ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼

文字の大きさ
上 下
8 / 98
第一章

7.消えた思い出

しおりを挟む
 さくらは目を覚まさすと、天蓋付きのベッドに横になっており、ルノーとテナーの二人の侍女が心配そうにしている姿が目に入った。

「お目覚めでございますか?」

 ルノーは心配そうに尋ねた。さくらはゆっくりルノーのほうに顔を向けた。ぼんやりと中年女性を見るさくらの目には光がなく、焦点も会っていないように見えた。生気が失われたその顔から、思いもかけない運命の仕打ちに絶望し、生きる希望を失い、この先のことは一切考えられない状態でいるのは、誰の目から見ても明らかだった。

 その様子を見てルノーは心を痛めた。
 自分の娘とそう変わらない若い娘が、自分の生まれ故郷、家族、友人、そしてなにより自分が生きてきた証、僅かだが自分が作ってきた歴史を根こそぎ奪われたのだ。なんて非情なことか。その悲しみは当人以外計り知れない。その上、まったく未知な世界へ、たった一人放り出されたのだ。いくら身の保証は確保されているとはいえ、これほどの不安で心細いことはあるだろうか?
 
 ベッドの天井の一点を無言で見つめているさくらの青白い顔を見て、ルノーは、何と言葉を掛けてよいか分からないでいた。今はどんな言葉で慰めても、到底慰めきれるものではないと分かっていたからだ。だが、体の為に何か飲み物を飲ませねばと思った。

「温かいお茶をご用意してございます」

 そう言うと、さくらをゆっくりと抱え起こした。さくらは抵抗する気力もなく、ぐったりとルノーに寄り掛かり、差し出されたお茶をすすった。甘くて温かいものがゆっくり喉を通り、胃の中に流れ落ちていくのを感じた。その温かさが気持ちを落ち着かせると同時に、この世界で「生きていること」を実感させ、涙が溢れ出した。
 
 ルノーはそっとハンカチでさくらの涙を拭った。そして優しく話しかけた。

「さくら様。今のさくら様のご心境を察しますと、本当に胸が痛みます。どんなにかお辛いことかと。しかしながら、我ら国民にとりましては、異世界から王妃様をお迎え申し上げることができて、これほど喜ばしいことはございません。待ち望んでいたことなのでございます」

 さくらは答えなかった。嗚咽を堪えるのに必死だった。ルノーからあてがわれたハンカチで口を押さえ、必死に堪えた。

「さくら様にとってのご不幸が、我々にとって希望ということは、本当に皮肉な事でございます。ですから、私共は罪滅ぼしの思いも込めまして、一生懸命お世話をさせて頂く所存でございます」

 ルノーはそう言うと、カップのお茶をさくらに飲また。
 泣いていたために、たかが一杯のお茶を飲ませるのにとても時間がかかったが、ルノーは焦らず、とても優しくゆっくり丁寧に飲ませてくれた。そのおかげで、飲み干した頃には、さくらの気持ちもだいぶ落ち着いていた。


☆彡


 侍女二人が出ていっても、さくらはベッドから出ようとはしなかった。ルノーに上半身を起こされたままの状態で、涙は止まったものの、抜け殻のようにだらりと座っていた。
 何の気なしに部屋を見回したとき、自分のバッグに目が留まった。前に見たときと同じく部屋の隅にブーツと並んで置いてあった。

 さくらはベッドから這い出ると、自分の荷物に駆け寄った。そして夢中でバッグを開けた。最初に目に入ってきたのは、くしゃくしゃになった映画の前売りチケットだった。さくらの気持ちがまた一気に引き戻された。あの日―――あの雨の日が鮮明に甦ってくる。亘と見に行くはずだった映画のチケット・・・。

 再び涙があふれてきた。さくらはチケットを手に取ると、優しく皺を伸ばし、愛しそうにチケットを眺めた。その時、何か違和感を覚え、チケットを持ち直し、しっかりと見つめた。
 さくらは青くなり、小刻みに震え始めた。

(まさか・・・、こんなことって・・・! )
 
 読めないのだ! チケットに書かれている文字が! 何て書いてあるのかさっぱり分からなくなっているのだ。
 チケットに大きく書かれている文字、これはおそらく映画の題名だろう。何の映画を見るつもりだったかは覚えているから、題名は知っているが、文字は読めないのだ。それ以外に細かく書かれている文字も。
 さくらはチケットを放り投げ、バッグの中を漁り、自分の手帳を取り出した。思い切って広げてみると・・・。やはり結果は同じだった。自分で書いた文字すら読めない。さくらは愕然とした。
 
 その時、手帳からパラリと何かが落ちた。さくらは震える手でそれを拾った。そしてそれを見るや、叫び声をあげ、手帳の中を片っ端から調べた。

 調べ終えた後、さくらの手から手帳が離れ、床に落ちた。その衝撃で、手帳に挟んでいた写真も床に散らばった。友人と撮ったプリクラや写真、すべて不自然に一箇所空間ができていている。

 さくらは一枚手に握り締めていた写真をもう一度見た。亘が中途半端の高さに片腕を広げ、微笑んでいる。誰もいない亘の腕の中。一人ぼっちで映っている。それでもこっちを見て笑っている。写真の上に大粒の雫がいくつも落ちた。

 さくらは声を上げて泣いた。床に倒れこみ、そのまま大声を上げて泣き続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

処理中です...