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1.前世の記憶
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『クラウディア、僕は君との婚約を破棄する!』
昼下がりの柔らかく暖かい日差しの下、我が婚約者のロイス伯爵家自慢のバラの庭園で優雅にお茶をしているときに、婚約者が立ち上がり指を差した。その指を差した先は、そう僕。
「そうおっしゃるのですわ。学院の卒業パーティーの日に私に。カイル様が」
僕は少し呆気に獲られて、カップを手にしたまま固まった。
「公衆の前で、それはそれは堂々と、清々しく声高らかに私におっしゃるのです」
彼女はそう言うと、急に肩を落とした。
「婚約破棄・・・それはいいのです。私なんて家柄も伯爵。それだけではなく外見もこんなにもおかめで小太りで背も低くて・・・、美しいカイル様にはまるで不釣り合いですもの。婚約破棄されても仕方がありませんわ」
そうため息を付くと、ゆっくり椅子に腰を降ろした。
「でも、やはりこんな私でも恥と外聞は持ち合わせておりますの・・・。ですから、破棄を告げる時には公衆の面前は出来たら避けて頂きたくて・・・。その、ひっそりとやんわりと伝えて頂けたら・・・」
彼女は寂しそうに俯いてしまった。
僕は自分の意識を取り戻すと、小さく溜息を付いて一口だけ紅茶を飲んだ。
「質問してもいいかな?」
カップをソーサーに戻すと、じっと彼女を見つめた。
「僕が君と婚約破棄をするってどこから情報を仕入れたの?」
「え?」
「それも学院の卒業パーティーって。僕らが来年入学する王立学院だよね。まだ入学もしていないけど」
「えっと、それはですね、学院に入学をするとカイル様はヒロインと出会うからです!」
彼女は顔を上げるとちょっと顔をほころばせた。
「花も恥じらうほどの可憐なヒロインに巡り合ってカイル様が恋に落ちるからです! 彼女の爵位は男爵で、カイル様は公爵様ですから、何ともまあベタな身分の差があるのですが、それを乗り越えてお二人は結ばるのですわ!」
両手を絡ませ頬に当て、なぜかうっとりした表情をしている。
「でも、私はカイル様のことが大好きで大好きでしょうがないので、嫉妬からそのヒロインを虐めてしまうのです。つまり悪役令嬢になってしまうのですわ。そしてカイル様に酷く嫌われて断罪されてしまうのです」
うっとりとしていたかと思うと今後は再びシュンっと肩を落とす。
無意識に自分が爆弾発言していることも気が付いていないようだ。
僕は緩んでしまった口元がバレないように、再びカップを口にする。
「晴れてカイル様はヒロインが結ばれハッピーエンド。私の家は伯爵家から縁を切られ、その上、追い出されてジ・エンドです」
僕の婚約者の昔から妄想癖があると思っていたが、これは相当のようだ。
「ずいぶんな結末だね、それは。君にとって」
「はい。ですから、せめて人知れず婚約破棄をして頂きたいのです。ただでさえ注目されることは苦手ですのに、公衆の面前なんて・・・」
「確かにね。僕をそんな非道な男だと思っていたんだね、クラウディア嬢は」
「そ、そんなこと思っていませんわ! 私の知っている殿方の中で一番素敵な方と思っておりますもの!」
クラウディアは慌ててブンブンと両手を振って否定した。
その必死さが可笑しくて、クスっと笑ってしまう。
「それにしても、どこからそんなお話が浮かんできたの? 流行りの恋愛物語か何か?」
僕の質問に、クラウディアはスーッと真顔になったかと思うと、俯いてしまった。
「物語は物語なのですが・・・、それは私の前世で呼んだ物語ですの・・・」
はて? 今なんて言った? 前世?
「・・・私、気付いてしまったのです・・・。いいえ、思い出したと言った方がよろしいでしょうか? 先日、私が乗馬中に落馬した事を覚えていらっしゃいますか?」
それはもちろん!
どれだけ肝を冷やしたか知れない。
一瞬理性が飛んで、クラウディアを振落とした馬を食肉用に卸そうと思ったほどだ。
あれから何度もお見舞いに来たが、今日だってその一環だ。
本当に元気になった姿を確かめに、忙しい時間を割いて会いに来たのだから。
「その時に強かに頭を打ったようでして・・・。そのショックからか前世の記憶がドバーッと溢れてきました。一時、自分が何者だか分からなくなってしまったほどです」
そうだ・・・。
彼女が目を覚ました翌日に見舞いに行ったが、体調は問題ないが、なぜか取り乱しており会わせられないと伯爵に丁寧に断られたのは覚えている。
「だんだん落ち着いてきて、いろいろ物事を考えられるようになって・・・、ああ、私は生まれ変わったのだと気が付きました。輪廻転生というものですね」
知っているよ。確か異国の宗教観だね。
「さらに、気が付いたのです。この世界は前世の私が読んでいた恋愛小説、読み漁っていたラノベの一つの世界って」
なに? ラノベって。
「私はそのお話の悪役令嬢ですの! カイル様とヒロインの仲を引き裂こうとする!」
まったく言っていることが理解できない。
しかし、分かったことはある。クラウディアは確実に頭を打ったという事だ。頭を打って少し可笑しくなったようだ。
昼下がりの柔らかく暖かい日差しの下、我が婚約者のロイス伯爵家自慢のバラの庭園で優雅にお茶をしているときに、婚約者が立ち上がり指を差した。その指を差した先は、そう僕。
「そうおっしゃるのですわ。学院の卒業パーティーの日に私に。カイル様が」
僕は少し呆気に獲られて、カップを手にしたまま固まった。
「公衆の前で、それはそれは堂々と、清々しく声高らかに私におっしゃるのです」
彼女はそう言うと、急に肩を落とした。
「婚約破棄・・・それはいいのです。私なんて家柄も伯爵。それだけではなく外見もこんなにもおかめで小太りで背も低くて・・・、美しいカイル様にはまるで不釣り合いですもの。婚約破棄されても仕方がありませんわ」
そうため息を付くと、ゆっくり椅子に腰を降ろした。
「でも、やはりこんな私でも恥と外聞は持ち合わせておりますの・・・。ですから、破棄を告げる時には公衆の面前は出来たら避けて頂きたくて・・・。その、ひっそりとやんわりと伝えて頂けたら・・・」
彼女は寂しそうに俯いてしまった。
僕は自分の意識を取り戻すと、小さく溜息を付いて一口だけ紅茶を飲んだ。
「質問してもいいかな?」
カップをソーサーに戻すと、じっと彼女を見つめた。
「僕が君と婚約破棄をするってどこから情報を仕入れたの?」
「え?」
「それも学院の卒業パーティーって。僕らが来年入学する王立学院だよね。まだ入学もしていないけど」
「えっと、それはですね、学院に入学をするとカイル様はヒロインと出会うからです!」
彼女は顔を上げるとちょっと顔をほころばせた。
「花も恥じらうほどの可憐なヒロインに巡り合ってカイル様が恋に落ちるからです! 彼女の爵位は男爵で、カイル様は公爵様ですから、何ともまあベタな身分の差があるのですが、それを乗り越えてお二人は結ばるのですわ!」
両手を絡ませ頬に当て、なぜかうっとりした表情をしている。
「でも、私はカイル様のことが大好きで大好きでしょうがないので、嫉妬からそのヒロインを虐めてしまうのです。つまり悪役令嬢になってしまうのですわ。そしてカイル様に酷く嫌われて断罪されてしまうのです」
うっとりとしていたかと思うと今後は再びシュンっと肩を落とす。
無意識に自分が爆弾発言していることも気が付いていないようだ。
僕は緩んでしまった口元がバレないように、再びカップを口にする。
「晴れてカイル様はヒロインが結ばれハッピーエンド。私の家は伯爵家から縁を切られ、その上、追い出されてジ・エンドです」
僕の婚約者の昔から妄想癖があると思っていたが、これは相当のようだ。
「ずいぶんな結末だね、それは。君にとって」
「はい。ですから、せめて人知れず婚約破棄をして頂きたいのです。ただでさえ注目されることは苦手ですのに、公衆の面前なんて・・・」
「確かにね。僕をそんな非道な男だと思っていたんだね、クラウディア嬢は」
「そ、そんなこと思っていませんわ! 私の知っている殿方の中で一番素敵な方と思っておりますもの!」
クラウディアは慌ててブンブンと両手を振って否定した。
その必死さが可笑しくて、クスっと笑ってしまう。
「それにしても、どこからそんなお話が浮かんできたの? 流行りの恋愛物語か何か?」
僕の質問に、クラウディアはスーッと真顔になったかと思うと、俯いてしまった。
「物語は物語なのですが・・・、それは私の前世で呼んだ物語ですの・・・」
はて? 今なんて言った? 前世?
「・・・私、気付いてしまったのです・・・。いいえ、思い出したと言った方がよろしいでしょうか? 先日、私が乗馬中に落馬した事を覚えていらっしゃいますか?」
それはもちろん!
どれだけ肝を冷やしたか知れない。
一瞬理性が飛んで、クラウディアを振落とした馬を食肉用に卸そうと思ったほどだ。
あれから何度もお見舞いに来たが、今日だってその一環だ。
本当に元気になった姿を確かめに、忙しい時間を割いて会いに来たのだから。
「その時に強かに頭を打ったようでして・・・。そのショックからか前世の記憶がドバーッと溢れてきました。一時、自分が何者だか分からなくなってしまったほどです」
そうだ・・・。
彼女が目を覚ました翌日に見舞いに行ったが、体調は問題ないが、なぜか取り乱しており会わせられないと伯爵に丁寧に断られたのは覚えている。
「だんだん落ち着いてきて、いろいろ物事を考えられるようになって・・・、ああ、私は生まれ変わったのだと気が付きました。輪廻転生というものですね」
知っているよ。確か異国の宗教観だね。
「さらに、気が付いたのです。この世界は前世の私が読んでいた恋愛小説、読み漁っていたラノベの一つの世界って」
なに? ラノベって。
「私はそのお話の悪役令嬢ですの! カイル様とヒロインの仲を引き裂こうとする!」
まったく言っていることが理解できない。
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