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第一章

18.焚き火

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 ドラゴンは暫くさくらを見つめていたが、やがて首を振り始めた。その行為が、またさくらの恐怖を煽り、ますます緊張させた。しかし、よく見ていると首を振っているのではないということに気が付いた。

(・・・もしかして焚き火を指している・・・?)

 首を振っているように見えたがどうも違う。首ではない。顎を動かしているのだ。顎を動かして炎を指しているようだ。

(火に当たれってこと・・・?)
 
さくらは躊躇した。と言うよりも、ドラゴンに見つめられているせいで、恐ろしくて体が言うことを聞かないのだ。

 どうやらこのドラゴンはこれ以上さくらに近寄ってくる気配はない。ましてや襲ってくることはないだろう。それは予測が付いた。しかし、頭では分かっていても、こちらをじっと見つめているドラゴンを前にしていると恐怖で体がピタッと固まってしまい、まったく動かない。

 何度も、火に当たるよう勧めているのにもかかわらず、ちっとも動こうとしないさくらにドラゴンは根負けしたようだ。呆れたようにクルッと背を向けると、少し離れたところにゴロンと寝転んでしまった。

 その様子をさくらはじっと伺っていた。
焚き火の炎越しに見えるドラゴンの背中。顔も向こうに向けてしまっている。こちらを見る様子はない。さくらは用心しながら、じりじりと焚き火に近寄った。

(温かい・・・)

 冷え切った体に熱い空気があたり、じわりじわりと体温が戻ってくる。思わず、ホーッと溜め息が漏れる。焚き火に手をかざし、暖を取っているうちに、徐々に緊張もほぐれていったが、それでも、ユラユラ揺れる炎の隙間から、用心深くドラゴンの様子を伺うのを怠らなかった。
 
 ドラゴンはまったくこちらを振り向く気配はなかった。大きな背中が規則正しく動いている。眠っているのだろうか。さくらは寝息を確かめようと、じっと耳を済ませてみたが、焚き火の燃える音が邪魔をしてよく聞こえない。それでも微かに聞こえるドラゴンの呼吸は若干荒く、リズムも刻んでいる。

(たぶん、眠っているわ・・・)

 そう見極めると、僅かに残っていた緊張も一気にほぐれ、警戒心も恐怖心も飛んでいってしまった。

(そうだ。まず服を乾かそう)

 さくらは重ね着している薄いチュニックを脱ぎ、火のそばに並べ、自分は下着だけになり、焚き火を抱きしめるようにして体を温めた。前が温まると、振り向いて背中を温めたり、足を上げて足の裏を暖めたりなど、さくらがいろいろ動き回っても、ドラゴンはこちらを振り返ることはなかった。完全に眠っているようだ。

 すっかり体が温まると、安堵感からか、今度は睡魔が襲ってきた。さくらは焚き火の前に膝を抱えて座り、ぼんやり炎を眺めているうちに、そのまま眠ってしまった。


☆彡


 目が覚めると、もう辺りは薄暗くなっていた。焚き火も消えており、細く糸のような煙が一本空に向かって伸びていた。さくらは慌てて、焚き火の向こうを見ると、そこにはもうドラゴンの姿はなかった。

(何処に行ったのだろう?)

 さくらは辺りを見回したが、近くにドラゴンがいる気配はない。きっと洞窟の中に入っていったのだろう。
 風が出てきて、さくらは身震いした。下着姿だった事を思い出し、急いで服を拾った。

「よかった! 薄地だからもう乾いてる!」

 いそいそと服を着ると、その場を後にしようとした。しかし、焚き火からはまだ僅かだが煙は上がっている。
さくらは、一度はそのまま帰ってしまおうかと思ったが、思い直し、目の前の池から手のひらで数回水をすくって、焚き火にかけた。完全に火が消えたのを確認してから、もう一度、洞窟の方を見た。

 あの中にいるのだろうか―――?

さくらはゆっくりと洞窟に近づくと中を覗いてみた。見える範囲には何もなく、奥のほうは真っ暗でまったく見えない。いるとしたらきっと奥だろう。しかし中に入る気にはなれない。
 さくらは小声でありがとうと呟くと、洞窟を後にした。
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