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11.殿下の好み

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夜会から暫く立ったある日、王太子からリーリエ嬢を婚約者に選んだと内密に教えられた。

「正直、驚きました。私は、殿下はバイオレット嬢をお選びになると思っておりましたから」

一緒に呼び出された宰相の子息のアンドレ・ブラウン侯爵令息が、僕と同じ感想を先に口にした。

「うん。バイオレット嬢にも心惹かれるものがあったのは本当だよ。彼女はとても素敵な女性だったからね。でも、いろいろ話してみて、王妃として共にこの国を支えるのならリーリエ嬢が一番好ましいと思ったんだ」

彼は優しい笑顔を僕たちに向けると、そっとお茶を口にした。
それを合図に、僕らも一口頂く。

「冷静ですね、殿下は。自分の恋心を胸におしまいになり、国家のために妃をお選びになったのですね」

アンドレは少し気の毒そうな顔をした。

「とは言え、我々貴族は政略結婚が当たり前ですからね。利益を生まない結婚などは貴族としての義務を怠っているとも言えましょう」

「うーん、そうとも言えないよ。僕個人的にも彼女を気に入ってるよ、とてもね」

「そうですか? それなら結構なことでございますが」

「うん、彼女の僕を虫けらのように見る目が堪らないっていうか・・・」

あれ? ビンセントってそっち系だったっけ?

「王太子だからって何? みたいな目が、何ともこう、心くすぐられるというか・・・」

ちょっと、ビンセント。アンドレが固まってるよ。

「あはは、アンドレ。冗談だよ。まあ、半分本当だけど。それにね、彼女は一見冷たそうに見えるけれど、実は正義感が強くて、とても情に厚い。それは昔から知っていたんだ。だからと言って、情に流されて正義を曲げることはしない。その強さを僕は昔から買っていたんだよ」

「そう・・・だったんですか・・・」

アンドレは何とか返事をしている。ビンセントの軽く病んだ発言のショックから抜け出せていないようだ。

「僕の中では、婚約者候補になる前から、密かに彼女を想っていたんだ。それでも、三人も候補に出されたからには、しっかりと見極めないと彼女たちに失礼だろう? 気持ちをフラットに切り替えて、改めて観察させてもらったよ。その時に、癒しだけを求めるならバイオレット嬢と思い、心が揺れたのも本当だ」

ビンセントはちょっと申し訳なさそうな顔で、手にしている自分のティーカップを覗いた。
そして一口飲むを、優雅な手付きでゆっくりとソーサーに戻した。

「でも、やはり僕の隣にいるのは癒しだけの女性では頼りない。物事を一緒に考えて一緒に行動してくれる女性が好ましい。イエスマンは要らないんだ。まあ、イエスマンじゃないのはここにいるから、十分と言えば十分だけど」

意味ありげな微笑みで僕らを見る。特に僕の方を見ているのは気のせいかな?

「では、せめて妻ぐらい癒しを求めてもいいのでは?」

僕は軽く言い返した。

「うーん、そこは、僕の性癖・・・いや、好みも相まってというか」

「はっきり言って、ご自分の好みがリーリエ嬢だったという一言に尽きるのでしょう?」

「うん。そうだね、そういう事だ。前置きが長過ぎたね。ごめんね」

開き直った清々しい笑顔に、僕は軽く溜息を付いた。

「・・・リーリエ嬢が殿下の好みだったとは・・・」

僕の隣で、アンドレは小声でブツブツ呟いている。
うん、僕も騙されたよ。これで僕の目は節穴だったという事が証明された。君もね。
お互い側近として、もう少し観察眼を磨かないといけないようだ。





クラウン王立学院に入学するまでの一年間、クラウディアは自分の願望―――僕と濃厚で濃密な時間を過ごす為に、いろいろと頑張ってくれていた。

僕が伯爵邸に訪れるよりも、彼女が我が家に来訪することが多くなった。
その度に、手作り菓子を持参してくる。
令嬢が台所に入るなど本来ならあり得ないと思うが、前世では得意だったというクッキーやパウンドケーキをせっせと作って持ってくる。
当然、シェフが作った菓子には足元にも及ばないが、それでも彼女の手作りと思うと美味しいと思うから不思議だ。
何も知らないジョセフが、勝手に口にして「ちょっとパサついてますねぇ、このパンケーキ」と言った時には、その口を縫ってやろうかと思ったほどに。

出来るだけ彼女の期待に沿えるよう、僕も時間を作ったが限度があった。
入学までの一年間、僕にはやる事が多い。
学力に関しては、王太子をお守りする側近貴族令息として常にトップクラスでいなければならないため、勉学は疎かにできない。
それ以外に、入学してくる生徒たちの家柄―――危険分子がいないか―――をすべて把握しなければならない。少しでも怪しい家は入学する前に手を打つ必要がある。基本的に「泳がせる」などという甘っちょろい言葉はランドルフ家の辞書には無い。

限られた時間の中、僕の想像と願望の「濃厚で濃密」な時間は無かったが、それでも今まで以上に彼女と共に過ごせた。全身で僕を好きだと伝えてくれる彼女が愛しくて堪らない。
僕にとって幸せな時間だった。彼女にとっても同じだったら嬉しい。

そんな一年間はあっという間に過ぎ、クラウン王立学院に入学する年を迎えた。
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