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第一章
27.リリー
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リリーは胸の前で両手を握り、祈るようにイルハンの顔を見つめた。その懇願される眼差しにいたたまれなくなり、イルハンはスッと目を逸らした。
「ここ暫くの間、あのお方にお会できないのです。最後にお会いしたのはひと月ほど前に一度、ほんの一時だけ」
「・・・」
「その時に、またひと月後には会えるから何も心配しないようにと仰せになりましたが、それが何時なのかも分かりません。なぜ急にこんなにもお会いできなくなってしまったのか理由をお伺いしても、あの方は教えてはくださらないのです。何か私に落ち度があったのでしょうか? イルハン様、些細なことでも構いません。何かご存じであれば教えていただけませんか?」
イルハンを見つめる目の淵には光るものがある。イルハンは彼女を気の毒に思った。
(不安であろうな。無理もない)
だが絶対的な秘密に関わることだ。この命を落とそうが話すわけにはいかない。
そう、彼女の言う『あのお方』とは誰であろう我が国王陛下なのだ。この美しい娘は国王陛下の恋人だった。
リリーは貴族ではないものの、かなりの豪族の娘であり、美しいだけでなく教養も充分に身に付けている。しかし、王族の「恋人」としてならば家柄、教養、容姿とすべて問題ないのだが、国王陛下の「妃候補」としては家柄に若干弱さがあり、二人の間柄を公にするのを宮殿の重鎮たちが渋っているために秘密とされていた。なので二人の関係を知るのはイルハンを含む数名しかいない。だから彼女もイルハンに頼るしか術がないのだ。
「あのお方が大丈夫と仰せならば、問題はないでしょう」
「そうでしょうか・・・?」
リリーは悲しそうに首を傾けると力なく付け加えた。
「私に会ってくださったのは夜でした。それもたまたま天気の悪い夜だったので、月明りもなくランプの光だけが頼りで、お顔もよく拝見できませんでした。けれど、心なしかやつれている様に見受けられて・・・とても心配なのです・・・」
イルハンは一瞬顔を強張らせた。背中に緊張が走る。
(あの朔の日の夜・・・)
国王陛下とリリーの逢瀬の日はイルハンもよく知っている。あれは月に一度の新月の夜―――
月明りもない漆黒の闇の中、二人の逢瀬の手筈を整えたのは、何を隠そうイルハン自身だ。彼女の侍女にリリーを連れ出させ、わずかな時間だったが、陛下に会わせたのだ。
(それにしても・・・)
ランプの弱い光の下でさえも、陛下のわずかな異変に気付くのか。よっぽど陛下のことを気にかけていらっしゃる。愛ゆえといえば美しいが、気を引き締めなければならない。
「あのお方はたいへん多忙でいらっしゃいますから」
イルハンはわざと目を細くし、頬も緩めて、
「でも、逢瀬の時はリリー様にお優しいでしょう?」
と優しい口調で言った。すると途端にリリーは頬を赤くした。突然の攻撃に涙も引っ込んだようだ。
「はい・・・」
真っ赤になって俯く彼女に対し、イルハンは恭しく一礼した。
「どうぞご安心ください。私としてもそれ以上のことは申し上げられません。どうぞご理解くださいませ」
そして顔を上げると、リリーのずっと背後に探し求めていた人物の姿が見えた。
さくらが侍女とキャッキャとはしゃぎながら露店を巡っている。そんな二人の後を見守るようにゆっくりと付いていくトムテの姿もある。それを見てイルハンはホッと胸をなでおろした。
そんなイルハンに首を傾げ、リリーは彼の目線を追った。明らかに自分を通り越して誰かを見ている。リリーが振り返るのと、さくらがイルハンに気が付くのはほぼ同時だった。
「ここ暫くの間、あのお方にお会できないのです。最後にお会いしたのはひと月ほど前に一度、ほんの一時だけ」
「・・・」
「その時に、またひと月後には会えるから何も心配しないようにと仰せになりましたが、それが何時なのかも分かりません。なぜ急にこんなにもお会いできなくなってしまったのか理由をお伺いしても、あの方は教えてはくださらないのです。何か私に落ち度があったのでしょうか? イルハン様、些細なことでも構いません。何かご存じであれば教えていただけませんか?」
イルハンを見つめる目の淵には光るものがある。イルハンは彼女を気の毒に思った。
(不安であろうな。無理もない)
だが絶対的な秘密に関わることだ。この命を落とそうが話すわけにはいかない。
そう、彼女の言う『あのお方』とは誰であろう我が国王陛下なのだ。この美しい娘は国王陛下の恋人だった。
リリーは貴族ではないものの、かなりの豪族の娘であり、美しいだけでなく教養も充分に身に付けている。しかし、王族の「恋人」としてならば家柄、教養、容姿とすべて問題ないのだが、国王陛下の「妃候補」としては家柄に若干弱さがあり、二人の間柄を公にするのを宮殿の重鎮たちが渋っているために秘密とされていた。なので二人の関係を知るのはイルハンを含む数名しかいない。だから彼女もイルハンに頼るしか術がないのだ。
「あのお方が大丈夫と仰せならば、問題はないでしょう」
「そうでしょうか・・・?」
リリーは悲しそうに首を傾けると力なく付け加えた。
「私に会ってくださったのは夜でした。それもたまたま天気の悪い夜だったので、月明りもなくランプの光だけが頼りで、お顔もよく拝見できませんでした。けれど、心なしかやつれている様に見受けられて・・・とても心配なのです・・・」
イルハンは一瞬顔を強張らせた。背中に緊張が走る。
(あの朔の日の夜・・・)
国王陛下とリリーの逢瀬の日はイルハンもよく知っている。あれは月に一度の新月の夜―――
月明りもない漆黒の闇の中、二人の逢瀬の手筈を整えたのは、何を隠そうイルハン自身だ。彼女の侍女にリリーを連れ出させ、わずかな時間だったが、陛下に会わせたのだ。
(それにしても・・・)
ランプの弱い光の下でさえも、陛下のわずかな異変に気付くのか。よっぽど陛下のことを気にかけていらっしゃる。愛ゆえといえば美しいが、気を引き締めなければならない。
「あのお方はたいへん多忙でいらっしゃいますから」
イルハンはわざと目を細くし、頬も緩めて、
「でも、逢瀬の時はリリー様にお優しいでしょう?」
と優しい口調で言った。すると途端にリリーは頬を赤くした。突然の攻撃に涙も引っ込んだようだ。
「はい・・・」
真っ赤になって俯く彼女に対し、イルハンは恭しく一礼した。
「どうぞご安心ください。私としてもそれ以上のことは申し上げられません。どうぞご理解くださいませ」
そして顔を上げると、リリーのずっと背後に探し求めていた人物の姿が見えた。
さくらが侍女とキャッキャとはしゃぎながら露店を巡っている。そんな二人の後を見守るようにゆっくりと付いていくトムテの姿もある。それを見てイルハンはホッと胸をなでおろした。
そんなイルハンに首を傾げ、リリーは彼の目線を追った。明らかに自分を通り越して誰かを見ている。リリーが振り返るのと、さくらがイルハンに気が付くのはほぼ同時だった。
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