66 / 74
66.揺らぐ思い
しおりを挟む
我がランドルフ領は国境に面している土地柄、隣国からのスパイ侵入事件は少なくない。
例の武器密輸事件のこともあり、その絡みで隣国から刺客が送り込まれたとも考えられた。
もしくは政治的な権力争いで、父の失脚を望んでいる反対派閥の襲撃か。
現在、この国は宰相を務めるブラウン侯爵家に権力が集中している。そのブラウン侯爵家を筆頭で支えているのがランドルフ公爵家だ。大黒柱に近い我が家の失脚はブラウン家にとって大きな痛手となる。
しかし、今回の襲撃は、祖父が生け捕りにした捕虜から、彼らはランドルフ家に潰された元下級貴族に雇われた刺客と分かった。なけなしの金を叩いて我が家に一矢報いようとしたらしい。完全な逆恨みだ。
我が家の裏稼業からしても、このような逆恨みを受けることもよくあることだ。
しかし、一番気になる事は、今回の襲撃で刺客がまっすくクラウディアを狙ってきたことだ。
本来なら殺すよりも人質目的で拉致する予定だったらしい。
まだ婚約者である彼女はランドルフ家の中で一番弱く、そして我が家にとって一番の弱点だと調べた上での犯行だ。
今後もきっと彼女を狙った襲撃は起こるだろう。
逆恨みにしても、醜い権力争いにしても、襲撃する対象は相手の弱点だから。
それは最初から分かっていた。
分かっていたからこそ手放そうと思っていたのだ。
それを全身全霊で守り抜くことで、手元に置くと決めたのだ。
でも、今になってその決心が揺らいでくる。
刺客が放った吹き矢には毒が塗られていた。
刺された馬は翌日に死んだ。
馬の図体だから一日持ったのだ。人間ならばすぐにでも毒が回って死んでいただろう。
そう考えた時、改めて体が震える。
あの時、あの矢がディアに刺さっていたら・・・。
もし、僕の腕の中で息絶えていたら・・・。
『私、今とっても楽しくて、本当に幸せですわ!』
この土地に来る前まで、そんな風に笑って言ってくれた彼女。
それなのに・・・。
その笑顔が一生見られない事態になるかもしれなかったのだ。
「本当に幸せなのだろうか? 僕なんかといて・・・」
僕は自分の部屋に戻り、一人になった途端独り言ちた。
その疑問の答えなんて決まっている。
それなのに、僕は何度も自問を繰り返した。
★
クラウディアの体調を考慮し、僕らは王都への帰国を一週間遅らせることにした。
早馬を走らせ、ロイス伯爵家には詫びと事情の連絡を入れた。
伯爵は相当ご立腹だろう。
この一週間、クラウディアには絶対安静を言い渡した。
そして僕は出来るだけ彼女の傍で過ごした。
彼女は襲撃事件の事について何も聞いてこなかった。
きっと聞きたいことはたくさんあるはずだ。
自分が乗っていた馬はどうなったのか。
襲ってきた男は何者なのか?
なぜ自分が狙われたのか―――本当に狙われたのは自分なのか?
それだけじゃない。
目の前で人が殺されたのだ。たとえ暴漢だったとしても。
普段穏やかに生活している彼女には目にするはずのない光景だ。
護衛が振り下ろした剣から飛び散った大量の血しぶきを見て、一体どう思っただろう?
どれだけ恐ろしかっただろうか?
それでも彼女は何も言わない。
僕が自分から話すまで待ってくれているのだろう。
彼女の口から出るのは日々の他愛のない話だけ。それを面白おかしく笑顔で話してくれる。
ただ、夜になると思い出して怖くなるようだ。
眠るまで僕に傍にいるように懇願してくる。
もちろん、僕は傍を離れない。彼女の手を握り、眠りに落ちるまで傍にいた。
何も聞かない彼女をいい事に、僕は何も話さなかった。
怖がらせたくないというのも嘘ではない。
だが、本音は僕に勇気がなかっただけ。
本当のランドルフ家の姿と、本当の僕の姿を知られるのが怖かっただけだ。
いくら国の為とは言え、ランドルフが行っている後ろ暗い所業を知ったら、彼女はどう思うのだろう?
そして、この僕もそれに手を染めている人殺しだと知ったら?
そして、そんな家のせいで自分の命が狙われたのだと知ったら?
それでも君は僕を大好きと言ってくれるのだろうか?
僕は握っている彼女の手を見つめた。
僕よりもずっと小さな手。とっても柔らかくって可愛らしくて、いつまでも握っていてくなる手。
彼女からは規則正しい寝息が聞こえる。
僕は彼女の手にキスをし、そっと離すと布団の上に優しく置いた。
そして彼女の寝顔を覗き込んだ。
うなされる様子もなく、スヤスヤと寝ている。
僕は彼女の額に唇を近づけた。
だが、途端に自分がとてつもなく黒く薄汚い存在に思えた。
―――彼女に触れる権利などない。
唇が額に触れる前に彼女から離れると、僕は静かに部屋を後にした。
例の武器密輸事件のこともあり、その絡みで隣国から刺客が送り込まれたとも考えられた。
もしくは政治的な権力争いで、父の失脚を望んでいる反対派閥の襲撃か。
現在、この国は宰相を務めるブラウン侯爵家に権力が集中している。そのブラウン侯爵家を筆頭で支えているのがランドルフ公爵家だ。大黒柱に近い我が家の失脚はブラウン家にとって大きな痛手となる。
しかし、今回の襲撃は、祖父が生け捕りにした捕虜から、彼らはランドルフ家に潰された元下級貴族に雇われた刺客と分かった。なけなしの金を叩いて我が家に一矢報いようとしたらしい。完全な逆恨みだ。
我が家の裏稼業からしても、このような逆恨みを受けることもよくあることだ。
しかし、一番気になる事は、今回の襲撃で刺客がまっすくクラウディアを狙ってきたことだ。
本来なら殺すよりも人質目的で拉致する予定だったらしい。
まだ婚約者である彼女はランドルフ家の中で一番弱く、そして我が家にとって一番の弱点だと調べた上での犯行だ。
今後もきっと彼女を狙った襲撃は起こるだろう。
逆恨みにしても、醜い権力争いにしても、襲撃する対象は相手の弱点だから。
それは最初から分かっていた。
分かっていたからこそ手放そうと思っていたのだ。
それを全身全霊で守り抜くことで、手元に置くと決めたのだ。
でも、今になってその決心が揺らいでくる。
刺客が放った吹き矢には毒が塗られていた。
刺された馬は翌日に死んだ。
馬の図体だから一日持ったのだ。人間ならばすぐにでも毒が回って死んでいただろう。
そう考えた時、改めて体が震える。
あの時、あの矢がディアに刺さっていたら・・・。
もし、僕の腕の中で息絶えていたら・・・。
『私、今とっても楽しくて、本当に幸せですわ!』
この土地に来る前まで、そんな風に笑って言ってくれた彼女。
それなのに・・・。
その笑顔が一生見られない事態になるかもしれなかったのだ。
「本当に幸せなのだろうか? 僕なんかといて・・・」
僕は自分の部屋に戻り、一人になった途端独り言ちた。
その疑問の答えなんて決まっている。
それなのに、僕は何度も自問を繰り返した。
★
クラウディアの体調を考慮し、僕らは王都への帰国を一週間遅らせることにした。
早馬を走らせ、ロイス伯爵家には詫びと事情の連絡を入れた。
伯爵は相当ご立腹だろう。
この一週間、クラウディアには絶対安静を言い渡した。
そして僕は出来るだけ彼女の傍で過ごした。
彼女は襲撃事件の事について何も聞いてこなかった。
きっと聞きたいことはたくさんあるはずだ。
自分が乗っていた馬はどうなったのか。
襲ってきた男は何者なのか?
なぜ自分が狙われたのか―――本当に狙われたのは自分なのか?
それだけじゃない。
目の前で人が殺されたのだ。たとえ暴漢だったとしても。
普段穏やかに生活している彼女には目にするはずのない光景だ。
護衛が振り下ろした剣から飛び散った大量の血しぶきを見て、一体どう思っただろう?
どれだけ恐ろしかっただろうか?
それでも彼女は何も言わない。
僕が自分から話すまで待ってくれているのだろう。
彼女の口から出るのは日々の他愛のない話だけ。それを面白おかしく笑顔で話してくれる。
ただ、夜になると思い出して怖くなるようだ。
眠るまで僕に傍にいるように懇願してくる。
もちろん、僕は傍を離れない。彼女の手を握り、眠りに落ちるまで傍にいた。
何も聞かない彼女をいい事に、僕は何も話さなかった。
怖がらせたくないというのも嘘ではない。
だが、本音は僕に勇気がなかっただけ。
本当のランドルフ家の姿と、本当の僕の姿を知られるのが怖かっただけだ。
いくら国の為とは言え、ランドルフが行っている後ろ暗い所業を知ったら、彼女はどう思うのだろう?
そして、この僕もそれに手を染めている人殺しだと知ったら?
そして、そんな家のせいで自分の命が狙われたのだと知ったら?
それでも君は僕を大好きと言ってくれるのだろうか?
僕は握っている彼女の手を見つめた。
僕よりもずっと小さな手。とっても柔らかくって可愛らしくて、いつまでも握っていてくなる手。
彼女からは規則正しい寝息が聞こえる。
僕は彼女の手にキスをし、そっと離すと布団の上に優しく置いた。
そして彼女の寝顔を覗き込んだ。
うなされる様子もなく、スヤスヤと寝ている。
僕は彼女の額に唇を近づけた。
だが、途端に自分がとてつもなく黒く薄汚い存在に思えた。
―――彼女に触れる権利などない。
唇が額に触れる前に彼女から離れると、僕は静かに部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます
水無瀬流那
恋愛
転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。
このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?
使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います!
※小説家になろうでも掲載しています
【完結】強制力なんて怖くない!
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。
どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。
そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……?
強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。
短編です。
完結しました。
なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。
でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。
果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
【完】チェンジリングなヒロインゲーム ~よくある悪役令嬢に転生したお話~
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
私は気がついてしまった……。ここがとある乙女ゲームの世界に似ていて、私がヒロインとライバル的な立場の侯爵令嬢だったことに。その上、ヒロインと取り違えられていたことが判明し、最終的には侯爵家を放逐されて元の家に戻される。但し、ヒロインの家は商業ギルドの元締めで新興であるけど大富豪なので、とりあえず私としては目指せ、放逐エンド! ……貴族より成金うはうはエンドだもんね。
(他サイトにも掲載しております。表示素材は忠藤いずる:三日月アルペジオ様より)
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました
堀 和三盆
恋愛
――悪役令嬢様、悪役令嬢様。いらっしゃいましたら階段の所までお越しください――
転生者が多く通う学園でいつの間にか広まった遊び『悪役令嬢様』。『こっくりさん』や『○○様』といったいわゆる降霊術を異世界仕様にしたものである。婚約者を持つ者がやると悪役令嬢様が現れて、恋のアドバイスをしてくれるという。
伯爵令嬢のメリーは婚約者の浮気で悩んでいたが1人では怖くてできなかった。オカルト研究会部長のエーサンは興味はあったが婚約者がいないためできなかった。そんな2人で儀式をやったら悪役令嬢様が帰ってくれなくなっちゃって……!?
『わ・い・ん・か・け・ろ』
『き・ょ・う・か・し・ょ・か・く・せ』
『の・ー・と・や・ぶ・れ』
悪役令嬢様の指示は絶対だ。達成しないと帰ってもらえない。でも、メリーには他の転生者とは違うある事情があって……。
申し訳ないけど、悪役令嬢から足を洗らわせてもらうよ!
甘寧
恋愛
この世界が小説の世界だと気づいたのは、5歳の頃だった。
その日、二つ年上の兄と水遊びをしていて、足を滑らせ溺れた。
その拍子に前世の記憶が凄まじい勢いで頭に入ってきた。
前世の私は東雲菜知という名の、極道だった。
父親の後を継ぎ、東雲組の頭として奮闘していたところ、組同士の抗争に巻き込まれ32年の生涯を終えた。
そしてここは、その当時読んでいた小説「愛は貴方のために~カナリヤが望む愛のカタチ~」の世界らしい。
組の頭が恋愛小説を読んでるなんてバレないよう、コソコソ隠れて読んだものだ。
この小説の中のミレーナは、とんだ悪役令嬢で学園に入学すると、皆に好かれているヒロインのカナリヤを妬み、とことん虐め、傷ものにさせようと刺客を送り込むなど、非道の限りを尽くし断罪され死刑にされる。
その悪役令嬢、ミレーナ・セルヴィロが今の私だ。
──カタギの人間に手を出しちゃ、いけないねぇ。
昔の記憶が戻った以上、原作のようにはさせない。
原作を無理やり変えるんだ、もしかしたらヒロインがハッピーエンドにならないかもしれない。
それでも、私は悪役令嬢から足を洗う。
小説家になろうでも連載してます。
※短編予定でしたが、長編に変更します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる