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7.まだ婚約者
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クラウディアに前世の告白をされた日から、二週間以上経った。
あれから一度も会う機会がなく、今日、久々にロイス伯爵家へ向かっている。
今夜は王宮で王家主催のパーティーがある。それに僕らは揃って招待されたのだ。
ホストはこの国の王太子ビンセント。年頃の令嬢令息の親睦会のようなものだが、それは表向き。
僕の「無二の親友」であるビンセントにはまだ婚約者がいない。
彼の婚約者候補探しが本当の主催目的だ。
だが、裏方事情を知っている僕は、実はこれも名目で、既に婚約者候補は三名に絞られており、そのことを他の有力貴族たちに知られないためのカモフラージュ的な夜会であることを理解している。
クラウディアをエスコートするために伯爵家に到着すると、なんと彼女は門で待っていた。
「カイル様!」
僕が馬車から降りると、クラウディアは満面の笑みを浮かべてパタパタと走り寄ってきた。
「クラウディア嬢。外で待っているなんて。夜なのに冷えてしまうよ」
彼女付きのメイドたちが、僕の言う事にうんうんと頷く。
きっと彼女たちも何度も制したんだろうね。
「でも、心配でしたの。カイル様が来てくださるか」
「どうして? 迎えに行くって手紙を送ったよね?」
「でも、来てくださらないかもって・・・。だって将来、婚約破・・・棄っ、むぐっ・・・!」
「さあ! クラウディア嬢、馬車へどうぞ」
僕は彼女の口元を押さえ、抱えるように馬車へ連れて行った。
★
「良かった! カイル様が迎えに来てくださって! 婚約破棄が決まっている女なんて、もう用無しとばかりに捨てられるかと思って心配でしたの」
馬車に乗り込むと、クラウディアがホッとしたように微笑んだ。
「ちょっと待って、クラウディア嬢。僕はどんなに酷い男なの? 君の中で」
「だって、あと一年で王立学院に入学ですわ。そこで婚約破棄されることは決まっているわけですから、一年程度なら繰り上げても大差ないとお考えになったらと思って・・・」
僕は小さく溜息を付いた。
「クラウディア嬢はそんなに僕と婚約破棄したいの?」
「まさか!! そんなことあるわけないですわ! カイル様のことが大好きですのに!」
僕はまた小さく溜息を付いた。今度は安堵の溜息だ。
「だったら、クラウディア嬢。とりあえず、婚約破棄の話は忘れようか? それに、僕はその予言を信じていないと言ったよね?」
「でも・・・」
「ねえ、仮に予言が当たっていたとしても、今君が言ったように、王立学院入学まであと一年ある。そして、僕が君に婚約破棄を言い渡すのは卒業パーティーのときでしょう? 入学してから卒業まで三年はあるよ?」
「・・・はい」
「だから君は、まだ確実に四年間は僕の婚約者だ」
「・・・でも、学院在籍中の三年間は不毛な片思いで・・・」
「ねえ、クラウディア嬢。まだ会ってもいないヒロインに振り回されるのは止めようよ」
僕は思わず向かいに座る彼女の両手を取った。
「いい? 君はまだ僕の婚約者だよ」
そうだ。まだ僕の婚約者でいておくれ。まだ君を離せない。
僕は自分の手にキュッと力を込めた。
途端に彼女の顔が真っ赤になる。
「そ、そそそ、そうですわよねっ! ま、まだ私はカイル様の婚約者ですものねっ!」
「うん。だから落ち着いて。ね? 折角のパーティーなのだから楽しもうよ」
「はい! そうですわね!」
彼女は真っ赤の顔のままにっこりと笑った。
僕は彼女の手を離し、その手をその真っ赤な頬に添えようとした時、
「ええ、そうよ! まだ一年あるんだわ! 私ったら!」
クラウディアは両手で自分の頬を押さえ、フイっと横を向いてしまった。
「その間は私がどんなにカイル様を大好きだって誰にも迷惑もかけないし、文句も言われないのだわ!」
そう言いながらウンウンと一人頷いている。
聞こえてるよ、クラウディア・・・。
「そうよ、そうよ! 一年しかないではなくて、一年もあるのよ! この一年、私は今まで以上にカイル様と濃厚で濃密な時間を過ごすわっ! 絶対!」
濃厚で濃密って・・・。
淑女が使うのはどうかと思うな。男の方はちょっとよからぬ期待をしてしまうから。
それよりも、独り言はもう少し小さく言わないと。
「私がどれだけカイル様を大好きか伝えないと・・・。ああ、どうやったら伝えられるかしら?」
伝わってないと思う君がすごいね。
お願いだから、そういう独り言は心の中で言ってね。
僕は緩みっぱなしの口元を押さえながら、明後日の方向を見つめて呟いているクラウディアから目を逸らした。心なしか頬が熱い。
クラウディアが自分の世界から戻ってくるころまでには、この熱を冷まさないと。
あれから一度も会う機会がなく、今日、久々にロイス伯爵家へ向かっている。
今夜は王宮で王家主催のパーティーがある。それに僕らは揃って招待されたのだ。
ホストはこの国の王太子ビンセント。年頃の令嬢令息の親睦会のようなものだが、それは表向き。
僕の「無二の親友」であるビンセントにはまだ婚約者がいない。
彼の婚約者候補探しが本当の主催目的だ。
だが、裏方事情を知っている僕は、実はこれも名目で、既に婚約者候補は三名に絞られており、そのことを他の有力貴族たちに知られないためのカモフラージュ的な夜会であることを理解している。
クラウディアをエスコートするために伯爵家に到着すると、なんと彼女は門で待っていた。
「カイル様!」
僕が馬車から降りると、クラウディアは満面の笑みを浮かべてパタパタと走り寄ってきた。
「クラウディア嬢。外で待っているなんて。夜なのに冷えてしまうよ」
彼女付きのメイドたちが、僕の言う事にうんうんと頷く。
きっと彼女たちも何度も制したんだろうね。
「でも、心配でしたの。カイル様が来てくださるか」
「どうして? 迎えに行くって手紙を送ったよね?」
「でも、来てくださらないかもって・・・。だって将来、婚約破・・・棄っ、むぐっ・・・!」
「さあ! クラウディア嬢、馬車へどうぞ」
僕は彼女の口元を押さえ、抱えるように馬車へ連れて行った。
★
「良かった! カイル様が迎えに来てくださって! 婚約破棄が決まっている女なんて、もう用無しとばかりに捨てられるかと思って心配でしたの」
馬車に乗り込むと、クラウディアがホッとしたように微笑んだ。
「ちょっと待って、クラウディア嬢。僕はどんなに酷い男なの? 君の中で」
「だって、あと一年で王立学院に入学ですわ。そこで婚約破棄されることは決まっているわけですから、一年程度なら繰り上げても大差ないとお考えになったらと思って・・・」
僕は小さく溜息を付いた。
「クラウディア嬢はそんなに僕と婚約破棄したいの?」
「まさか!! そんなことあるわけないですわ! カイル様のことが大好きですのに!」
僕はまた小さく溜息を付いた。今度は安堵の溜息だ。
「だったら、クラウディア嬢。とりあえず、婚約破棄の話は忘れようか? それに、僕はその予言を信じていないと言ったよね?」
「でも・・・」
「ねえ、仮に予言が当たっていたとしても、今君が言ったように、王立学院入学まであと一年ある。そして、僕が君に婚約破棄を言い渡すのは卒業パーティーのときでしょう? 入学してから卒業まで三年はあるよ?」
「・・・はい」
「だから君は、まだ確実に四年間は僕の婚約者だ」
「・・・でも、学院在籍中の三年間は不毛な片思いで・・・」
「ねえ、クラウディア嬢。まだ会ってもいないヒロインに振り回されるのは止めようよ」
僕は思わず向かいに座る彼女の両手を取った。
「いい? 君はまだ僕の婚約者だよ」
そうだ。まだ僕の婚約者でいておくれ。まだ君を離せない。
僕は自分の手にキュッと力を込めた。
途端に彼女の顔が真っ赤になる。
「そ、そそそ、そうですわよねっ! ま、まだ私はカイル様の婚約者ですものねっ!」
「うん。だから落ち着いて。ね? 折角のパーティーなのだから楽しもうよ」
「はい! そうですわね!」
彼女は真っ赤の顔のままにっこりと笑った。
僕は彼女の手を離し、その手をその真っ赤な頬に添えようとした時、
「ええ、そうよ! まだ一年あるんだわ! 私ったら!」
クラウディアは両手で自分の頬を押さえ、フイっと横を向いてしまった。
「その間は私がどんなにカイル様を大好きだって誰にも迷惑もかけないし、文句も言われないのだわ!」
そう言いながらウンウンと一人頷いている。
聞こえてるよ、クラウディア・・・。
「そうよ、そうよ! 一年しかないではなくて、一年もあるのよ! この一年、私は今まで以上にカイル様と濃厚で濃密な時間を過ごすわっ! 絶対!」
濃厚で濃密って・・・。
淑女が使うのはどうかと思うな。男の方はちょっとよからぬ期待をしてしまうから。
それよりも、独り言はもう少し小さく言わないと。
「私がどれだけカイル様を大好きか伝えないと・・・。ああ、どうやったら伝えられるかしら?」
伝わってないと思う君がすごいね。
お願いだから、そういう独り言は心の中で言ってね。
僕は緩みっぱなしの口元を押さえながら、明後日の方向を見つめて呟いているクラウディアから目を逸らした。心なしか頬が熱い。
クラウディアが自分の世界から戻ってくるころまでには、この熱を冷まさないと。
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