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65.ハエ
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みんなで楽しく昼食を終え、少しゆったりとした時間を過ごした後、帰り支度を始めた。
「ディア、帰りも一人で大丈夫? 疲れてないかい? 良かったら僕と一緒に・・・」
「ぜーんぜん大丈夫ですわ! たくさん食べて休んだので元気いっぱいですもの!」
「ケケケ、またフラれとる。懲りないの~。痛っ・・・!」
今度は祖父の足を踏んでやった。
僕の助けでディアが馬に乗り、祖母も使用人たちも馬車に乗り込んで出発したその時だ。
ふと祖父が背後の木々に目を向けた。
「・・・うるさいハエが居るようじゃのう。ちょっと様子を見てくるか」
そう言った途端、二人の護衛がさりげなく祖父に近寄ってきた。
「ハエですか?」
クラウディアが首を傾げた。
「ディアは気にしなくていいよ。では僕らは先に帰ることにします、お祖父様。後はよろしくお願いします。」
「任せておけ」
祖父はそう言うと、年の割にはヒラリと華麗に馬に跨り、護衛を引き連れて森の奥に消えていった。
「え? お祖父様?」
ポカンと祖父を見送るクラウディアに、
「野暮用だよ。ディア。さあ、帰ろう」
僕も馬に跨るとクラウディアの傍に近づいた。
いつの間にか、馬に乗った二人の護衛が僕らに傍に寄り添っている。
行きはいなかった彼らに、クラウディアは困惑な表情を浮かべた。
「ほら、お祖母様の馬車も出発した。さあ、後を追うよ」
何か聞きたげな彼女にわざと気が付かないふりをして、にっこりと微笑んだ。
クラウディアは言葉を呑み込むように頷くと、前を見て手綱を取った。
僕はクラウディアの横に並んで馬を歩かせる。
そのすぐ後ろを護衛の馬がピッタリと付いて来る。
僕は周りの森に全神経を集中させていた。もちろん護衛らもだ。
そのピリピリした空気がクラウディアにも伝わったのだろう。彼女は口を堅く閉じ、手綱を握る手に力がこもっている。
下手に怖がらせる事も出来ないし、だからと言って、安心させ過ぎて緊張感が抜けてしまっても困る。
不安にさせて可哀相だが、ここは森を抜けるまで我慢してもらおう。
―――カサッ
微かに音がした。
しまった! ディア側の方だ!
一人の男が草むらから飛び出して来た。そして、迷うことなくディアに向かって襲ってきた。
だが、一瞬で護衛が間に割って入り、剣を振り下ろした。
男は崩れるようにその場に倒れた。
すぐさま次の襲撃に備えたが、周りから何も聞こえない。
ハエの残党はこの一人だけのようだ。
護衛は馬から飛び降りると、倒れた男の髪の毛を引っ張り、そいつの体を起こした。
それが間違いだった。
男はまだ生きていたのだ。
奴は髪の毛を掴まれたままの状態で、口に筒状をの物を当てると思いっきり吹いた。
吹き矢だ!
そして、その方向にいるのは・・・。
クラウディア!
「ディア!!」
僕が叫び声を上げたと同時に、クラウディアの馬が大きな嘶きを上げたかと思うと、暴れ出した。
「きゃあああ!!」
クラウディアが必死に馬にしがみ付く。
矢はクラウディアではなく、馬の後ろ足の付根に深く刺さっていた。
クラウディアに矢が刺さらなかったのは幸いと言っても、今の状況は最悪だ。
「ディア! しっかり掴まっていて!」
そう叫びながら彼女の馬を制しに駆け寄った。
しかし、異常なほどに暴れ回る馬に、彼女の握力はまったく敵わなかった。
彼女のか弱い手は手綱から放れてしまい、そのまま地面に振落とされてしまった。
★
「大丈夫かい? ディア・・・」
ベッドの中で目を覚ましたクラウディアに僕はそっと尋ねた。
「カイル様・・・」
「起きないで。横になっていて」
僕を見て起き上がろうとした彼女を制して、無理やりベッドに寝かせた。
「ずっと傍にいて下さったのですか?」
「うん・・・」
弱々しく微笑む彼女に僕は小さく頷いた。
「そんなに心配なさらないで下さい、カイル様。今回は頭は打っていませんもの。肩から落ちましたから」
だがそのせいで肩を脱臼してしまった。すぐに整復したが、その時の激痛で気を失ってしまったのだ。
三角巾で左腕を固定している姿が痛々しくてならない。
「ごめん。ディア。いや・・・。ごめんなんて軽々しい言葉じゃ済まない。僕らが付いていながら君にこんな怪我をさせるなんて・・・」
「なぜカイル様が謝るのですか!? カイル様は悪くありませんわ! 悪いのは簡単に馬から振り落とされた私ですわ。体力が無さ過ぎですわね。もっと鍛えますわ!」
彼女はそう言って明るく笑って見せる。
その笑顔に僕は胸を締め付けられる思いがした。
「そんなことない・・・。僕のせいだ・・・」
力無く俯く僕の頬に何かが触れた。
それは彼女の手のひらだ。そっと優しく僕の頬を撫でてくれる。
僕はその手を両手で握りしめた。
「君にもしものことがあったら・・・、僕は・・・」
「もしものことなんてありませんわ、絶対に。だから安心してください」
クラウディアは力強く言い切った。
でも・・・。
「カイル様。痛み止めの薬のせいでまだ眠いのです。私が眠るまで傍にいてくれますか?」
「・・・うん。君が寝るまでここにいるね」
「ふふふ。ありがとうございます。カイル様。大好きですわ」
うん。僕も君が大好きだ。
大好きで、誰よりも大切で、僕の宝物なんだ・・・。
でも・・・。
やっぱり、この宝物は僕が持っていてはいけないのかもしれない。
傷つけてしまうくらいなら、いっそ・・・。
彼女の寝顔を見ながら、僕の頭には昔切って捨てたはずの考えが再び浮かんできていた。
「ディア、帰りも一人で大丈夫? 疲れてないかい? 良かったら僕と一緒に・・・」
「ぜーんぜん大丈夫ですわ! たくさん食べて休んだので元気いっぱいですもの!」
「ケケケ、またフラれとる。懲りないの~。痛っ・・・!」
今度は祖父の足を踏んでやった。
僕の助けでディアが馬に乗り、祖母も使用人たちも馬車に乗り込んで出発したその時だ。
ふと祖父が背後の木々に目を向けた。
「・・・うるさいハエが居るようじゃのう。ちょっと様子を見てくるか」
そう言った途端、二人の護衛がさりげなく祖父に近寄ってきた。
「ハエですか?」
クラウディアが首を傾げた。
「ディアは気にしなくていいよ。では僕らは先に帰ることにします、お祖父様。後はよろしくお願いします。」
「任せておけ」
祖父はそう言うと、年の割にはヒラリと華麗に馬に跨り、護衛を引き連れて森の奥に消えていった。
「え? お祖父様?」
ポカンと祖父を見送るクラウディアに、
「野暮用だよ。ディア。さあ、帰ろう」
僕も馬に跨るとクラウディアの傍に近づいた。
いつの間にか、馬に乗った二人の護衛が僕らに傍に寄り添っている。
行きはいなかった彼らに、クラウディアは困惑な表情を浮かべた。
「ほら、お祖母様の馬車も出発した。さあ、後を追うよ」
何か聞きたげな彼女にわざと気が付かないふりをして、にっこりと微笑んだ。
クラウディアは言葉を呑み込むように頷くと、前を見て手綱を取った。
僕はクラウディアの横に並んで馬を歩かせる。
そのすぐ後ろを護衛の馬がピッタリと付いて来る。
僕は周りの森に全神経を集中させていた。もちろん護衛らもだ。
そのピリピリした空気がクラウディアにも伝わったのだろう。彼女は口を堅く閉じ、手綱を握る手に力がこもっている。
下手に怖がらせる事も出来ないし、だからと言って、安心させ過ぎて緊張感が抜けてしまっても困る。
不安にさせて可哀相だが、ここは森を抜けるまで我慢してもらおう。
―――カサッ
微かに音がした。
しまった! ディア側の方だ!
一人の男が草むらから飛び出して来た。そして、迷うことなくディアに向かって襲ってきた。
だが、一瞬で護衛が間に割って入り、剣を振り下ろした。
男は崩れるようにその場に倒れた。
すぐさま次の襲撃に備えたが、周りから何も聞こえない。
ハエの残党はこの一人だけのようだ。
護衛は馬から飛び降りると、倒れた男の髪の毛を引っ張り、そいつの体を起こした。
それが間違いだった。
男はまだ生きていたのだ。
奴は髪の毛を掴まれたままの状態で、口に筒状をの物を当てると思いっきり吹いた。
吹き矢だ!
そして、その方向にいるのは・・・。
クラウディア!
「ディア!!」
僕が叫び声を上げたと同時に、クラウディアの馬が大きな嘶きを上げたかと思うと、暴れ出した。
「きゃあああ!!」
クラウディアが必死に馬にしがみ付く。
矢はクラウディアではなく、馬の後ろ足の付根に深く刺さっていた。
クラウディアに矢が刺さらなかったのは幸いと言っても、今の状況は最悪だ。
「ディア! しっかり掴まっていて!」
そう叫びながら彼女の馬を制しに駆け寄った。
しかし、異常なほどに暴れ回る馬に、彼女の握力はまったく敵わなかった。
彼女のか弱い手は手綱から放れてしまい、そのまま地面に振落とされてしまった。
★
「大丈夫かい? ディア・・・」
ベッドの中で目を覚ましたクラウディアに僕はそっと尋ねた。
「カイル様・・・」
「起きないで。横になっていて」
僕を見て起き上がろうとした彼女を制して、無理やりベッドに寝かせた。
「ずっと傍にいて下さったのですか?」
「うん・・・」
弱々しく微笑む彼女に僕は小さく頷いた。
「そんなに心配なさらないで下さい、カイル様。今回は頭は打っていませんもの。肩から落ちましたから」
だがそのせいで肩を脱臼してしまった。すぐに整復したが、その時の激痛で気を失ってしまったのだ。
三角巾で左腕を固定している姿が痛々しくてならない。
「ごめん。ディア。いや・・・。ごめんなんて軽々しい言葉じゃ済まない。僕らが付いていながら君にこんな怪我をさせるなんて・・・」
「なぜカイル様が謝るのですか!? カイル様は悪くありませんわ! 悪いのは簡単に馬から振り落とされた私ですわ。体力が無さ過ぎですわね。もっと鍛えますわ!」
彼女はそう言って明るく笑って見せる。
その笑顔に僕は胸を締め付けられる思いがした。
「そんなことない・・・。僕のせいだ・・・」
力無く俯く僕の頬に何かが触れた。
それは彼女の手のひらだ。そっと優しく僕の頬を撫でてくれる。
僕はその手を両手で握りしめた。
「君にもしものことがあったら・・・、僕は・・・」
「もしものことなんてありませんわ、絶対に。だから安心してください」
クラウディアは力強く言い切った。
でも・・・。
「カイル様。痛み止めの薬のせいでまだ眠いのです。私が眠るまで傍にいてくれますか?」
「・・・うん。君が寝るまでここにいるね」
「ふふふ。ありがとうございます。カイル様。大好きですわ」
うん。僕も君が大好きだ。
大好きで、誰よりも大切で、僕の宝物なんだ・・・。
でも・・・。
やっぱり、この宝物は僕が持っていてはいけないのかもしれない。
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