38 / 62
38.痕跡
しおりを挟む
いきなり出鼻を挫かれたが、気を取り直して今度はウィリアムの研究室へ案内してもらった。
そこは屋根裏にあった。
もう誰にも使われていないのだろう。本やノート、試験管のような実験道具の類が、棚や机に綺麗に整理されて置かれているが、至る所に埃が溜まっていた。
「よかった・・・。ここは結構残ってるわね」
私は部屋を見渡してホッと安堵の溜息を付いた。
棚に近寄って置いてある本を一冊手に取ってみる。どうやら医学書のようだ。
他の本を見ても、人体や薬草に関するものが多く、呪いなど黒魔術に関わるものない。
机の引き出しも開けてみた。こちらも綺麗にファイリングされており、長い間触られた様子もない。ピタリと時が止まっているかのようだ。
「こっちは調べ甲斐がありそう。後でゆっくりと荒らして・・・じゃなくて、見てみるわ」
「ご自由に、若奥様。旦那様の許可は得ております」
エリオットは軽く頭を下げた。
「さてと」
私は机の引き出しを閉めて後ろに振り向いた。
机の背後には大きな窓があり、そこから日が燦々と降り注いでいる。
私はその窓から外を見た。
「次に行きたいところは・・・」
そう言いかけた時、窓辺の前にある作業台のある個所に目が留まった。
「ん・・・? 何? この黒ずみ。シミ?」
台の中央に手のひらサイズの黒いシミがあった。何かが焦げた痕だろうか?
触れそうになったが、埃が酷いので止めた。
「それは・・・。当時のご当主が呼び出した悪魔を殺めた時にできた痕跡だと聞いております」
うわぁ! マジか?!
私は思わず手を引っ込めた。
「ほ、本当に・・・?」
恐る恐るエリオットを見る。
「本当かどうか・・・。私も真相は分かりませんが、そう言い伝えられております」
「そ、そう・・・」
私はもう一度その黒いシミを見た。
ああ・・・、本当に事実なんだ・・・。
本当に100年以上の昔、ここで一人の悪魔が殺されたんだ。
呪いの話を聞いるのに、現実にあんなにアーサーが苦しんでいるのを見ているのに、実際に襲われかけたというのに・・・。
さらに、居ても立ってもいられずに、こうしてわざわざレイモンド領地まで来たというのに。
どこかでまだ信じ切れていなかったのかもしれない。
改めて頬を叩かれたような衝撃を受けた。
汚れることなど構わず、私は黒いシミの上の埃を手で払った。淡い埃の膜が取り払われ、シミがしっかりと現れた。
私はそのシミの上にそっと手を置いた。
「無念だったろうね・・・。人の願いを叶えてあげた挙句に殺されて・・・」
殺されてしまった悪魔に思いを馳せる。
・・・。
でも・・・、悪魔のくせに人間に殺されるって・・・。
ってか、悪魔って人間より弱いの? いくら手のひらサイズと言えどさ。
「本当に死んでんの? その悪魔・・・」
「? どうされましたか? 若奥様」
エリオットの声を掛けられ、我に返った。
「あ、ううん。何でもないわ!」
私はフルフルと首を振ると、ポケットからハンカチを取出して手を拭いた。
「さあ、次は街に行きたいわ。例の薬師さんのところに行きたいの」
「かしこまりました」
とりあえず、ふっと沸いた懸念は置いておいて、私たちは研究室を後にした。
★
「昨日も通った時に思ったけれど、素敵な街ね~。ねえ、メアリー?」
「そうですね、活気もありますし」
薬師の店に向かう馬車に揺られながら、私は外の景色を夢中になって眺めていた。
「大旦那様のご尽力のおかげで、治安もよろしいですよ」
私たちの向かいに座っている老人が、にこにこと嬉しそうに話す。
この老人は庭師のラリーだ。エリオットに変わり、彼が薬師の店まで同行する役を引き受けてくれた。何故なら、いつも薬の買付は彼の仕事だからだ。
「帰りに少し街を散策しましょう! お義父様へお土産にお菓子でも買って帰りたいわ! ねえ、ラリー、いいお店ご存じ?」
「ははは、私はそういうのには疎い年寄りでして」
「そうなのね。じゃあ、一緒に美味しそうなお店を探しましょう! 楽しみね! あ、見て、あのお店なんか素敵じゃない? あ! あのブティック素敵! 絶対寄りたい! あ! ほら、あのお店も可愛い~~!」
車窓から魅力的な店がたくさん目に入る。自然と気分が上がり、あっちこっちと指を差しまくっていると、
「奥様。お出かけの趣旨を見失わないように」
隣からメアリーの呆れた声が聞こえた。
はい。すいません・・・。
そこは屋根裏にあった。
もう誰にも使われていないのだろう。本やノート、試験管のような実験道具の類が、棚や机に綺麗に整理されて置かれているが、至る所に埃が溜まっていた。
「よかった・・・。ここは結構残ってるわね」
私は部屋を見渡してホッと安堵の溜息を付いた。
棚に近寄って置いてある本を一冊手に取ってみる。どうやら医学書のようだ。
他の本を見ても、人体や薬草に関するものが多く、呪いなど黒魔術に関わるものない。
机の引き出しも開けてみた。こちらも綺麗にファイリングされており、長い間触られた様子もない。ピタリと時が止まっているかのようだ。
「こっちは調べ甲斐がありそう。後でゆっくりと荒らして・・・じゃなくて、見てみるわ」
「ご自由に、若奥様。旦那様の許可は得ております」
エリオットは軽く頭を下げた。
「さてと」
私は机の引き出しを閉めて後ろに振り向いた。
机の背後には大きな窓があり、そこから日が燦々と降り注いでいる。
私はその窓から外を見た。
「次に行きたいところは・・・」
そう言いかけた時、窓辺の前にある作業台のある個所に目が留まった。
「ん・・・? 何? この黒ずみ。シミ?」
台の中央に手のひらサイズの黒いシミがあった。何かが焦げた痕だろうか?
触れそうになったが、埃が酷いので止めた。
「それは・・・。当時のご当主が呼び出した悪魔を殺めた時にできた痕跡だと聞いております」
うわぁ! マジか?!
私は思わず手を引っ込めた。
「ほ、本当に・・・?」
恐る恐るエリオットを見る。
「本当かどうか・・・。私も真相は分かりませんが、そう言い伝えられております」
「そ、そう・・・」
私はもう一度その黒いシミを見た。
ああ・・・、本当に事実なんだ・・・。
本当に100年以上の昔、ここで一人の悪魔が殺されたんだ。
呪いの話を聞いるのに、現実にあんなにアーサーが苦しんでいるのを見ているのに、実際に襲われかけたというのに・・・。
さらに、居ても立ってもいられずに、こうしてわざわざレイモンド領地まで来たというのに。
どこかでまだ信じ切れていなかったのかもしれない。
改めて頬を叩かれたような衝撃を受けた。
汚れることなど構わず、私は黒いシミの上の埃を手で払った。淡い埃の膜が取り払われ、シミがしっかりと現れた。
私はそのシミの上にそっと手を置いた。
「無念だったろうね・・・。人の願いを叶えてあげた挙句に殺されて・・・」
殺されてしまった悪魔に思いを馳せる。
・・・。
でも・・・、悪魔のくせに人間に殺されるって・・・。
ってか、悪魔って人間より弱いの? いくら手のひらサイズと言えどさ。
「本当に死んでんの? その悪魔・・・」
「? どうされましたか? 若奥様」
エリオットの声を掛けられ、我に返った。
「あ、ううん。何でもないわ!」
私はフルフルと首を振ると、ポケットからハンカチを取出して手を拭いた。
「さあ、次は街に行きたいわ。例の薬師さんのところに行きたいの」
「かしこまりました」
とりあえず、ふっと沸いた懸念は置いておいて、私たちは研究室を後にした。
★
「昨日も通った時に思ったけれど、素敵な街ね~。ねえ、メアリー?」
「そうですね、活気もありますし」
薬師の店に向かう馬車に揺られながら、私は外の景色を夢中になって眺めていた。
「大旦那様のご尽力のおかげで、治安もよろしいですよ」
私たちの向かいに座っている老人が、にこにこと嬉しそうに話す。
この老人は庭師のラリーだ。エリオットに変わり、彼が薬師の店まで同行する役を引き受けてくれた。何故なら、いつも薬の買付は彼の仕事だからだ。
「帰りに少し街を散策しましょう! お義父様へお土産にお菓子でも買って帰りたいわ! ねえ、ラリー、いいお店ご存じ?」
「ははは、私はそういうのには疎い年寄りでして」
「そうなのね。じゃあ、一緒に美味しそうなお店を探しましょう! 楽しみね! あ、見て、あのお店なんか素敵じゃない? あ! あのブティック素敵! 絶対寄りたい! あ! ほら、あのお店も可愛い~~!」
車窓から魅力的な店がたくさん目に入る。自然と気分が上がり、あっちこっちと指を差しまくっていると、
「奥様。お出かけの趣旨を見失わないように」
隣からメアリーの呆れた声が聞こえた。
はい。すいません・・・。
23
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

酷いことをしたのはあなたの方です
風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。
あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。
ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。
聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。
※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。
※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。
※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。

その発言、後悔しないで下さいね?
風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。
一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。
結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。
一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。
「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が!
でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません!
「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」
※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
※クズがいますので、ご注意下さい。
※ざまぁは過度なものではありません。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる