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第一章
11.「居るだけでいい王妃」の日常(1)
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『この国に居るだけでいい王妃様』は常に退屈していた。不自由な事は何一つないが、やらねばならないことも何一つない。何もすることがないということは無駄に時間があるということだ。
この時間はまさに拷問だった。必然的に考えたり、思い悩んだりすることになり、精神的に追い詰められることになるからだ。「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか」とか、「居るだけでいいという存在はどういうことか」そんな疑問が常に頭の中を駆け巡る。
居るだけでいい存在が、なぜ私なのか?――居るだけでいいなら人でなくてもいい。人形でもいいではないか――では、私は人形か?――私は一体何者なのだ?
そうした考えが堂々巡りをし、結局最後に辿り着くのは
なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか―――だった。
腹の底から何かがこみ上げてくる感覚に襲われ、息が苦しくなる。慌てて深呼吸をし、気持ちを落ち着かせるが、次は瞼が熱くなる。
そして思いは、自分の過去へ――元の世界にあった自分の儚い歴史を振り返る。とても短い過去だけど、楽しい出来事がたくさんあったはずだ。それなのに思い出すことは後悔ばかり・・・。父や母に反抗したことや、兄弟喧嘩、受験の失敗、揚句の果ては、遠い昔まで遡り、小学時代の友達同士の喧嘩など、すべて些細なことばかりだが、今更ながら申し訳なく、謝りたいことばかり思い出すのだ。
(あの夜だって・・・)
そうだ、あの夜。ここに連れて来られる前日―――。
あの時、亘に対しての自分の態度はなんて酷かったのだろう。後悔してもしきれない。二度と会えなくなると分かっていたら、あんな傲慢な態度は取らなかったのに・・・。
時間が充分にあるために、こうした思いに浸り、一人涙に暮れているさくらを、ルノーもテナーも心配でならなかった。何か別な事に意識を動かせないものか。ある時ルノーはこう切り出した。
「王妃様。王妃様は、読書はお好きでございますか?」
「読書?」
「はい。この第一の宮殿の西の塔に大きな図書室がございます。よろしかったらご覧になりませんか?」
読書――。そうか、読書!
さくらは目の前の霧が幾分晴れた気がした。実はそんなに読書をする方ではない。しかし、今、この何もする事がない時間が自分を苦しめているのは良く分かっている。何か別に集中できるものがあれば、やる事さえがあれば、この負のループから抜け出せるはすだ。
それに文字! この世界の文字と言葉は、自分の世界の言葉を失った引き換えに、身に付けられた唯一のものだ。せっかく苦労もせずに得られた能力だ、使わない手はない。
すぐに案内して欲しいとルノーに頼み、その図書室に連れて行ってもらった。西の塔はさくらの部屋からそれほど遠くなく、方向音痴のさくらでもすんなり覚える事ができそうだった。
「わぁ・・・」
さくらは一歩部屋に入るなり、周りを見渡して、感嘆の溜息をもらした。
その部屋はとても広く明るく、高い天井まで届くほど、大量の蔵書が壁一面に埋まっていた。美しく装丁してある書籍の背表紙がまるで飾りのようだ。あまりの数に圧倒されながらも、特に読書派ではないのに、なぜか心が弾んだ。大量の書籍に囲まれたせいで、何もしていないのに自分が賢くなったような妙な錯覚をおこす。調子に乗って知識意欲も湧いてくるようだ。
「ここにあるものはすべて、国王陛下そして王妃様のご本でございます」
ルノーは、口をあんぐり開けて大量の本の壁に見とれているさくらに声を掛けた。
「必要とあれば、いつでも書籍係が参ります」
彼女は入り口近くの呼び鈴の紐を指した。
「お探しのご本がございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」
「いつでも好きな時にここに来てもいいのですか?」
目を輝かせて問いかけてくるさくらを見て、ルノー思わず頬が緩んだ。毎日涙に暮れているさくらを見ているのが辛かったので、微笑んでいるさくらを見ると、なんとも言えない安堵した気持ちが胸に広がったのだ。
「もちろんでございます」
ルノーは恭しく頭を下げた。そして、うれしそうに部屋中を歩き回り、いそいそといろいろな本を物色し始めたさくらを見て、自分の策が功を奏したことに満足し、一人その部屋を退いた。
この時間はまさに拷問だった。必然的に考えたり、思い悩んだりすることになり、精神的に追い詰められることになるからだ。「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか」とか、「居るだけでいいという存在はどういうことか」そんな疑問が常に頭の中を駆け巡る。
居るだけでいい存在が、なぜ私なのか?――居るだけでいいなら人でなくてもいい。人形でもいいではないか――では、私は人形か?――私は一体何者なのだ?
そうした考えが堂々巡りをし、結局最後に辿り着くのは
なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか―――だった。
腹の底から何かがこみ上げてくる感覚に襲われ、息が苦しくなる。慌てて深呼吸をし、気持ちを落ち着かせるが、次は瞼が熱くなる。
そして思いは、自分の過去へ――元の世界にあった自分の儚い歴史を振り返る。とても短い過去だけど、楽しい出来事がたくさんあったはずだ。それなのに思い出すことは後悔ばかり・・・。父や母に反抗したことや、兄弟喧嘩、受験の失敗、揚句の果ては、遠い昔まで遡り、小学時代の友達同士の喧嘩など、すべて些細なことばかりだが、今更ながら申し訳なく、謝りたいことばかり思い出すのだ。
(あの夜だって・・・)
そうだ、あの夜。ここに連れて来られる前日―――。
あの時、亘に対しての自分の態度はなんて酷かったのだろう。後悔してもしきれない。二度と会えなくなると分かっていたら、あんな傲慢な態度は取らなかったのに・・・。
時間が充分にあるために、こうした思いに浸り、一人涙に暮れているさくらを、ルノーもテナーも心配でならなかった。何か別な事に意識を動かせないものか。ある時ルノーはこう切り出した。
「王妃様。王妃様は、読書はお好きでございますか?」
「読書?」
「はい。この第一の宮殿の西の塔に大きな図書室がございます。よろしかったらご覧になりませんか?」
読書――。そうか、読書!
さくらは目の前の霧が幾分晴れた気がした。実はそんなに読書をする方ではない。しかし、今、この何もする事がない時間が自分を苦しめているのは良く分かっている。何か別に集中できるものがあれば、やる事さえがあれば、この負のループから抜け出せるはすだ。
それに文字! この世界の文字と言葉は、自分の世界の言葉を失った引き換えに、身に付けられた唯一のものだ。せっかく苦労もせずに得られた能力だ、使わない手はない。
すぐに案内して欲しいとルノーに頼み、その図書室に連れて行ってもらった。西の塔はさくらの部屋からそれほど遠くなく、方向音痴のさくらでもすんなり覚える事ができそうだった。
「わぁ・・・」
さくらは一歩部屋に入るなり、周りを見渡して、感嘆の溜息をもらした。
その部屋はとても広く明るく、高い天井まで届くほど、大量の蔵書が壁一面に埋まっていた。美しく装丁してある書籍の背表紙がまるで飾りのようだ。あまりの数に圧倒されながらも、特に読書派ではないのに、なぜか心が弾んだ。大量の書籍に囲まれたせいで、何もしていないのに自分が賢くなったような妙な錯覚をおこす。調子に乗って知識意欲も湧いてくるようだ。
「ここにあるものはすべて、国王陛下そして王妃様のご本でございます」
ルノーは、口をあんぐり開けて大量の本の壁に見とれているさくらに声を掛けた。
「必要とあれば、いつでも書籍係が参ります」
彼女は入り口近くの呼び鈴の紐を指した。
「お探しのご本がございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」
「いつでも好きな時にここに来てもいいのですか?」
目を輝かせて問いかけてくるさくらを見て、ルノー思わず頬が緩んだ。毎日涙に暮れているさくらを見ているのが辛かったので、微笑んでいるさくらを見ると、なんとも言えない安堵した気持ちが胸に広がったのだ。
「もちろんでございます」
ルノーは恭しく頭を下げた。そして、うれしそうに部屋中を歩き回り、いそいそといろいろな本を物色し始めたさくらを見て、自分の策が功を奏したことに満足し、一人その部屋を退いた。
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