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第一章
7.消えた思い出
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さくらは目を覚まさすと、天蓋付きのベッドに横になっており、ルノーとテナーの二人の侍女が心配そうにしている姿が目に入った。
「お目覚めでございますか?」
ルノーは心配そうに尋ねた。さくらはゆっくりルノーのほうに顔を向けた。ぼんやりと中年女性を見るさくらの目には光がなく、焦点も会っていないように見えた。生気が失われたその顔から、思いもかけない運命の仕打ちに絶望し、生きる希望を失い、この先のことは一切考えられない状態でいるのは、誰の目から見ても明らかだった。
その様子を見てルノーは心を痛めた。
自分の娘とそう変わらない若い娘が、自分の生まれ故郷、家族、友人、そしてなにより自分が生きてきた証、僅かだが自分が作ってきた歴史を根こそぎ奪われたのだ。なんて非情なことか。その悲しみは当人以外計り知れない。その上、まったく未知な世界へ、たった一人放り出されたのだ。いくら身の保証は確保されているとはいえ、これほどの不安で心細いことはあるだろうか?
ベッドの天井の一点を無言で見つめているさくらの青白い顔を見て、ルノーは、何と言葉を掛けてよいか分からないでいた。今はどんな言葉で慰めても、到底慰めきれるものではないと分かっていたからだ。だが、体の為に何か飲み物を飲ませねばと思った。
「温かいお茶をご用意してございます」
そう言うと、さくらをゆっくりと抱え起こした。さくらは抵抗する気力もなく、ぐったりとルノーに寄り掛かり、差し出されたお茶をすすった。甘くて温かいものがゆっくり喉を通り、胃の中に流れ落ちていくのを感じた。その温かさが気持ちを落ち着かせると同時に、この世界で「生きていること」を実感させ、涙が溢れ出した。
ルノーはそっとハンカチでさくらの涙を拭った。そして優しく話しかけた。
「さくら様。今のさくら様のご心境を察しますと、本当に胸が痛みます。どんなにかお辛いことかと。しかしながら、我ら国民にとりましては、異世界から王妃様をお迎え申し上げることができて、これほど喜ばしいことはございません。待ち望んでいたことなのでございます」
さくらは答えなかった。嗚咽を堪えるのに必死だった。ルノーからあてがわれたハンカチで口を押さえ、必死に堪えた。
「さくら様にとってのご不幸が、我々にとって希望ということは、本当に皮肉な事でございます。ですから、私共は罪滅ぼしの思いも込めまして、一生懸命お世話をさせて頂く所存でございます」
ルノーはそう言うと、カップのお茶をさくらに飲また。
泣いていたために、たかが一杯のお茶を飲ませるのにとても時間がかかったが、ルノーは焦らず、とても優しくゆっくり丁寧に飲ませてくれた。そのおかげで、飲み干した頃には、さくらの気持ちもだいぶ落ち着いていた。
☆彡
侍女二人が出ていっても、さくらはベッドから出ようとはしなかった。ルノーに上半身を起こされたままの状態で、涙は止まったものの、抜け殻のようにだらりと座っていた。
何の気なしに部屋を見回したとき、自分のバッグに目が留まった。前に見たときと同じく部屋の隅にブーツと並んで置いてあった。
さくらはベッドから這い出ると、自分の荷物に駆け寄った。そして夢中でバッグを開けた。最初に目に入ってきたのは、くしゃくしゃになった映画の前売りチケットだった。さくらの気持ちがまた一気に引き戻された。あの日―――あの雨の日が鮮明に甦ってくる。亘と見に行くはずだった映画のチケット・・・。
再び涙があふれてきた。さくらはチケットを手に取ると、優しく皺を伸ばし、愛しそうにチケットを眺めた。その時、何か違和感を覚え、チケットを持ち直し、しっかりと見つめた。
さくらは青くなり、小刻みに震え始めた。
(まさか・・・、こんなことって・・・! )
読めないのだ! チケットに書かれている文字が! 何て書いてあるのかさっぱり分からなくなっているのだ。
チケットに大きく書かれている文字、これはおそらく映画の題名だろう。何の映画を見るつもりだったかは覚えているから、題名は知っているが、文字は読めないのだ。それ以外に細かく書かれている文字も。
さくらはチケットを放り投げ、バッグの中を漁り、自分の手帳を取り出した。思い切って広げてみると・・・。やはり結果は同じだった。自分で書いた文字すら読めない。さくらは愕然とした。
その時、手帳からパラリと何かが落ちた。さくらは震える手でそれを拾った。そしてそれを見るや、叫び声をあげ、手帳の中を片っ端から調べた。
調べ終えた後、さくらの手から手帳が離れ、床に落ちた。その衝撃で、手帳に挟んでいた写真も床に散らばった。友人と撮ったプリクラや写真、すべて不自然に一箇所空間ができていている。
さくらは一枚手に握り締めていた写真をもう一度見た。亘が中途半端の高さに片腕を広げ、微笑んでいる。誰もいない亘の腕の中。一人ぼっちで映っている。それでもこっちを見て笑っている。写真の上に大粒の雫がいくつも落ちた。
さくらは声を上げて泣いた。床に倒れこみ、そのまま大声を上げて泣き続けた。
「お目覚めでございますか?」
ルノーは心配そうに尋ねた。さくらはゆっくりルノーのほうに顔を向けた。ぼんやりと中年女性を見るさくらの目には光がなく、焦点も会っていないように見えた。生気が失われたその顔から、思いもかけない運命の仕打ちに絶望し、生きる希望を失い、この先のことは一切考えられない状態でいるのは、誰の目から見ても明らかだった。
その様子を見てルノーは心を痛めた。
自分の娘とそう変わらない若い娘が、自分の生まれ故郷、家族、友人、そしてなにより自分が生きてきた証、僅かだが自分が作ってきた歴史を根こそぎ奪われたのだ。なんて非情なことか。その悲しみは当人以外計り知れない。その上、まったく未知な世界へ、たった一人放り出されたのだ。いくら身の保証は確保されているとはいえ、これほどの不安で心細いことはあるだろうか?
ベッドの天井の一点を無言で見つめているさくらの青白い顔を見て、ルノーは、何と言葉を掛けてよいか分からないでいた。今はどんな言葉で慰めても、到底慰めきれるものではないと分かっていたからだ。だが、体の為に何か飲み物を飲ませねばと思った。
「温かいお茶をご用意してございます」
そう言うと、さくらをゆっくりと抱え起こした。さくらは抵抗する気力もなく、ぐったりとルノーに寄り掛かり、差し出されたお茶をすすった。甘くて温かいものがゆっくり喉を通り、胃の中に流れ落ちていくのを感じた。その温かさが気持ちを落ち着かせると同時に、この世界で「生きていること」を実感させ、涙が溢れ出した。
ルノーはそっとハンカチでさくらの涙を拭った。そして優しく話しかけた。
「さくら様。今のさくら様のご心境を察しますと、本当に胸が痛みます。どんなにかお辛いことかと。しかしながら、我ら国民にとりましては、異世界から王妃様をお迎え申し上げることができて、これほど喜ばしいことはございません。待ち望んでいたことなのでございます」
さくらは答えなかった。嗚咽を堪えるのに必死だった。ルノーからあてがわれたハンカチで口を押さえ、必死に堪えた。
「さくら様にとってのご不幸が、我々にとって希望ということは、本当に皮肉な事でございます。ですから、私共は罪滅ぼしの思いも込めまして、一生懸命お世話をさせて頂く所存でございます」
ルノーはそう言うと、カップのお茶をさくらに飲また。
泣いていたために、たかが一杯のお茶を飲ませるのにとても時間がかかったが、ルノーは焦らず、とても優しくゆっくり丁寧に飲ませてくれた。そのおかげで、飲み干した頃には、さくらの気持ちもだいぶ落ち着いていた。
☆彡
侍女二人が出ていっても、さくらはベッドから出ようとはしなかった。ルノーに上半身を起こされたままの状態で、涙は止まったものの、抜け殻のようにだらりと座っていた。
何の気なしに部屋を見回したとき、自分のバッグに目が留まった。前に見たときと同じく部屋の隅にブーツと並んで置いてあった。
さくらはベッドから這い出ると、自分の荷物に駆け寄った。そして夢中でバッグを開けた。最初に目に入ってきたのは、くしゃくしゃになった映画の前売りチケットだった。さくらの気持ちがまた一気に引き戻された。あの日―――あの雨の日が鮮明に甦ってくる。亘と見に行くはずだった映画のチケット・・・。
再び涙があふれてきた。さくらはチケットを手に取ると、優しく皺を伸ばし、愛しそうにチケットを眺めた。その時、何か違和感を覚え、チケットを持ち直し、しっかりと見つめた。
さくらは青くなり、小刻みに震え始めた。
(まさか・・・、こんなことって・・・! )
読めないのだ! チケットに書かれている文字が! 何て書いてあるのかさっぱり分からなくなっているのだ。
チケットに大きく書かれている文字、これはおそらく映画の題名だろう。何の映画を見るつもりだったかは覚えているから、題名は知っているが、文字は読めないのだ。それ以外に細かく書かれている文字も。
さくらはチケットを放り投げ、バッグの中を漁り、自分の手帳を取り出した。思い切って広げてみると・・・。やはり結果は同じだった。自分で書いた文字すら読めない。さくらは愕然とした。
その時、手帳からパラリと何かが落ちた。さくらは震える手でそれを拾った。そしてそれを見るや、叫び声をあげ、手帳の中を片っ端から調べた。
調べ終えた後、さくらの手から手帳が離れ、床に落ちた。その衝撃で、手帳に挟んでいた写真も床に散らばった。友人と撮ったプリクラや写真、すべて不自然に一箇所空間ができていている。
さくらは一枚手に握り締めていた写真をもう一度見た。亘が中途半端の高さに片腕を広げ、微笑んでいる。誰もいない亘の腕の中。一人ぼっちで映っている。それでもこっちを見て笑っている。写真の上に大粒の雫がいくつも落ちた。
さくらは声を上げて泣いた。床に倒れこみ、そのまま大声を上げて泣き続けた。
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