16 / 98
第一章
15.説教
しおりを挟む
「王妃様。先ほどの無礼な態度、大変申し訳ありません。しかし、急を要しておりましたので、無礼と知りつつ、あのような手段を講じてしまいました。お許し下さい」
深々と頭を下げるイルハンに、まだ心臓の動悸が止まないさくらは、胸を押さえながら、
「いいえ、私がいけないんです。勝手に第二の宮殿に行ったりして。こちらこそ申し訳ありませんでした」
と素直に謝った。
イルハンは、「もったいないお言葉ウンヌン」や「私ごときにカンヌン」など慇懃な言葉を並べながらも、さくらの軽率な行動をかなり厳しく注意し、ここには二度と来ないことをさくらに約束させた。そして一通りの説教が済むと、
「第一の宮殿までお送り致します」
と言い、もはやこの中庭にも居ることも許さないとばかりに、さくらを薄暗い通路から連れ出した。
自分が悪いと反省はしつつも、説教を食らい、強制的に帰らせられることに不満を感じたさくらは、イルハンに少しだけ反抗してみたくなった。
でもイルハンは大きくて、屈強そうで、見るからに真面目で堅物な軍人だ。今回のことにしても、彼にはまったく非がないし、また、あったとしてもそれを非とは思わせない、何か特別な威圧感があった。とどのつまり、非の打ち所のない完璧な好青年タイプといったところか。
そんな人に対して文句を言う資格などあるわけがない。でも、どうにも腹の虫が治まらない。子供が大人に叱られている時に言い訳をしたくても言わせて貰えない、そんなクシャクシャした気持ちが腹の底でうずいた。
暫く我慢して、ふて腐れたまま歩いていたが、中庭を抜け、第一の宮殿の庭園に入った時、さくらより少し後ろを歩いているイルハンに振り向いてこう言った。
「さっきは自分が悪かったから黙っていましたけど、イルハン隊長もちょっと酷くないですか?」
「・・・!」
さくらの突然の攻撃に、イルハンは驚いて、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。
「無礼が過ぎた事は重々承知しており、大いに反省しております。大変申し訳ございませんでした。しかしながら、急を要しておりました。第二の宮殿には王族以外の人間もたくさんおりますし、王妃様のお姿をお見せするわけには・・・」
「それにしても、あまりにも乱暴に押しやるんで、正直転びそうになりました。あと箱庭から出てきた時だって。まさか先回りしているなんて思わないですもん。振り向いたらいるなんてビックリしました」
イルハンの言葉をさえぎり、さくらは文句を続けた。
「あんなに薄暗いところで、物音一つ立てずにすぐ傍にいるんですもん。本当にギョッとしました。心臓が飛び出るかと思いましたよ!」
さくらは、大げさに左胸をトントンと叩いた。
イルハンは予想外のさくらの攻撃に面食らってしまった。今までもさくらとは何度も顔を合わせている。もちろん護衛のため、常にさくらを気に掛けているからだ。機会があれば多少話もするが、一言二言しか交わさないし、とても控えめで謙虚な受け答えをしていたので、このようにフランクに話すさくらを見るのは初めてだった。今まで勝手に作り上げていたイメージとはまったく異なる娘に、イルハンは目を丸くした。
さくらはイルハンが驚いた理由がすぐに飲み込めた。今まできっと自分の事を「大人しい、静かな娘―――言う事を素直に聞く娘」と思っていたのだろう。それが、あに図らんや、そうではない強気な娘だということに気付いて驚いているのだ。
さくらはそのことに一人悦に入り、先ほどの不機嫌も直ってしまった。自分はハイハイと言うことを聞くだけの女性じゃない、ちゃんと自分の意見も持っている女なのだ。それを分かってくれればいい。軽くあしらわないでくれればいい。
「それは大変失礼いたしました。重ねてお詫び申し上げます」
イルハンは深々と頭を下げた。そして、
「それではここで失礼いたします」
と言うと、踵を返し、第二の宮殿の方向に戻っていった。しかし、途中で振り返り、さくらが第一の宮殿の中に入っていくのを見届けることを怠らなかった。さくらの姿が消えると、ふーっと溜息が漏れた。
(少しはましだと思っていたのに・・・。気品の欠片もない。所詮、庶民の娘か・・・・)
仕方のないことなのだとイルハンは自分に言い聞かせた。
彼女は家柄と人柄で王妃になったわけではない。聖なる魔術で探し出し、選ばれた『異世界の王妃』なのだ。その魔法は絶対だ。必ずしも良い家柄の娘が選ばれるとは限らない。そしてどんな娘だって拒む事は出来ない。たとえ、向こうの世界で乞食の娘であったとしても・・・。
(仕方のない事なのだ)
イルハンはもう一度、心の中で呟いた。
何処の馬の骨だか分からない娘が、この国の一番高貴な方の妻になる。しかし、陛下の妃である以上、命を掛けてお守りしなければならない。ましてや、陛下がお戻りになる前に他国に奪われる事など絶対あってはならない。
イルハンは邪念を払うように頭を振り、急ぎ足で第二の宮殿に戻って行った。
深々と頭を下げるイルハンに、まだ心臓の動悸が止まないさくらは、胸を押さえながら、
「いいえ、私がいけないんです。勝手に第二の宮殿に行ったりして。こちらこそ申し訳ありませんでした」
と素直に謝った。
イルハンは、「もったいないお言葉ウンヌン」や「私ごときにカンヌン」など慇懃な言葉を並べながらも、さくらの軽率な行動をかなり厳しく注意し、ここには二度と来ないことをさくらに約束させた。そして一通りの説教が済むと、
「第一の宮殿までお送り致します」
と言い、もはやこの中庭にも居ることも許さないとばかりに、さくらを薄暗い通路から連れ出した。
自分が悪いと反省はしつつも、説教を食らい、強制的に帰らせられることに不満を感じたさくらは、イルハンに少しだけ反抗してみたくなった。
でもイルハンは大きくて、屈強そうで、見るからに真面目で堅物な軍人だ。今回のことにしても、彼にはまったく非がないし、また、あったとしてもそれを非とは思わせない、何か特別な威圧感があった。とどのつまり、非の打ち所のない完璧な好青年タイプといったところか。
そんな人に対して文句を言う資格などあるわけがない。でも、どうにも腹の虫が治まらない。子供が大人に叱られている時に言い訳をしたくても言わせて貰えない、そんなクシャクシャした気持ちが腹の底でうずいた。
暫く我慢して、ふて腐れたまま歩いていたが、中庭を抜け、第一の宮殿の庭園に入った時、さくらより少し後ろを歩いているイルハンに振り向いてこう言った。
「さっきは自分が悪かったから黙っていましたけど、イルハン隊長もちょっと酷くないですか?」
「・・・!」
さくらの突然の攻撃に、イルハンは驚いて、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。
「無礼が過ぎた事は重々承知しており、大いに反省しております。大変申し訳ございませんでした。しかしながら、急を要しておりました。第二の宮殿には王族以外の人間もたくさんおりますし、王妃様のお姿をお見せするわけには・・・」
「それにしても、あまりにも乱暴に押しやるんで、正直転びそうになりました。あと箱庭から出てきた時だって。まさか先回りしているなんて思わないですもん。振り向いたらいるなんてビックリしました」
イルハンの言葉をさえぎり、さくらは文句を続けた。
「あんなに薄暗いところで、物音一つ立てずにすぐ傍にいるんですもん。本当にギョッとしました。心臓が飛び出るかと思いましたよ!」
さくらは、大げさに左胸をトントンと叩いた。
イルハンは予想外のさくらの攻撃に面食らってしまった。今までもさくらとは何度も顔を合わせている。もちろん護衛のため、常にさくらを気に掛けているからだ。機会があれば多少話もするが、一言二言しか交わさないし、とても控えめで謙虚な受け答えをしていたので、このようにフランクに話すさくらを見るのは初めてだった。今まで勝手に作り上げていたイメージとはまったく異なる娘に、イルハンは目を丸くした。
さくらはイルハンが驚いた理由がすぐに飲み込めた。今まできっと自分の事を「大人しい、静かな娘―――言う事を素直に聞く娘」と思っていたのだろう。それが、あに図らんや、そうではない強気な娘だということに気付いて驚いているのだ。
さくらはそのことに一人悦に入り、先ほどの不機嫌も直ってしまった。自分はハイハイと言うことを聞くだけの女性じゃない、ちゃんと自分の意見も持っている女なのだ。それを分かってくれればいい。軽くあしらわないでくれればいい。
「それは大変失礼いたしました。重ねてお詫び申し上げます」
イルハンは深々と頭を下げた。そして、
「それではここで失礼いたします」
と言うと、踵を返し、第二の宮殿の方向に戻っていった。しかし、途中で振り返り、さくらが第一の宮殿の中に入っていくのを見届けることを怠らなかった。さくらの姿が消えると、ふーっと溜息が漏れた。
(少しはましだと思っていたのに・・・。気品の欠片もない。所詮、庶民の娘か・・・・)
仕方のないことなのだとイルハンは自分に言い聞かせた。
彼女は家柄と人柄で王妃になったわけではない。聖なる魔術で探し出し、選ばれた『異世界の王妃』なのだ。その魔法は絶対だ。必ずしも良い家柄の娘が選ばれるとは限らない。そしてどんな娘だって拒む事は出来ない。たとえ、向こうの世界で乞食の娘であったとしても・・・。
(仕方のない事なのだ)
イルハンはもう一度、心の中で呟いた。
何処の馬の骨だか分からない娘が、この国の一番高貴な方の妻になる。しかし、陛下の妃である以上、命を掛けてお守りしなければならない。ましてや、陛下がお戻りになる前に他国に奪われる事など絶対あってはならない。
イルハンは邪念を払うように頭を振り、急ぎ足で第二の宮殿に戻って行った。
11
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。
Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。
二人から見下される正妃クローディア。
正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。
国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。
クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる