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セレスト8歳。
8 生き写しの子供
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「お客様、商品はこちらになっております」
ぜひお好きなものをお選びください
そう言ってカウンターの奥の隠し扉を開けた先。まず聞こえてきたのは子供のすすり泣く声だった。
その声を聞いた酒場の主人はチッ、と舌打ちを漏らすとツカツカと【商品】と書かれた檻の前に歩いていき、扉を激しく叩いた。
「ガキども!お客様が来てるんだ、静かにしやがれ!また飯を抜くぞ!!」
そういった途端泣いていた子供たちが無理やり口を抑えて声を出さないよう息を詰める。また、ということは常習的に罰として食事を抜いているのだろう。中にいた子供たちはみな薄汚れていて腕や足なんかは棒のように細くなっている子供もいた。
正直なところ、目の前の光景に吐き気がする。ある程度のものは覚悟していたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
こんな環境で、助けに来てくれるような親もいない子供たちは絶望を抱いたままどこかに売られて行ったのだろうか。
良くない感情が表に出ないようにと、貴族として商品を値踏みするような視線に変換して子供たちの様子を観察した。
(王様がこれみたら、きっとものすごく怒るんだろうなあ…)
そうしてしばらく無言でいたせいで店主はこちらが何かが気に食わなかったと思ったのだろう。焦った様子で「そういえば上物が手に入りましてね。」と言いながら「ほら、出て来い」と泣いていた子供をなだめていた一人の少年を無理やり引っ張り出してくる。
「ほら、今は少し汚れちまってますがこいつは珍しい髪色をしているんですよ。我が国で富を象徴する藍色の髪です。見た目も悪くないし、比較的ぴーぴー泣きわめきもしないので躾がしやすいと思いますよ」
へへ、と不快な笑い声が耳に届く。
人間を完全に商品として扱うその姿に今すぐにでも殴りかかってやりたい気持ちになるが、今ではないとそれらの気持ちを飲み込んでわざとらしくその少年に興味を持ったように笑みを浮かべた。後ろの潜良も先程から平然とした姿で従者然として立っているが、店主から見えないところでは爪を食い込ませるように固く手を握りしてめいる。特に子供好きの潜良にとってこの光景はつらいことだろう。こんな任務、早く終わらせるに限る。幸い既にほぼ実態は掴めたといってもいいので、ここは適当に話を合わせて一旦外に出て連絡を入れるか…
俺は店主が差し出した子供を見るために腰を落として目線を合わせた。
「へえ、たしかにこれは見事な藍色…」
そうして子供にここで初めてちゃんと目を向けてみた瞬間、俺はそれ以降、言葉が紡げなくなった。
(蒼…?)
その子供の見た目が、忘れるはずもないあの姿…幼少期の蒼の生き写しだったからだ。乱雑に切られた藍色の髪、そして俯くその瞳は綺麗な翠色に輝いていた。
「ごめんセンラ、作戦変更。」
「え?」
先程の様子ですら我慢しかねていたのに、さらに蒼によく似た子供が家畜のように扱われている姿に、俺が正気でいられるはずもなかった。
「今すぐここでこいつを確保して、子供たちを保護する。情報はこの店主に拷問でもして吐かせればいい」
言うが早いか、そのやり取りを聞いて呆気に取られたような顔をしている店主の腹を殴り昏倒させる。一瞬さすがに腹を殴るのはどうかとは思ったが、武器を使ったり下手に急所を狙ったりして殺すよりはマシだ。
「アオ!?いったい何を」
「見たところ今ここにいるのはこいつひとりだから、それなら僕の部隊を使うまでもない。」
「確かにそれはそうですが…」
「ごめん、でももう僕は我慢できなかった」
たしかに何の相談もなく決行したのは悪かったと思うが、しかしこれ以上子供たちが痛めつけられるのを潜良も見なくて済むからいいだろう。うんうん、と一人納得して手元の端末から部下たちが待っている本部に連絡を入れた。
「うん、これでよし。僕の部隊は予定を変更して子供たちの保護に回るって感じで。この男の連行も任せようかな」
「…そうですね。では、私は馬車の用意をしてきましょうか」
「よろしく頼むよ」
「あ、あの…あなた達は一体…」
一連の流れをぽかんと見ていたセレストは、恐る恐るといった様子で目の前の蒼に声をかけた。
「 …僕達は、」
ここで隠す必要も無いかと蒼が言葉を続けようとしたところで、縛って放置していたのだが思ったよりタフだったのか、店主が音を立てて起き上がる。そのまま目の前に立つ蒼の姿を認めると、唾を飛ばしながら喚きはじめた。
「なんだお前ら、国の手先か!?」
ここまで来て隠すのも今更だと思ったのだろう。潜良はひとつ息を吐くと、その男の目の前に立ち見下ろしながら騎士団の証であるバッチを見せた。
「…私たちは十二騎士団の者です。我が国では違法な事だと知りながら、よくもこれだけのことをしてくれましたね。」
「クソ、どっかから情報が漏れやがったのか…!俺にこんなことをしたら分かってるだろうな、上が黙ってな…!」
「ハイハイ、情報は地下牢で聞くから今は眠ってて」
男が言葉を話す度に子供たちが脅えた様子を見せるので、とりあえず再び気絶させておく。今は子供たちを安心させることが大事だ。
蒼はくるりと振り返ると、怖々とこちらを伺う藍色の髪の少年と、その後ろにいる子供たちに向かって口を開いた。
「みんな、もう大丈夫だからね。僕達が助けに来たよ」
それを聞いて泣いて「助かったんだ…!」と喜ぶ子供たち。その姿を目にとめながら、セレストは誰にも聞こえないほどの小さな声でぽつりと呟いた。
「ほんとに、助けが来てくれた…」
ぜひお好きなものをお選びください
そう言ってカウンターの奥の隠し扉を開けた先。まず聞こえてきたのは子供のすすり泣く声だった。
その声を聞いた酒場の主人はチッ、と舌打ちを漏らすとツカツカと【商品】と書かれた檻の前に歩いていき、扉を激しく叩いた。
「ガキども!お客様が来てるんだ、静かにしやがれ!また飯を抜くぞ!!」
そういった途端泣いていた子供たちが無理やり口を抑えて声を出さないよう息を詰める。また、ということは常習的に罰として食事を抜いているのだろう。中にいた子供たちはみな薄汚れていて腕や足なんかは棒のように細くなっている子供もいた。
正直なところ、目の前の光景に吐き気がする。ある程度のものは覚悟していたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
こんな環境で、助けに来てくれるような親もいない子供たちは絶望を抱いたままどこかに売られて行ったのだろうか。
良くない感情が表に出ないようにと、貴族として商品を値踏みするような視線に変換して子供たちの様子を観察した。
(王様がこれみたら、きっとものすごく怒るんだろうなあ…)
そうしてしばらく無言でいたせいで店主はこちらが何かが気に食わなかったと思ったのだろう。焦った様子で「そういえば上物が手に入りましてね。」と言いながら「ほら、出て来い」と泣いていた子供をなだめていた一人の少年を無理やり引っ張り出してくる。
「ほら、今は少し汚れちまってますがこいつは珍しい髪色をしているんですよ。我が国で富を象徴する藍色の髪です。見た目も悪くないし、比較的ぴーぴー泣きわめきもしないので躾がしやすいと思いますよ」
へへ、と不快な笑い声が耳に届く。
人間を完全に商品として扱うその姿に今すぐにでも殴りかかってやりたい気持ちになるが、今ではないとそれらの気持ちを飲み込んでわざとらしくその少年に興味を持ったように笑みを浮かべた。後ろの潜良も先程から平然とした姿で従者然として立っているが、店主から見えないところでは爪を食い込ませるように固く手を握りしてめいる。特に子供好きの潜良にとってこの光景はつらいことだろう。こんな任務、早く終わらせるに限る。幸い既にほぼ実態は掴めたといってもいいので、ここは適当に話を合わせて一旦外に出て連絡を入れるか…
俺は店主が差し出した子供を見るために腰を落として目線を合わせた。
「へえ、たしかにこれは見事な藍色…」
そうして子供にここで初めてちゃんと目を向けてみた瞬間、俺はそれ以降、言葉が紡げなくなった。
(蒼…?)
その子供の見た目が、忘れるはずもないあの姿…幼少期の蒼の生き写しだったからだ。乱雑に切られた藍色の髪、そして俯くその瞳は綺麗な翠色に輝いていた。
「ごめんセンラ、作戦変更。」
「え?」
先程の様子ですら我慢しかねていたのに、さらに蒼によく似た子供が家畜のように扱われている姿に、俺が正気でいられるはずもなかった。
「今すぐここでこいつを確保して、子供たちを保護する。情報はこの店主に拷問でもして吐かせればいい」
言うが早いか、そのやり取りを聞いて呆気に取られたような顔をしている店主の腹を殴り昏倒させる。一瞬さすがに腹を殴るのはどうかとは思ったが、武器を使ったり下手に急所を狙ったりして殺すよりはマシだ。
「アオ!?いったい何を」
「見たところ今ここにいるのはこいつひとりだから、それなら僕の部隊を使うまでもない。」
「確かにそれはそうですが…」
「ごめん、でももう僕は我慢できなかった」
たしかに何の相談もなく決行したのは悪かったと思うが、しかしこれ以上子供たちが痛めつけられるのを潜良も見なくて済むからいいだろう。うんうん、と一人納得して手元の端末から部下たちが待っている本部に連絡を入れた。
「うん、これでよし。僕の部隊は予定を変更して子供たちの保護に回るって感じで。この男の連行も任せようかな」
「…そうですね。では、私は馬車の用意をしてきましょうか」
「よろしく頼むよ」
「あ、あの…あなた達は一体…」
一連の流れをぽかんと見ていたセレストは、恐る恐るといった様子で目の前の蒼に声をかけた。
「 …僕達は、」
ここで隠す必要も無いかと蒼が言葉を続けようとしたところで、縛って放置していたのだが思ったよりタフだったのか、店主が音を立てて起き上がる。そのまま目の前に立つ蒼の姿を認めると、唾を飛ばしながら喚きはじめた。
「なんだお前ら、国の手先か!?」
ここまで来て隠すのも今更だと思ったのだろう。潜良はひとつ息を吐くと、その男の目の前に立ち見下ろしながら騎士団の証であるバッチを見せた。
「…私たちは十二騎士団の者です。我が国では違法な事だと知りながら、よくもこれだけのことをしてくれましたね。」
「クソ、どっかから情報が漏れやがったのか…!俺にこんなことをしたら分かってるだろうな、上が黙ってな…!」
「ハイハイ、情報は地下牢で聞くから今は眠ってて」
男が言葉を話す度に子供たちが脅えた様子を見せるので、とりあえず再び気絶させておく。今は子供たちを安心させることが大事だ。
蒼はくるりと振り返ると、怖々とこちらを伺う藍色の髪の少年と、その後ろにいる子供たちに向かって口を開いた。
「みんな、もう大丈夫だからね。僕達が助けに来たよ」
それを聞いて泣いて「助かったんだ…!」と喜ぶ子供たち。その姿を目にとめながら、セレストは誰にも聞こえないほどの小さな声でぽつりと呟いた。
「ほんとに、助けが来てくれた…」
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