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34.善は急げ
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善は急げ。
私はすぐにレイモンド侯爵領地に行く準備を始めた。
夜になり、アーサーが帰ってきたことを確認すると、彼に手紙を書き、メアリーに託した。今日こそ満月だ。夜に会うことは出来ない。
返事を持ってメアリーが私の部屋へ戻ってきた。
書いてあった内容は・・・。
『貴女を一人で行かせることは出来ない』
「やっぱり許可は下りませんでしたか?」
渋い顔をして手紙に見入る私に、メアリーが残念そうに首を傾げた。
「ええ。一人じゃダメだって。メアリーも一緒だし、他にもメイドを一人連れて行くのにね」
「そういう意味の『一人』ではないのでしょう」
分かってるわよ。自分と一緒ならいいという事でしょうね。
でも彼は忙しい。そう簡単に王都から離れることが出来ない身だ。
「お義父だって呪いに掛かっているわけだから、何も月が満ちている時に行くなとも書いてあるわ」
私は軽く溜息を付いた。
「それは一理ございます」
「でも、お義父様は私に対して血の欲求は湧かないはずよ」
「それでもその期間は異常な渇きに襲われるのでしょう? 全く危険は無いとは言い切れませんわ」
「そうだけど・・・」
気持ちが急いているのだ。どうしてもすぐに行きたい。
私は呟きながらアーサーの手紙をクシャっと握りしめた。
それに、どうせならアーサーの傍にいられない期間に出かけたいのだ。
それこそ、何も共に過ごせる時期にわざわざ離れたくはない。
「ま、いいわ。薄々反対されるような気はしていたから」
「え? では諦めるのですか?」
メアリーが少し拍子抜けした顔で私を見た。
「まさか。予定通り明日の朝には出発するわ」
「は?! でも旦那様の許可が下りておりませんよ?!」
今度はビックリした顔で私を見る。
「もともと許可なんて求めてないわよ。さっきのお手紙は『行ってもよろしいでしょうか?』ではなくて、『行って参ります』という報告だもの」
「・・・」
「それに、お義父様には今朝、訪問する旨のお手紙を出してしまったの。それこそ無碍にできないわぁ!」
「・・・」
「さ、明日に備えて早めに休みましょう!」
「・・・もしかして確信犯・・・?」
メアリーは若干呆れた顔をしている。
「何のこと?」
私はにっこりと微笑んで見せた。
「そもそも旦那様の体調を管理するのは妻である私の役目でしょう? その旦那様の体調不良の原因がレイモンド領地にあるかもしれないの。原因究明のために行くのは私の仕事だわ」
「ですね・・・」
「れっきとした侯爵家の夫人の仕事! それを疎かになんてできないでしょ?」
「・・・」
「これは家内の仕事なの。そして私は家内の仕事の権利を一任されているでしょう? つまり旦那様が口出しする権利はなくてよ?」
腰に両手を当て、ふふふと不敵に笑って見せる。
もはやメアリーの目は半目だ。
「・・・かしこまりました・・・。こうなったらもう、怒られる時は私も一緒に怒られますわ・・・」
得意気な私を前に、メアリーは大きな溜息をついた。
★
翌朝、サロンで早速アーサーが口を開いた。
「貴女の手紙を読んだが・・・」
私の方を見ないように食事に目を落としながら話す。
いつもの朝よりも、私はアーサーから離れた位置に座っている。それは朝とは言え、ほぼ満月の時期だからそれを配慮してのこと。
しかし、昨日のアーサーからの返事に対し、再度返事はしなかったことに加え、離れた位置に座っている私に、どこか寂しさを覚えているのか、口調が少し拗ねているように聞こえた。
「ええ、お返事を受け取りましたわ。アーサー様のお気持ちはよく分かりました」
「そうか。ならいいが・・・」
「はい。心配ご無用ですわ」
返事の意味を図りかねたようにチラリと私を見たアーサーに、私はにっこりと微笑んだ。
「もしかして・・・、貴女は行く気つもりか・・・?」
「ええ。もちろん!」
「なっ!」
アーサーは勢いよく立ち上がると、テーブルに両手をついて私を見た。
「行かないように言ったではないか!」
「ええ、そうでしたわね。手紙にそう書いてありましたわ」
私は臆せずにアーサーを見返した。目が合ってアーサーは慌てて顔を逸らした。
「じゃあ、何故?!」
アーサーはそっぽを向きながらも食い下がる。その声には苛立ちが込められているのが分かった。
「私の仕事ですから」
「仕事? 『呪い』を解くことが貴女の仕事だと言うのか? そんなこと貴女が背負う必要は無い!」
「いいえ! アーサー様!」
私も負けじと立ち上がった。
「立派な仕事ですわ! だって夫の体調不良改善の為だもの! 夫の体調管理は妻の仕事です! 私は愚妻ではありませんわよ?」
「体調不良って・・・! これは呪いだ!」
「呪いからくる体調不良ですっ!」
私も大声で言い返す。
マイクがその様子をオロオロしながら見守っている。
それに気が付き、私は落ち着かせるように深呼吸をした。そして軽く頭を下げた。
「ごめんなさい。『肩凝りからくる頭痛』みたいな軽い言い方になってしまって。でも、あながち間違いではないでしょう? そうだったらまずは原因の『肩凝り』から直さないといけませんもの」
「あのね、ローゼ。そんなに簡単な事では・・・」
アーサーの声が呆れ気味に変わった。
「分かっております! 本当です! 重々分かっております!」
私はバッと顔を上げてもう一度アーサーを見据えた。
「でも、居ても立っても居られないのです! どうしても行きたいの! 今すぐに!」
私はすぐにレイモンド侯爵領地に行く準備を始めた。
夜になり、アーサーが帰ってきたことを確認すると、彼に手紙を書き、メアリーに託した。今日こそ満月だ。夜に会うことは出来ない。
返事を持ってメアリーが私の部屋へ戻ってきた。
書いてあった内容は・・・。
『貴女を一人で行かせることは出来ない』
「やっぱり許可は下りませんでしたか?」
渋い顔をして手紙に見入る私に、メアリーが残念そうに首を傾げた。
「ええ。一人じゃダメだって。メアリーも一緒だし、他にもメイドを一人連れて行くのにね」
「そういう意味の『一人』ではないのでしょう」
分かってるわよ。自分と一緒ならいいという事でしょうね。
でも彼は忙しい。そう簡単に王都から離れることが出来ない身だ。
「お義父だって呪いに掛かっているわけだから、何も月が満ちている時に行くなとも書いてあるわ」
私は軽く溜息を付いた。
「それは一理ございます」
「でも、お義父様は私に対して血の欲求は湧かないはずよ」
「それでもその期間は異常な渇きに襲われるのでしょう? 全く危険は無いとは言い切れませんわ」
「そうだけど・・・」
気持ちが急いているのだ。どうしてもすぐに行きたい。
私は呟きながらアーサーの手紙をクシャっと握りしめた。
それに、どうせならアーサーの傍にいられない期間に出かけたいのだ。
それこそ、何も共に過ごせる時期にわざわざ離れたくはない。
「ま、いいわ。薄々反対されるような気はしていたから」
「え? では諦めるのですか?」
メアリーが少し拍子抜けした顔で私を見た。
「まさか。予定通り明日の朝には出発するわ」
「は?! でも旦那様の許可が下りておりませんよ?!」
今度はビックリした顔で私を見る。
「もともと許可なんて求めてないわよ。さっきのお手紙は『行ってもよろしいでしょうか?』ではなくて、『行って参ります』という報告だもの」
「・・・」
「それに、お義父様には今朝、訪問する旨のお手紙を出してしまったの。それこそ無碍にできないわぁ!」
「・・・」
「さ、明日に備えて早めに休みましょう!」
「・・・もしかして確信犯・・・?」
メアリーは若干呆れた顔をしている。
「何のこと?」
私はにっこりと微笑んで見せた。
「そもそも旦那様の体調を管理するのは妻である私の役目でしょう? その旦那様の体調不良の原因がレイモンド領地にあるかもしれないの。原因究明のために行くのは私の仕事だわ」
「ですね・・・」
「れっきとした侯爵家の夫人の仕事! それを疎かになんてできないでしょ?」
「・・・」
「これは家内の仕事なの。そして私は家内の仕事の権利を一任されているでしょう? つまり旦那様が口出しする権利はなくてよ?」
腰に両手を当て、ふふふと不敵に笑って見せる。
もはやメアリーの目は半目だ。
「・・・かしこまりました・・・。こうなったらもう、怒られる時は私も一緒に怒られますわ・・・」
得意気な私を前に、メアリーは大きな溜息をついた。
★
翌朝、サロンで早速アーサーが口を開いた。
「貴女の手紙を読んだが・・・」
私の方を見ないように食事に目を落としながら話す。
いつもの朝よりも、私はアーサーから離れた位置に座っている。それは朝とは言え、ほぼ満月の時期だからそれを配慮してのこと。
しかし、昨日のアーサーからの返事に対し、再度返事はしなかったことに加え、離れた位置に座っている私に、どこか寂しさを覚えているのか、口調が少し拗ねているように聞こえた。
「ええ、お返事を受け取りましたわ。アーサー様のお気持ちはよく分かりました」
「そうか。ならいいが・・・」
「はい。心配ご無用ですわ」
返事の意味を図りかねたようにチラリと私を見たアーサーに、私はにっこりと微笑んだ。
「もしかして・・・、貴女は行く気つもりか・・・?」
「ええ。もちろん!」
「なっ!」
アーサーは勢いよく立ち上がると、テーブルに両手をついて私を見た。
「行かないように言ったではないか!」
「ええ、そうでしたわね。手紙にそう書いてありましたわ」
私は臆せずにアーサーを見返した。目が合ってアーサーは慌てて顔を逸らした。
「じゃあ、何故?!」
アーサーはそっぽを向きながらも食い下がる。その声には苛立ちが込められているのが分かった。
「私の仕事ですから」
「仕事? 『呪い』を解くことが貴女の仕事だと言うのか? そんなこと貴女が背負う必要は無い!」
「いいえ! アーサー様!」
私も負けじと立ち上がった。
「立派な仕事ですわ! だって夫の体調不良改善の為だもの! 夫の体調管理は妻の仕事です! 私は愚妻ではありませんわよ?」
「体調不良って・・・! これは呪いだ!」
「呪いからくる体調不良ですっ!」
私も大声で言い返す。
マイクがその様子をオロオロしながら見守っている。
それに気が付き、私は落ち着かせるように深呼吸をした。そして軽く頭を下げた。
「ごめんなさい。『肩凝りからくる頭痛』みたいな軽い言い方になってしまって。でも、あながち間違いではないでしょう? そうだったらまずは原因の『肩凝り』から直さないといけませんもの」
「あのね、ローゼ。そんなに簡単な事では・・・」
アーサーの声が呆れ気味に変わった。
「分かっております! 本当です! 重々分かっております!」
私はバッと顔を上げてもう一度アーサーを見据えた。
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