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40.副作用

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「毒って・・・、そんなに強い薬なのね・・・」

私は思わず小さく呟いた。その呟きにジークは頷いた。

「領主様はもう20年もこの薬を飲み続けております。体の中・・・、内臓等にかなりの負担が掛かっています。これ以上飲み続けるのは危険かと・・・」

「危険って・・・、命に係わるほどに・・・?」

「はい・・・」

「そんな・・・」

私は絶句した。
まだ義父は四十代だ。これからの人生まだまだ長い。寿命まで苦しまず生きるためには薬は不可欠だ。それなのに、その薬のせいで寿命を全うできないとしたら・・・。命が短くなるとしたら・・・、それは何のための薬だ?
人間として・・・人間らしく生きるために命を削ることになるなんて、そんなのあまりにも理不尽だ!
しかも、当の本人に何も罪も無いのに!

私は膝の上で拳を握りしめた。

「アーサーも・・・。夫もその薬を飲んでいるのよね・・・?」

そうだ。アーサーも・・・。

「はい・・・。若旦那様も危険を十分承知の上、服用されております」

サーっと自分の血が下がる音が聞こえた。座っているのにもかかわらず、眩暈で倒れそうになった。手で額を抑え、必死にふら付く頭を支える。

「若奥様! 大丈夫でございますか?」

「大丈夫よ、ごめんなさい・・・」

そう言いつつも、私は両手で顔を覆ってしまった。

「お茶を淹れ直しましょう! 気を静めるハーブティーをご用意します!」

ジークは急いで立ち上がると、部屋から出て行った。

彼はすぐに特製ハーブティーと言うものを淹れて戻ってきた。
そのお茶をゆっくりと時間をかけて飲んでいるうちに気持ちが落ち着いてきた。一気に下がった血圧も戻ってきたようだ。

「ごめんなさいね、心配をお掛けして。もう大丈夫ですわ」

私はまだ心配顔の店主に微笑んで見せた。

「今日はありがとうございました。貴方と色々お話が出来て本当に良かったわ」

「こちらこそ。お役に立てたかどうか・・・」

ジークはポリポリと後頭部を掻きながら私に頭を下げた。

「十分ですわ」

「・・・その・・・」

微笑む私に、ジークは少し困ったような顔を向けた。

「このことはご領主様に?」

「ええ。もちろん、報告しますわ」

「え゛・・・」

「ご安心ください。守秘義務を破ったなどと心配なさらないで。私はレイモンド侯爵夫人として夫が服用している薬を知らなければなりませんし、大旦那様も私の今回の行動はご承知です」

「そうですか」

ジークは安心したようにホッと小さく溜息をついた。
私は立ち上がると、

「美味しいお茶をどうもありがとう。これからもどうぞよろしくお願いしますね」

ジークに礼を言い、店内に待たせているラリーとメアリーを連れて、ジャックマン薬局を後にした。





帰りの馬車の中、私は窓に両手を掛け、その上にだらしなく顎を乗せて外の景色をボケーっと眺めていた。
その淑女らしからぬ姿勢を何度かメアリーに注意されたが、適当に生返事をしていた。

「奥様。本当にこのままお屋敷にお帰りになるのでよろしいのですね? あちこち寄りたいところがあったようですが」

「ん~・・・、なんかもう、今日はいいかな・・・」

相変わらずだらしない恰好で車窓を眺めながら返事をした。

「そんなひどいお話だったのですか?」

「え? 何で分かったの?」

「わからいでか・・・」

振り向いて目を瞬きする私を、メアリーとラリーは呆れたように半目で見ている。
う・・・、視線が痛い。

「うん、まあ、ちょっと重い話だったわ。詳しくは話せないけど・・・。ごめんなさい」

私は溜息を付きながら座席にしっかりと座り直した。

「そうですか。もちろん、私共も詳しく聞きません。ですが、それこそ気晴らしにどこかにお寄りになったらいかがでしょうか? 暗い顔でお帰りになったら、大旦那様がご心配なさるかと」

「そうね・・・」

私はもう一度窓から外を眺めた。

「それに気晴らしにはショッピングが一番でしょう? こんな時の無駄遣いは罪ではありませんわ。それこそ薬です」

「そう・・・かしら?」

「もちろんです」

ちょっと悪戯っぽく笑うメアリーに、私の心が少し軽くなった。

「そうね。じゃあ、宝石店にでも寄ろうかしら。それと甘いお菓子もたくさん買って帰りましょう!」





メアリーにすっかり乗せられ、宝石店でアクセサリーを数点買い、幾つかの菓子店でお菓子を爆買いした後、完全に日が傾いた頃にレイモンド侯爵邸に戻ってきた。

義父にお土産を渡すことを名目に、彼の書斎に赴いた。

「そうか・・・。ジャックマンから聞いたのか・・・」

義父は執務席に座ったまま、私の報告を聞いていた。

「勝手して申し訳ございません」

私は頭を下げた。

「構わん。我が家の嫁として知るべきことだ」

「あの・・・」

私は顔を上げて義父を見つめた。

「満月に薬をお止めになると、やはり相当お辛いのでしょうか?」

私の問いに、義父は寂しそうに笑った。

「そうだな。普段はさして問題なく我慢が出来るのだが、満月の夜だけはどうしても無理だ」

「そうですか・・・」

私は俯いてしまった。それ以上続ける言葉が出てこない。自分は彼らの底知れない渇きがどのようなものか実際には分からない。アーサーを見ていて、とても辛そうなことは分かっていても、実体験として伴っていない。辛さが実感できていないのだ。
そんな彼らに、薬を止めてどうにか耐えて欲しいなどと言えるはずもない。

「心配してくれているのだな。ローゼは」

私は顔を上げた。

「あの薬はある意味毒だ。飲み続けていれば命が短くなることは承知している。それはアーサーもだ」

義父は立ち上がると、ゆっくりと私の傍にやって来た。

「だがね。私たちはたとえ命が短くなろうとも、『人』でありたいのだよ」

彼はそっと私にハンカチを差し出した。
気が付くと私の目から涙がポロポロと零れていた。


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