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第二章
4.裏切り
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さくらが嗚咽を堪えているころに、ドアをノックする音が聞こえた。慌てて侍女の一人が扉を開けると、一人の男が入ってきた。
「ご気分はいかがですかな? さくら様」
聞いたことのある声にさくらは顔をあげた。やはりトムテだった。
トムテはローランド王国にいた時よりも、ずっと派手で豪華な衣装に身を包んでいた。その身なりから、この国ではそれなりの地位にあることが推測できた。
「お食事もお召し上がりのようですね。良かった良かった。あまりにも酷い船酔いでしたので大変心配いたしました」
言葉とは裏腹に、まったく案じていない口ぶりと、ニヤニヤしてもみ手をしながら近寄ってくるトムテに、さくらは怒りで涙が引っ込んでしまった。
さくらは言いたいことはたくさんあったのだが、怒りのあまり口元がワナワナ震えて上手く言葉が出てこない。ただトムテを睨むことしかできなかった。
「お怒りのご様子ですなぁ」
トムテは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「でも、そのお怒りもすぐに解けましょう。このゴンゴ帝国がいかに素晴らしい国かご理解いただけたならば、ローランドなんぞから助け出されたことをきっと感謝されるはずですよ」
「・・・あなたは、最初から私を誘拐するつもりでしたか?」
さくらは何とか怒りを抑え込み、無理やり絞り出した声でトムテに尋ねた。自分でも驚くほど低い声だった。
「・・・」
「あなたは、もともとこちらの国の人・・・、つまりスパイだったのですか・・?」
「・・・」
トムテはすぐに答えなかった。ただ口元の笑みはそのままに、さくらをじっと見つめた。
「我々は共にローランドから逃げてきたのですよ、さくら様」
トムテはもったいぶったようにそう答えると、さくらの前に膝を付いた。そして恭しく手を取ると甲に唇を付けた。さくらはゾッとし、急いで手を振り払った。そんな態度を取られてもトムテは怒ることはない。
「あのままローランドにいても、もう望むものは手に入りそうにありませんでしたからな。これ以上のない待遇が待っているのなら、多少の危険があっても、それに賭けてみるのも悪くありますまい」
さくらはすぐにトムテの言っている意味を理解できなかった。というよりも理解し難かった。
(つまり、売られたってこと・・・?)
絶句しているさくらをトムテは可笑しそうに見つめる。そして、
「どうせ、あなたはどこの国に居ようが立場は変わらんのですよ。『居ればいいだけ』なのですから。だったら好条件の国の方がいいでしょう? ねぇ、『異世界の王妃様』?」
そう言い、立ち上がった。
次の瞬間、トムテの顔面にお茶がぶちまけられた。
「!」
突然のことにトムテは驚き、よろめきながら顔をぬぐった。一瞬何が起こったかわからなかったが、続け様にティーカップを投げつけられ、さくらにお茶を掛けられたと分かった。
「何をするのですっ?!」
トムテは怒鳴ったが、さくらの怒りは収まらず、次になみなみと入ったティーポットの中身をトムテに向かってぶちまけた。そしてとどめとばかりにティーポットをトムテの足元に投げつけた。
トムテは熱さと足元で砕け散ったティーポットの衝撃に悲鳴をあげ、何やら喚き散らしたが、さくらの耳には入ってこなかった。次にテーブルに置かれた果物に手を伸ばしているさくらを見て、トムテは慌てて部屋から飛び出していった。
トムテが逃げ出した後、さくらはその場に崩れ落ちた。そして今度は声を我慢せず、大声で泣いた。床をバンバン叩きながら、頭を床にこすりつけ、大声で泣き続けた。
「ご気分はいかがですかな? さくら様」
聞いたことのある声にさくらは顔をあげた。やはりトムテだった。
トムテはローランド王国にいた時よりも、ずっと派手で豪華な衣装に身を包んでいた。その身なりから、この国ではそれなりの地位にあることが推測できた。
「お食事もお召し上がりのようですね。良かった良かった。あまりにも酷い船酔いでしたので大変心配いたしました」
言葉とは裏腹に、まったく案じていない口ぶりと、ニヤニヤしてもみ手をしながら近寄ってくるトムテに、さくらは怒りで涙が引っ込んでしまった。
さくらは言いたいことはたくさんあったのだが、怒りのあまり口元がワナワナ震えて上手く言葉が出てこない。ただトムテを睨むことしかできなかった。
「お怒りのご様子ですなぁ」
トムテは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「でも、そのお怒りもすぐに解けましょう。このゴンゴ帝国がいかに素晴らしい国かご理解いただけたならば、ローランドなんぞから助け出されたことをきっと感謝されるはずですよ」
「・・・あなたは、最初から私を誘拐するつもりでしたか?」
さくらは何とか怒りを抑え込み、無理やり絞り出した声でトムテに尋ねた。自分でも驚くほど低い声だった。
「・・・」
「あなたは、もともとこちらの国の人・・・、つまりスパイだったのですか・・?」
「・・・」
トムテはすぐに答えなかった。ただ口元の笑みはそのままに、さくらをじっと見つめた。
「我々は共にローランドから逃げてきたのですよ、さくら様」
トムテはもったいぶったようにそう答えると、さくらの前に膝を付いた。そして恭しく手を取ると甲に唇を付けた。さくらはゾッとし、急いで手を振り払った。そんな態度を取られてもトムテは怒ることはない。
「あのままローランドにいても、もう望むものは手に入りそうにありませんでしたからな。これ以上のない待遇が待っているのなら、多少の危険があっても、それに賭けてみるのも悪くありますまい」
さくらはすぐにトムテの言っている意味を理解できなかった。というよりも理解し難かった。
(つまり、売られたってこと・・・?)
絶句しているさくらをトムテは可笑しそうに見つめる。そして、
「どうせ、あなたはどこの国に居ようが立場は変わらんのですよ。『居ればいいだけ』なのですから。だったら好条件の国の方がいいでしょう? ねぇ、『異世界の王妃様』?」
そう言い、立ち上がった。
次の瞬間、トムテの顔面にお茶がぶちまけられた。
「!」
突然のことにトムテは驚き、よろめきながら顔をぬぐった。一瞬何が起こったかわからなかったが、続け様にティーカップを投げつけられ、さくらにお茶を掛けられたと分かった。
「何をするのですっ?!」
トムテは怒鳴ったが、さくらの怒りは収まらず、次になみなみと入ったティーポットの中身をトムテに向かってぶちまけた。そしてとどめとばかりにティーポットをトムテの足元に投げつけた。
トムテは熱さと足元で砕け散ったティーポットの衝撃に悲鳴をあげ、何やら喚き散らしたが、さくらの耳には入ってこなかった。次にテーブルに置かれた果物に手を伸ばしているさくらを見て、トムテは慌てて部屋から飛び出していった。
トムテが逃げ出した後、さくらはその場に崩れ落ちた。そして今度は声を我慢せず、大声で泣いた。床をバンバン叩きながら、頭を床にこすりつけ、大声で泣き続けた。
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