴室に向かって歩き出した。さくらはサーッと青くなった。
「ちょっと待って!」
さくらは慌てて止めた。
「何しに行くのっ?!」
そう叫ぶさくらに、侍女は固まった。
「・・・昨日のお召し物を洗濯しないと・・・」
それはそうだ。さっき浴室に脱ぎ捨てた服を持って帰るのは当然だろう。
「そ、そうですよね! そうそう、服ね!」
さくらはポンっと手を叩くと、侍女を押し退け、浴室に飛び込こんだ。そして急いで脱いだ衣類と使用済みの手ぬぐいを抱えて出てくると、立ち尽くしているアンナだかカンナだかに、よろしく!と手渡した。
(くっ・・・、明らかに挙動不審じゃん、私。下手くそかっ!)
これでは浴室に入れたくないことは明白だ。心が折れそうになりながらも、無理やり笑顔を作って二人を見た。そして、何とか話題を変えようと、
「そういえば、私はこの国の国王様にいつ謁見できるのですか?」
と尋ねた。すると、アンナとカンナは顔を見合わせ、言いづらそうに、
「ただいま、国王陛下は不在中でして・・・」
と、言葉を濁した。
「はい??」
さくらは目を丸くした。
ここもかよっ!と大声で突っ込みそうになったが、慌てて両手で口を押えた。
「詳しいことは分かりませんが、ご公務で隣国を訪問中だと聞いております。でも、あと十日もしないうちにお戻りになるそうです」
「そうですか・・・」
不在と聞いたときは拍子抜けしたが、帰ってくる日が明確なことを知ると、ローランド王国にいた時とは違い、急に現実味を帯びて感じた。
十日・・・。あと十日後には知らない人の嫁になる・・・。でも、あと十日あれば・・・。
(ドラゴンの傷は治る・・・)
傷が治れば空も飛べるようになるだろう。ここでいつまでも隠れて世話をすることはできないことは分かっていた。
「あと十日くらいですね・・・」
さくらはそう呟くと拳を握り締めた。
―――自分の自由がきくうちにドラゴンを逃がさなければ。
そう自分に誓った。
☆彡
二人が部屋から出ていくと、さくらはドラゴンを抱きかかえ、食事を与えた。昨日とは見違えるほど食欲がある。この調子なら十日もかからずに治りそうだ。
モリモリ食べるドラゴンを見ながら、さくらはさっき侍女たちから聞いたこの国の王についてぼんやりと考えた。年齢はもう既に五十歳を超えているという。それを聞いた時、さくらは軽く絶望した。
(おっさんじゃん・・・)
さくらは、はあ~と溜息を漏らした。ドラゴンは食べるのを止め、不思議そうにさくらを見上げた。さくらは、ごめんごめんとドラゴンの頭を撫でると、
「ここの国王陛下って、五十過ぎのおじさんなんだって」
と、ドラゴンに話しかけた。
「まさか、そんなおじさんの嫁になるとはな~」
さくらはまた溜息をついた。
「でも、よく考えたら私、ローランド王国の王様だってどんな人か知らなかったのよね・・・」
さくらはドラゴンに果物を差し出しながら呟いた。ドラゴンはそれを口にせず、ジッとさくらを見つめた。
「ハハ、案外もっとおじさんだったりして」
さくらは自嘲気味に笑いながら、果物をドラゴンの口元に近づけた。だがドラゴンは口を開かず、ジッとさくらを見ている。この果物が気に入らないのだと思ったさくらは、ドラゴンが好きな柑橘系の果物に手を伸ばした。
「思ったんだけど・・・」
さくらは手に取った蜜柑のような果物を見つめながら話し続けた。
「結局、あの人が・・・。トムテさんが言った通りなのよね。どっちの国に居ようが私にとっては変わらないのよ・・・」
ローランド王国だって、さくらにとっては縁もゆかりもない国だ。正直それほど執着心はない。ただ、世話になったルノーやテナーを思うと胸が痛む。自暴自棄になった自分を献身的に支えてくれた。名残惜しいのはその二人ぐらいだ。
そう考えると、こちらの侍女たちだってとても良い子のようだし、ローランド王国にいた時と大差ないのではないか。
「私はどっちの国もよく知らないんだし、『私』がいるだけでその国が平和になるなら、どこの国でもいいよね? その国の民が幸せで潤えば、私はもうどこでもいい。そう思わない?」
さくらは果物の皮をむき終えると、ひと房取ってドラゴンの口に運んだ。ドラゴンはガブッとさくらの指ごとそれを口にした。
「痛っ!」
さくらは慌てて指を引き抜いた。びっくりしてドラゴンを見ると、フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「え? 怒ったの?? 何で?」
ドラゴンを覗き込むと、彼は睨むようにさくらを見上げ、喉の奥をゴロゴロ鳴らした。
「おまえはローランド王国の方がいいと思うの?」
ドラゴンは大きく頷いた。
「そうか、ごめんね。怒らないでよ」
さくらはドラゴンの頭を優しく撫でた。
「おまえがそう言うなら、ローランド王国の方がいいんだろうね」
そう言うと、またひと房、ドラゴンの口に運んだ。今度はちゃんと食べたドラゴンに微笑みながらも、ローランド王国にはもう戻れることはないだろうと思っていた。
「ちょっと待って!」
さくらは慌てて止めた。
「何しに行くのっ?!」
そう叫ぶさくらに、侍女は固まった。
「・・・昨日のお召し物を洗濯しないと・・・」
それはそうだ。さっき浴室に脱ぎ捨てた服を持って帰るのは当然だろう。
「そ、そうですよね! そうそう、服ね!」
さくらはポンっと手を叩くと、侍女を押し退け、浴室に飛び込こんだ。そして急いで脱いだ衣類と使用済みの手ぬぐいを抱えて出てくると、立ち尽くしているアンナだかカンナだかに、よろしく!と手渡した。
(くっ・・・、明らかに挙動不審じゃん、私。下手くそかっ!)
これでは浴室に入れたくないことは明白だ。心が折れそうになりながらも、無理やり笑顔を作って二人を見た。そして、何とか話題を変えようと、
「そういえば、私はこの国の国王様にいつ謁見できるのですか?」
と尋ねた。すると、アンナとカンナは顔を見合わせ、言いづらそうに、
「ただいま、国王陛下は不在中でして・・・」
と、言葉を濁した。
「はい??」
さくらは目を丸くした。
ここもかよっ!と大声で突っ込みそうになったが、慌てて両手で口を押えた。
「詳しいことは分かりませんが、ご公務で隣国を訪問中だと聞いております。でも、あと十日もしないうちにお戻りになるそうです」
「そうですか・・・」
不在と聞いたときは拍子抜けしたが、帰ってくる日が明確なことを知ると、ローランド王国にいた時とは違い、急に現実味を帯びて感じた。
十日・・・。あと十日後には知らない人の嫁になる・・・。でも、あと十日あれば・・・。
(ドラゴンの傷は治る・・・)
傷が治れば空も飛べるようになるだろう。ここでいつまでも隠れて世話をすることはできないことは分かっていた。
「あと十日くらいですね・・・」
さくらはそう呟くと拳を握り締めた。
―――自分の自由がきくうちにドラゴンを逃がさなければ。
そう自分に誓った。
☆彡
二人が部屋から出ていくと、さくらはドラゴンを抱きかかえ、食事を与えた。昨日とは見違えるほど食欲がある。この調子なら十日もかからずに治りそうだ。
モリモリ食べるドラゴンを見ながら、さくらはさっき侍女たちから聞いたこの国の王についてぼんやりと考えた。年齢はもう既に五十歳を超えているという。それを聞いた時、さくらは軽く絶望した。
(おっさんじゃん・・・)
さくらは、はあ~と溜息を漏らした。ドラゴンは食べるのを止め、不思議そうにさくらを見上げた。さくらは、ごめんごめんとドラゴンの頭を撫でると、
「ここの国王陛下って、五十過ぎのおじさんなんだって」
と、ドラゴンに話しかけた。
「まさか、そんなおじさんの嫁になるとはな~」
さくらはまた溜息をついた。
「でも、よく考えたら私、ローランド王国の王様だってどんな人か知らなかったのよね・・・」
さくらはドラゴンに果物を差し出しながら呟いた。ドラゴンはそれを口にせず、ジッとさくらを見つめた。
「ハハ、案外もっとおじさんだったりして」
さくらは自嘲気味に笑いながら、果物をドラゴンの口元に近づけた。だがドラゴンは口を開かず、ジッとさくらを見ている。この果物が気に入らないのだと思ったさくらは、ドラゴンが好きな柑橘系の果物に手を伸ばした。
「思ったんだけど・・・」
さくらは手に取った蜜柑のような果物を見つめながら話し続けた。
「結局、あの人が・・・。トムテさんが言った通りなのよね。どっちの国に居ようが私にとっては変わらないのよ・・・」
ローランド王国だって、さくらにとっては縁もゆかりもない国だ。正直それほど執着心はない。ただ、世話になったルノーやテナーを思うと胸が痛む。自暴自棄になった自分を献身的に支えてくれた。名残惜しいのはその二人ぐらいだ。
そう考えると、こちらの侍女たちだってとても良い子のようだし、ローランド王国にいた時と大差ないのではないか。
「私はどっちの国もよく知らないんだし、『私』がいるだけでその国が平和になるなら、どこの国でもいいよね? その国の民が幸せで潤えば、私はもうどこでもいい。そう思わない?」
さくらは果物の皮をむき終えると、ひと房取ってドラゴンの口に運んだ。ドラゴンはガブッとさくらの指ごとそれを口にした。
「痛っ!」
さくらは慌てて指を引き抜いた。びっくりしてドラゴンを見ると、フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「え? 怒ったの?? 何で?」
ドラゴンを覗き込むと、彼は睨むようにさくらを見上げ、喉の奥をゴロゴロ鳴らした。
「おまえはローランド王国の方がいいと思うの?」
ドラゴンは大きく頷いた。
「そうか、ごめんね。怒らないでよ」
さくらはドラゴンの頭を優しく撫でた。
「おまえがそう言うなら、ローランド王国の方がいいんだろうね」
そう言うと、またひと房、ドラゴンの口に運んだ。今度はちゃんと食べたドラゴンに微笑みながらも、ローランド王国にはもう戻れることはないだろうと思っていた。
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