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49.名前

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悪魔と一緒に部屋に戻ってきた頃には、彼の涙も渇いていた。ただ、自分の世界に帰れなかったことが余程ショックだったのか、何とも言えない哀愁と漂わせどんよりとしている。
私は彼を抱えたままベッドに入ると隣に寝かせた。シーツを肩まで掛けてやり、その上からポンポンと優しく体を叩いた。

「ごめんね。今日はゆっくり休んでね。って言ってもそろそろ朝になっちゃうけど」

悪魔は素直にコクリと頷いた。その仕草が可愛らしくて、自然と頬が緩む。
グロテスクな容姿なのに何故か愛らしく見えてしまう。小さいが故か? いや、きっとこの悪魔は子供なのだろう。仕草が一つ一つ幼いのもそのせいだ。そしてそれが愛らしさを引き出しているのだ。

「ねえ、あなた、名前は何て言うの?」

私は隣で肘枕をして、悪魔に尋ねた。

「名前? 悪魔にそんなものない」

「え? そうなの?」

私は目を丸めて彼を見た。そんな私を悪魔は不思議そうに見る。

「うーん、じゃあ、あなたを呼ぶのに何て呼べばいいの?」

悪魔くんって言うのも何かなあ・・・。

「あ、そうか! じゃあ、名前つけよう! 名前!」

「は?」

「そうよ! 名前をつけよう、カッコいい名前!」

私はガバッと起き上がった。悪魔も驚いて一緒に起き上がる。

「そうね~、ヘラクレスとかイカロスとか。あー、アレクサンドロスもいいね! 愛称アレク!」

悪魔は目をパチパチさせながら私を見ている。

「うん! アレクサンドロスにしよう! どう?」

「どうって言われても・・・」

「うんうん、アレク! 似合ってるわ、あなたに。我ながらセンスいいと思う!」

私はアレクの頭をグリグリ撫でた。

「よろしくね、アレク」

「よろしくねって・・・。俺、明日帰れるんだよね? このままここにいるわけじゃないだろうな?」

アレクは頭を撫でられたまま、怪訝そうに私を見つめた。

「もちろんよ。短い時間だけどよろしくって言ってるのよ。他意は無いってば」

アレクはジトっと私を睨みつけると、呆れたように溜息を付いた。そして不貞腐れたようにシーツに潜り込んでしまった。

「おやすみ、アレク」

アレクの背中に声を掛けて、私も横になった。





「奥様。いつまでお休みですか? もう起きてください!」

メアリーのちょっと呆れ気味の声が聞こえる。同時にシャーっとカーテンが開く音が聞こえ、朝日が差し込み、部屋が一気に明るくなる。
私はシーツを頭から被った。

「眠いぃ・・・。昨日遅くまで起きてたの~・・・」

「はい? 昨日は早めにお休みになるとおっしゃっていたのに、何をなさっていたのですか? さあ、起きてください!」

朝起こす時のメアリーは容赦がない。私からシーツをガバッと引き剥がした。

「眩しっ!」
「眩しい!」

眩しさについ声が出た。同時に自分以外の声も聞こえた。一瞬にして昨日のことを思い出し、一気に血が引いた。慌てて飛び起きアレクを隠そうとしたが遅かった。
アレクは私の隣で眩しそうに目を覆って座っていた。

メアリーはシーツを持ったまま、カチンと固まっている。その目は皿のようにまん丸だ。

「メ、メアリー、これはね、あのね・・・」

私の声にメアリーは我に返った。だが、今度は微かに震えだした。そして口が開く・・・。
ヤバい!

「きゃあ・・・むぐっ・・・!」

私は彼女が悲鳴を上げそうになったところを飛び掛かるようにして口を塞いだ。

「落ち着いてメアリー! 落ち着いて! ちゃんと説明するから!」

恐怖で目に涙を溜め、口を塞がれた状態でコクコクと頷くメアリー。
ああ、なんか私、めちゃめちゃ悪者みたい・・・。

ゆっくり彼女の口から手を放すと、近くにある椅子にそっと座らせた。

「えっとね・・・。何から話そうかしら・・・」

私は小刻みに震えているメアリーと、まだ眠そうに眼を擦っているアレクを交互に見た。

「とりあえず、紹介するわ」

私はアレクを抱き上げると、メアリーに向かい合うようにベッドに腰かけた。

「この子、悪魔のアレク。アレク、この人は私の侍女のメアリー」

「「・・・」」

二人とも顔を合わすが無言。

「ちょっとアレク、挨拶してよ。メアリーは私の大切な人なの。『僕、アレク。ローゼのお友達。よろしくね、メアリー』」

無言のアレクの手首を取り、メアリーに向かって可愛らしく振って見せた。

「何すんだよ!」

アレクは私から手を振り払う。

「しかも何勝手に友達になってんだよ!」

「何でよ? いいじゃない、お友達で」

プンプンしているアレクの頭をグリグリ撫でると、

「ね? メアリー、可愛いでしょう? アレクって」

そう言って、今度はメアリーに抱くようにアレクを差し出した。

「おい! 何すんだ?」

アレクは私の両手に掴まれて、宙で足をバタバタさせながら抵抗する。そんなアレクにメアリーは恐る恐る手を伸ばすと、そっと私から受け取った。

「メアリーと言います・・・。よろしく、アレク」

メアリーはアレクを自分の顔近くまで抱き上げ、正面から挨拶した。

「お、おう・・・」

彼女顔を真直にして観念したのか、アレクは肩を竦めて小さく返事をした。
そして、はあ~と溜息を付くと、尖った耳と尻尾をダランと垂らした。

「か、可愛い・・・かも・・・」

もうメアリーの顔から恐怖は消えていて、愛玩動物でも愛でるような表情に変わっていた。

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