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44.隠し扉

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ズルズルと中年女を引きずりながら廊下を歩き、義父の部屋からある程度離れた場所で手を放した。その途端、メイドはその場にへたり込んだ。

私はその女の前に仁王立ちし、彼女を見下ろした。
その様子を、お友達の二人が青い顔で伺っている。一応義父に言われた通りタオルを持ってきたようだ。タオルを胸にギュッと抱きしめている。私は無言で二人に向かって片手を差し出した。

一人が駆け寄ってくると私にタオルを差し出した。その手はブルブル震えている。

「命拾いしたわね、あなた達」

受け取ったタオルで頭を軽く拭きながら、チラッと震えながら立っている二人を見る。
二人は私と目が合うと慌てたようにへたり込んでいる中年メイドの隣に並んで膝を付いた。

「これに懲りたなら、二度と愚かな真似はしないことね。次は無いわ」

「はい・・・。ほ、本当に申し訳ございません・・・」

三人は床に額を擦り付けながら蚊の鳴くような声で謝る。カスカスな声。何とか絞り出している感じだ。

「蔑んだ人間に助けられた代償は大きいわよ。覚えておくことね。それと・・・」

私は三人が見ていないことをいい事に、男らしく片手でガシガシと頭を拭きながら、

「エリオットとケイトを私の部屋へ呼んでちょうだい。その前に二人には、あなた達自らの口で今回ことを詳細に説明しなさいね。彼らから聞く報告と私が受けた被害と齟齬がないように」

そう言うと、三人は頭を下げたままカチンと固まってしまった。

「執事とメイド長と相談した上で、処分を決定します」

私はそう言い捨て、床にへばりついた三人をそのままに部屋へ向かった。

お風呂から上がり、ちょうど着替え終わっと頃に、エリオットとケイトがやってきた。
部屋に入り私を見るなり、二人揃って同時に床に膝を付いて頭を下げた。

「若奥様! 此度のことは誠に申し訳ございません! 私共の監督、教育不足で、ご不快な思いをさせてしまいました!」

「そうね。かなり不快な思いをしたわ」

私はソファーに腰かけながらわざと抑揚なく答えた。そんな冷めた言いっぷりに二人は私の怒りをしっかり感じ取ったらしく、さらに深く頭を下げた。

「改めて教育をし直してください、使用人たち全員。特にあの三人は徹底的に根性を叩き直してちょうだい」

「承知致しました」

二人ともガックリと肩を落としている。信頼していた部下の裏切りとも言える愚行とそれを見過ごした己の不始末、さらに彼らの本性を見抜けなかった器量の無さ、それらを大いに反省しているようだ。

「それから、私がどんなに怪しい恰好で歩いていても詮索しないようにさせてね」

二人は私がどんな理由で侯爵邸にやって来たのが知っているのだからしっかりフォローしてもらわないと。

「はい。若奥様」

神妙に返事をする二人を立たせると、メイド三人からどのように報告を受けたかを改めて聞く。それを隣で聞いていたメアリーの顔がどんどん険しくなり、最後には般若になっていた。

エリオットとケイトを部屋から下がらせた後、

「奥様・・・。彼女たちの根性を叩き直す役目は是非ともこの私が・・・」

扉を閉めて私に振り返ったメアリーの顔は義父より怖かった。





翌日から薄汚い私を見てもヒソヒソと話す輩はいなくなった。
これで無駄に神経を削る必要がない。調査に集中できる。

とは言え、何の成果も無いのは変わりなく、午後の調査に向かう私の足取りは重い。
今回はこのまま一つのヒントも得ることなく王都の邸に帰ることになりそうだ。
トホホとばかり肩を落としながら私は屋根裏部屋に向かった。

誰もいない研究室。入ってすぐにため息が漏れた。ほぼ見尽くしてしまった周囲を見回し、しばし途方に暮れる。
ここで見つかったのは薬草の専門書と調合法を研究した書類ばかりだ。それを見ても難しくて理解できない上に、調合法はもう確立しているので必要ない。さらにはジャックマン親子が体に負担を掛けない薬を研究してくれている。

私はだんだん何のためにここにいるのか、ここを探って何になるのか分からなくなってきていた。

「役立たずだな、私って・・・」

ネガティブな考えがぶわっと広がる。それを振り払うようにブルブルっと頭を振ると両手でバチンっと頬を叩いた。

「ネガるな、私! 役立たず上等! 何もしないより良いしっ!」

自分に活を入れ直した。そして本棚に戻すのも面倒で出来上がった本の山の間をすり抜けながら机に向かった。
散らかし放題の部屋。自分ではスイスイを避けて歩いていたつもりだが、床に転がっていたペンだか何かを踏んでしまったようで軽くよろけてしまった。とっさに本の山に手を付いた。しかし、その山も適当に汚く積んでいるだけで頼りない塔だ。すぐに傾き、またまたバランスを失う。慌てて近くの本棚に捕まった。すると・・・。

「うわぁ・・・!」

その本棚が私の体重に押され、スルスルと動いたのだ。

「わ、わ、わっ!」

スルスルと動く本棚に捕まったまま、私は成す術もなくそのままペチャンっと倒れ込んだ。
もうっ! 何でこの棚だけ移動棚なのさ!?

私は転んだまま位置が動いた本棚を恨めし気に睨みつけた。そしてその棚が移動したおかげで日の目を見た壁を見上げた。

「え・・・?」

私の目に飛び込んできた光景。
その壁には小さな扉があったのだ。
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