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アオ20歳。
3 噂が広まるのは早い
しおりを挟む「なあ、お前暗殺部隊に所属することになったんだって?いいなあ、蒼様の元で働けるんだろ。」
一般兵専用の食堂のざわめきのひとつ。その何気ない会話にぴくりと耳を傾ける。
(…良かった。俺の名前が出たからまさかと思ったが、まだここまで噂は回ってなさそうだ)
あの後急いで自室に駆け込んだところまでは良かったものの噂が回るのは予想外に早かったらしく、部屋の前に沢山の部下が心配げな顔で出待ちしているのを覗き穴越しに見てしまった蒼は、こんなんじゃ落ち着いて休めもしないと窓から飛び出て外の通路を伝いそのまま一般兵用の食堂に来ていた。
もちろん素のまま来るはずもなく、任務でよく使う変装道具を使って今の見た目は黒髪黒目のただの一般兵士になりきっている。実際しれっと呑気にご飯まで食べているものの自分が蒼だとバレる様子は一切ない。木を隠すなら森の中とは偉大な言葉だと思う。
「ああ、しかも蒼様のお傍に一番近いα隊だぜ、羨ましいだろ!」
付け合せの野菜をぱくりと口に放りこんだ蒼は訝しげな顔をしてその最近部下になった新米兵士に目を向けた。
…………そんなに羨ましいことだろうか?
しかし期待していた否定の言葉とは裏腹に、その机の周りで「いいないいな」「マジで羨ましい」との言葉が飛び交い思わず動揺してしまう。そうか、羨ましいことなのか……暗殺なんて前線で手柄をあげられる部隊に比べればコソコソ裏で隠密行動をしてるよく分からない地味な仕事だと思うんだけどな。
「いやあ、暗殺部隊に行けるように技術試験で特に頑張ったかいがあったぜ。十二騎士団の中でも蒼様の部隊の優秀さは別格だからな。志願者の倍率は毎回凄いけど、絶対あそこ行きたかったんだ!」
「確か毎回任務の死傷者がほとんど居ないんだろ?すごいよな。やっぱり隊長としての腕がいいんだろうなあ」
そこまで聞いた俺は予想外の高評価に小さく唸り声をあげた。いや、というかまず暗殺部隊自体が前線部隊に比べたら元々死傷者が少ない役職だということもあるし、俺の技術と言うより何故か俺の隊に来るやつらがいつも規格外に優秀な奴らばかりなせいなのもあると思うんだが…
特に確か今話している新米兵士。そいつはたしか暗殺技能系をトップ成績で通過したやつだったと思う。そういうのばっかりが何故か毎回俺のところを選ぶせいで俺は他の十二騎士団の部隊長の奴らからたまに「少しは優秀な人材をこっちにもよこせ」なんてことを言われるのだ。
つまりは俺じゃなく君たちの実力だ。
「蒼様、すごいよなあ。普段は俺たち一般兵にも態度を変えたりすることなくお優しいのに暗殺の仕事の腕はピカイチで毎回返り血の一滴も浴びることなく任務を終えるって噂だぜ。」
「その噂俺も聞いたことあるぞ。前α隊のやつが見たらしいけど、あの人の衣服だけホコリひとつもないくらい綺麗だったらしい。遠距離特化だとしてもあそこまで鮮やかな手腕はなかなか真似出来ないよなあ」
(それは…)
思わず動きを止めてフォークを置く。俺が返り血を浴びないのは戦の腕がいいからとかそういう訳じゃなく、あの日以降この身に染み付いしまった厄介な後遺症のせいだ。単に自分が返り血を浴びると蒼のことを思い出して取り乱してしまうから。任務中に発狂する人間なんて暗殺部隊じゃあ最悪のお荷物に過ぎない。だから、どうにか避けるために苦心して身につけた方法のおかげだ。
「あの人別に近接も出来ないわけじゃないんだろ?」
「むしろ近接の方が得意って噂じゃなかったか?でもどうしてもやっぱ部隊には近接の人間が多くなるからサポートのためにあえて遠距離を選んでるんだろ?」
「へ~、そうだったのか!やっぱり蒼様はすごいな」
ゲホッゲホ
(…いや、別にそんなことは無いが?)
あまりに事実無根すぎる噂に、思わずお茶をむせてしまった。
普通に俺は近距離より遠距離戦の方が得意だからそれに特化してやってるだけなんだけどな…
さっきから思ってたが、どうやら俺の行動は全て過大評価されて見られているらしい。正直俺なんかより俺の部隊にいる兵士たちの方が余程才能に溢れてて有能だと思う。
「最近の遠征任務のときとかものすごい活躍だったもんなあ」
「敵国に悟られずに私欲に塗れた政治をしてた王の首を取ったっていうあれだろ?」
「文武両道の天才ってのはまさにあの人の為の言葉だよ」
「俺あの人の部下やれて良かった~」
……なんか、恥ずかしくなってきた。
止まらない褒めの過剰な供給に圧倒されてしまい赤くなった頬を抑える。
こいつら俺の前だといつもあんなに慇懃な態度しか取らないくせに、本人がいないとこではこんなに饒舌なのか…
そうして話が盛り上がってくるうちに、どんどん周りの一般兵たちも集まってきて、すっかりそのテーブルの周りは俺の話しか話題に出なくなった。
正直、逃げ込んだ先で褒め言葉をひたすら浴びせられ続けた身としてはめちゃくちゃいたたまれない。
しかもさっき一般兵の前で盛大にやらかしてきたばかりなのだ。しかもここまで俺の話題一色になるとさっきの話が出てもおかしくない…
まあ…おかげで完全に眠気が吹き飛んだのは良かったかもしれないけど。代わりになにか見ちゃいけないものを見てしまった気持ちだ。
「あの人が十二騎士団に入ってくれて本当に良かったよ。あの人のおかげで五年前の敗戦以降色んな不安定だったところがだいぶ安定したからな。」
「あんなに優秀なのに、十二騎士団に入るまで影も噂もなかったのが嘘みたいだよな」
「同期の騎士団候補生の奴らに聞いても見たことないって言ってたしなあ。」
…そりゃあ、藍色の目に若葉色の髪をした蒼なんて人間はこの世に存在してなかったからなぁ。たとえ蒼のそばにいたのを見られていたとしてもあのころの俺を今の蒼と関連付ける人間はいないだろう。それくらいに見た目も周囲への態度もガラッと変わった。
「ん?いや、俺は以前の戦争の前の時に王が他の隊長相手に蒼って人の話を自慢げにしてるのを聞いたことがあるぞ」
…その瞬間、俺はひっそりと息を呑んだ。
それは…蒼の事だ。俺ではない。俺の親友の…天才の蒼の話。
「なんだって!?それじゃあ蒼様は騎士団に入る前から王様に見初められてたってことなのか!?」
「へー、そりゃなるべくして立場に着いたお方って感じだなあ。俺らには雲の上のような人だ。」
違う……本来そう言われるべき相手は俺じゃない。
「でも蒼様お優しいだろう?俺らみたいな一般兵相手にも訓練見てくれたり話聞いてくれたりしてさ」
「頭が良くて戦闘で腕が立ち、以前から王に見初められていてでも立場なんて関係なく俺らにも優しくて…そしてあの整った顔立ちな!天は二物与えないって言うがあの人を見てるとそれは嘘だと思わされるね」
「本当にな」とざわめく彼らを横目で見ながら、俺はそっとフォークを置いた。とてもじゃないが食事を続けられる気分じゃない。ふう、とひとつため息を吐く。
蒼ならもっと上手くやれたはずだ。俺よりあいつは優秀だったから。
俺はあいつがやりそうなことを、全部真似して…真似出来なければできるまで努力して、無理やり叶えてるだけだ。俺の知ってる蒼という人間を、この王国に残すために。
「俺も蒼様の部隊に入りたいから頑張らないとやばいよな。暗殺部隊はたしかやることが多いんだろ?」
「そんなの蒼様見てたらわかることだろ。」
「ああ…」
(いや、たしかにやることは本当に多い。…そのせいでさっきやらかしたわけだし)
無駄にさっきのことを思い出してさらに憂鬱な気分になっていると、突然食堂の扉がバンッと大きな音を立てて開いた。
そこに居たのは俺の部隊の兵士たちが複数人。焦ったような表情で走ったのか荒く息を吐いている。すわ何事かとみんなが身構えたところで兵士達は口を開いた。
「おいみんな聞け!大変だ、蒼様が……!!」
……
(やっぱり、噂は回るのは時間の問題だったか…)
「ま、まさかあの蒼様が…」
「一般兵が職務室の書類を倒してぐちゃぐちゃに混ざってしまって復旧に丸一日かかった日でさえ苦笑いで済ませて誰も叱らなかった蒼様が…」
「荒い口調で怒鳴っただなんて…!!」
かなりの大声で一部始終を語られたおかげで最悪なことに食堂中に俺の話が広まってしまった。先程の会話に参加していなかったテーブルの人間たちまでもヒソヒソと俺の噂について話している。
(あー…いっそ殺してくれ)
そんなことを考えながらもしれっと食べ終わったあとの食器を片付けに席を立つ。
まあ確かに今まで蒼のように振る舞うことに必死で人前で怒鳴ったことなんてなかったが…そんなに大騒ぎするほどだろうか。誰だって寝不足で囲まれたら何かしら不満を表したっていいだろう。たしかに盛大にやらかしたなとは思ったが。
「これは…事件だ」
「何かあったのだろうか」
「…怒鳴った時、確か徹夜がどうとか言っていたらしいが」
「絶対それが原因じゃないか!」
「そういえば最近やけに忙しそうにしておられた」
「噂によると隣国の外交も担当していたらしい」
「俺が見た時職務室の机の上の書類、減るどころかむしろ増えてたな」
「絶対それが原因だ…」とみんなが声を合わせた。
(まあ、実際その通りではある)
「おい、でも待てよ」
「…この後、確か十二騎士団の定例会議が行われるんじゃなかったか…?」
ガチャン
片付け途中だった食器が音を立ててシンクに落ちる。
耳がそのつぶやきを拾った瞬間、俺は周り気をつけながら走って食堂を出た。
「まずい、忘れてた…っ!」
徹夜というものは日付感覚を麻痺させてしまうということに今更ながら気づいたのだ。
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